第二十五話:大地を割る土スキルがすごいの〜!
森の奥は、まだ戦いの息を止めてくれなかった。
ワイルド・ベアの群れを撃退した直後、再び地響きが近づいてくる。まるで「まだまだ続くよ!」とでも言うような、嫌な自信に満ちた足音だ。
Aランク戦士長が青ざめた声で叫んだ。
「総指揮官! また来ます! 今度は……さっきより数が多いです!」
「わかっている」
シエラの声は冷静だったが、その眉はピクリと動いた。相当イラついている。
ステファニーはそんな空気を気にすることもなく、元気いっぱいに両手を広げた。
「はいなの〜! 《慈光》いっくよ〜!」
彼女の周囲に満ちた光が、Aランク部隊全体を包み込む。
「お、おい! また傷が塞がったぞ!」
「疲れがない!? むしろ元気……いや、元気すぎる……!」
「ステファニー殿、あなた……本当に人間ですか?」
「えへへ〜。普通の回復士なの〜」
普通とは何か。Aランク部隊は全員、心の中で突っ込みを入れた。
しかし、喜んでいる場合ではない。
ワイルド・ベア第二波が迫ってくる。
さっきより数が多い。
さっきより速い。
そして、さっきより明らかにイラついている。
Aランク戦士長が焦りを隠せずに叫ぶ。
「このままでは消耗戦になります! タイラント・アームドベアにたどり着く前に、こちらの戦力が尽きます!」
「わかっている」
シエラの声が、一段低くなる。
それを聞いたステファニーは、きょとんと目を丸くした。
「お姉さん、どうしたの〜?」
「……やるしかねえか……」
いつもの冷静な瞳が、戦闘用に切り替わった。
シエラは盾を地面に突き立て、両手を地に向けた。
Aランク部隊はその姿を見た瞬間、顔を引きつらせた。
「あ、あれは……! まさか特級土魔法を……!」
「逃げろ! 巻き込まれるぞ!!」
シエラは低く、はっきりと言い放った。
「Aランク部隊、後退!」
全員が全速力で後退する。
その一方で、ステファニーだけはぽてぽてとシエラの背中へついていく。
「ねぇねぇお姉さん、今から何するの〜?」
「大地を割る」
「わぁ……なんだかわくわくするの〜!」
「楽しいものではない」
地面が震え、空気が重くなる。
シエラの魔力が大地へと吸い込まれていく。
そして──
「土魔法・特級……《地殻断層》」
次の瞬間。
ズバアァァァァァァンン!!!!
地面が、生き物のように裂けた。
突進してくるワイルド・ベアの進行ルートを、まるで線路のようにまっすぐに切り裂く。
深さ数メートル、幅一メートル以上の巨大な断層が、一気に森の奥まで走った。
突進してきたワイルド・ベアは、叫ぶ暇もなく落下。
「ギャアァァ!」
「ゴガァァ!」
「ムギャッ!?」
下に落ちて、互いにのしかかり、もみくちゃになって動けなくなる。
Aランク魔導士の口がぱっくり開いた。
「な……なんという……地形破壊……!」
Aランク戦士長は震えていた。
「この人……防御特化の盾戦士じゃなかったのか……!?」
ステファニーは、目を輝かせて跳ねた。
「お姉さんすごいの〜! ベアさんたちが重なって、ミルフィーユなの〜!」
「食べ物に例えるな」
「じゃあ……ラザニア?」
「もっとやめろ」
しかし、シエラは息ひとつ乱さず答えた。
「これで押し寄せる数を大幅に削った。ここから本番だ」
森の奥から、さらに重い地響きが響いた。
これは……先ほどのワイルド・ベアたちとはまるで違う。
Aランク戦士長が恐る恐る呟く。
「こ……これが……タイラント・アームドベア……?」
シエラはステファニーを振り返った。
冷静だが、真剣な眼差し。
「ステファニー、ここからが本番だ。Aランク部隊は、タイラントの装甲を破壊することに集中する。その間、全員を死なせるな。生存はお前の回復にかかっている」
ステファニーは迷わず頷いた。
「うん! みんな死なないでほしいの〜! わたし、全力で回復するの〜!」
「死ぬ前に回復しろ。復活魔法ではないからな」
「わかってるの〜!」
シエラは断層をひょいと越え、迷宮へ続く開けた空間へと歩き出した。
その背中は、まるで巨大な敵を迎え撃つ剣士のように堂々としていた。
ステファニーは、その後を小走りで追いかける。
「お姉さんと一緒なら、怖くないの〜!」
その無邪気な声が、重苦しい戦場にほんの少し明るさを灯した。
こうして──
大規模討伐作戦の第二段階が幕を開ける。
土を裂き、森を断ち、タイラントへ挑む道が、今開かれたのだった。




