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第三章 :癒し特級? 知らないの〜! 転生したわたし、後衛じゃなくて前衛回復役として世界を殴り倒したいの〜!  作者: ぃぃぃぃぃぃ


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第二十六話:回復が追いつかない地獄の戦場なの〜

 迷宮前の空気は、目に見えない泥で満たされているようだった。踏み出すごとに、身体がずぶずぶと重く沈んでいく気がする。シエラは眼前の光景を冷静に見渡しながら、後ろの部隊へ声を張った。


「警戒を怠るな。ここから先は魔力の濃度が別格だ。呼吸をするだけで喉が焼けるぞ」


Aランク魔導士が苦い顔で鼻を押さえた。


「うぇ……ねっとりした空気……こんな濃度、聞いてないんだが?」


ステファニーが肩を震わせながら言った。


「うぇっ……魔力がねばついてるの……。飲みたくないスープみたいなの〜……」


「飲むな。どうして例えが飲食なんだ」

シエラが淡々と突っ込むと、ステファニーは胸に手を当てて頷く。


「お姉さんの言うことは正しいの……スープには敵意を感じるの……」


誰も感じていない敵意を感じ取るあたり、さすがは特級回復士――なのかもしれない。


すると、前方の藪がドサリと揺れた。


低い唸り声が濁った空間に響く。ワイルド・ベアの残党だ。先ほど森で分断した個体に違いないが、こちらの予想以上にしぶとい。


Aランク戦士が剣で受け止めながら叫ぶ。


「重っ……!? なんでさっきより硬くなってんだよ!」


「魔力汚染のせいだ。強化されている」

シエラが即答するも、戦士は不満をこぼした。


「強化ってレベルじゃねぇぞ! 完全に鉄熊だろ!」


「鉄熊っていうと、なんか可愛く聞こえない〜?」

ステファニーが小声で言った。


「聞こえない!」

部隊全員が総ツッコミだった。


だが、冗談を言っていられる状況ではない。戦士の腕に深い裂傷が走り、鮮血が噴き出した。


ステファニーは慌てて手をかざす。


「えいっ……! 中級回復《活泉ライフ・ストリーム》なの〜!」


柔らかな光が戦士の身体へ流れ込む。しかし、傷は半分ほどしか癒えていない。


「うそなの……!? 全然治らないの〜!!」


シエラが短く指示を飛ばす。


「ステファニー、全体上級だ。敵の攻撃が同時に来るぞ」


「う、うんっ! 上級全体中回復《慈光ホーリー・フィールド》なの〜!」


淡金色の光が展開され、戦闘員全員を包む。だが――


Aランク魔導士が青ざめた。


「え、これ……え、これ小回復レベルなんだが!? 俺のかすり傷、まだ残ってるぞ!?」


戦士が自分の腕を見て叫ぶ。


「俺の腕、半分しか治ってねぇ! しかも半分って微妙に痛いんだよ!」


ステファニーは目を見開き、半泣き顔になる。


「お姉さんっ……光が弾かれちゃうの……! 普段の半分くらいしか入っていかないの……!」


「魔力汚染のせいだ。想定内だが……ここまでとはな」

シエラは険しく息を吐く。


だが前線の崩壊は早い。ベアの群れが肉迫し、Aランクたちが次々と被弾し始めた。


鋭い爪が戦士の鎧を裂き、衝撃波のような打撃が魔導士を吹き飛ばす。


「回復が追いつかないぞ!」

「ステファニーちゃん! もうちょい強めで! 強めのやつで!!」


「強めって言い方が雑なの〜!!」


涙目でステファニーが叫ぶ。


「お姉さん〜! このままだと全滅しちゃうの〜!」


シエラが即座に命令を飛ばした。


「ステファニー! 特級を撃て。汚染を力で上書きするしかない!」


「と、特級!? 連続使用は危ないの〜!」


「心配するな。お前ならできる」


短い言葉だったが、その声には揺るぎない信頼があった。


ステファニーは胸の奥が熱くなるのを感じた。

力を込め、足を踏みしめる。


「が、がんばるの……! 特級全体大回復――!」


彼女の両手に、爆ぜるような黄金の光が集まる。


「《廻生アポカリプス・リバース》なの〜!!」


眩い光が戦場を埋め尽くし、爆発的な癒しの波が広がった。


傷を負った戦士たちの身体がみるみる修復され、魔力汚染の霧が一瞬だけ押しのけられた。


Aランク魔導士は目を丸くした。


「お、おお……汚染が後退してる! すげぇ!」


戦士長が歓声を上げる。


「完全回復だ! ステファニー、やっぱりお前は怪物――」


振り返った瞬間、彼は口をつぐんだ。


ステファニーがよろめきながら立っていたからだ。


顔色は真っ白、汗は滝のように流れている。


シエラがすかさず駆け寄った。


「大丈夫か」


「だ、大丈夫じゃないの……でも、やるの……次の波が来たら、また特級で押し返すの……!」


すぐに次のベアの群れが迫る。

シエラが吼えた。


「今だ! 癒しの効果が残っているうちに殲滅しろ!」


Aランクたちは一斉に突撃し、力を振り絞ってベアを討ち倒していく。


やがて最後の一体が地響きを立てて崩れ落ちたとき――


ステファニーは糸が切れたようにシエラの背中に寄りかかった。


「お姉さん……ちょっと休むの……ぐらぐらするの……」


「よくやった。お前の回復がなければ、全員ここで倒れていた」


「うぅ……回復が半分しか効かないなんて、聞いてないの……」


「相手が規格外なだけだ。だが分かった。タイラントと直接やり合うには、特級の連発が前提だ」


ステファニーは目をぱちぱちさせながら言った。


「お姉さん……特級の連発は……胃に悪いの……」


「胃?」


「胃が……痛いの……」


シエラはほんの少しだけ、口元をゆるめた。


「なら、休め」


その言葉を聞き、ステファニーは力の抜ける笑みを浮かべると、そっと目を閉じた。


こうして、地獄の前哨戦は終わりを告げた。

だが本番――タイラント・アームドベア戦は、まだ始まってすらいない。


――戦いは、これからが本番だ。

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