表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第三章 :癒し特級? 知らないの〜! 転生したわたし、後衛じゃなくて前衛回復役として世界を殴り倒したいの〜!  作者: ぃぃぃぃぃぃ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/36

第二十七話:討伐戦の本丸へ向かうよ〜

 ワイルド・ベアの残党を討ち倒した直後、戦場には息苦しいほどの静けさが戻っていた。とはいえ、それは勝利の静けさではなく、嵐の前触れのような張り詰めた沈黙だった。なにせ、本命はまだ姿すら見せていないのだ。


部隊は迷宮入口前の汚染領域を避け、すぐ後方の森へ簡易な野営地を作った。木々の間には焚き火が揺れ、Aランク冒険者たちが傷を確かめ合いながら、肩の力を抜こうとしていた。


ステファニーは、戦闘直後、完全に魔力を使い切り、シエラの背中にしがみついたまま眠ってしまっていた。シエラは腕に抱えていたステファニーをそっと大盾の上に寝かせ、自分の外套をかけてやる。


寝顔はとても戦場にいるとは思えない無防備さで、「くぅ〜……」と小さな寝息を立てている。


Aランク戦士長がその様子を見て、思わずつぶやいた。


「……あのFランクの少女が、俺たちAランク部隊全員の命綱か。世も末だな」


Aランク魔導士が肘で軽く戦士長を突く。


「末じゃないだろ。どっちかというと始まりだよ。俺らが勝手に終わりかけてただけでさ」


「うぐ……言われてみればそうなんだがな」


魔導士は頷きながらステファニーを見る。


「しかし……特級回復の連発だぞ。普通なら死ぬ。いや、普通の特級回復士なら、連続使用しようとした瞬間に自爆するレベルだ」


「だが彼女は生きてる。むしろ寝てる。なんなら、よだれたれてる」


なんとも言えない空気が漂う。

目の前の少女は特級回復士であり、最強格Sランクであるシエラの後方支援を一手に担っている。にもかかわらず、口の横から透明な一筋が流れ、外套を少し濡らしていた。


「……外套が……」


シエラはしばし無言でステファニーの口元を見つめ、ふっとため息をつくと、そっと布を拭いた。


「お姉さん、よだれにも動じないのな……」


魔導士が感心とも呆れとも言えない声で言うと、シエラは冷静に返した。


「戦場で大事なのは、本人の状態と準備だ。よだれは関係ない」


「そ、そうか……」


あまりにも真面目な返答で、誰も続ける言葉を失った。


シエラはそのまま部隊の中心に移動し、大きな地図を広げた。


「全員、怪我と体調の報告をしろ。軽症も申告漏れは許さん。ステファニーが回復魔法を再使用できるようになるまで、絶対に無茶はさせない」


その声に、Aランクたちは自然と背筋を伸ばした。彼らは一度シエラの采配を経験し、その冷徹な判断が「生存」に直結することを痛感していた。


戦士長が近づいてくる。


「……指揮官。ひとつ、いいか」


「ああ」


戦士長は腕を組んで一度息を吸い、まっすぐシエラを見た。


「正直に言う。俺は、若くて経験が浅いSランクが、我々の指揮をとることに疑問を抱いていた。正直、反発もあった」


「知っている」


シエラは淡々としている。


「俺のやり方が好きな者は多くない。効率を優先し、感情を排除する。文句は当然だ」


「しかし……」

戦士長は深く頭を下げた。


「あのステファニーという少女の力を最大限に引き出し、正確に戦線を支えたあなたの采配。完璧だった。あれがなければ、我々は魔力汚染だけで全滅していたでしょう」


それは罵倒でも皮肉でもない、まっすぐな礼だった。


シエラは短く返す。


「……礼はいい。任務を続けろ」


「はい。タイラント戦でも、あなたの指示に従います」


戦士長が去ると、魔導士がぼそりとつぶやいた。


「うちの戦士長、あんなに素直に頭下げるの、初めて見たぞ……」


シエラは答えず、地図を見つめながら低く言う。


「タイラントの装甲は強力だ。だが、装甲を破る瞬間は必ずある。その一瞬に全火力を集中させるための布陣はすでに決めてある」


シエラの声は静かだったが、誰が聞いても確信に満ちていた。


その確信こそ、Aランク部隊が求めていたものだった。


数時間が過ぎると、ステファニーがもぞもぞと動いた。


「むにゃ……お姉さん……胃痛が治ったの……」


シエラが横を見る。


「起きたか。胃薬は持っていない」


「ひどいの〜! 慰めてほしかったの〜!」


「慰めは無意味だ。治ったなら問題ない」


ステファニーは「うぅ……」と涙目になりつつも、胸に手を当てた。


「でもね……魔力はもう戻ったの。特級、あと三回、撃てるの〜」


その言葉に、周囲の空気がざわりと動く。


特級三回。

それは、この作戦の生命線だ。


シエラは地図の上の一点を指した。


「ここが迷宮入り口。ここから先、汚染濃度がさらに跳ね上がる。ステファニー、お前は再び俺の後衛だ」


「うん!」


「絶対に正面に立たされるな。お前が倒れれば全滅だ。俺が盾となり、タイラントの装甲を剥がす。お前は回復に集中しろ」


ステファニーはぴしっと背筋を伸ばし、真剣な眼差しでシエラを見つめた。


その表情は、Fランクの少女の無邪気さとは違っていた。

戦場を支える特級回復士の顔だ。


「……うん! 今度はもっと上手にやるの! お姉さんを絶対死なせないの!」


シエラはその言葉を聞き、ほんのわずかに口角を上げると、彼女の頭をポンと軽く叩いた。


「その言葉を信じる。行くぞ、ステファニー」


「はいなの〜!」


ステファニーが勢いよく立ち上がると、外套がばさりと落ちた。


魔導士が微妙な顔で言う。


「なんか……外套が……ほんのり湿……」


「言うな」


シエラが低く制止すると、全員の口がぴたっと閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ