第二十四話:討伐作戦開始なの〜!
森の奥から、地鳴りのような咆哮が響き渡った。
木々の間を揺らして現れたのは、凶暴化し赤黒い光をまとった《ワイルド・ベア》の群れ。二足で立てば三メートルを超える巨体が十数頭、森を押しつぶすように進んでくる。
しかし、その迫力の直前でシエラはわずかに眉一つ動かすだけだった。
「A部隊、西側に展開。囮役を引きつけろ。回復はステファニーが全て担当する。
B部隊はまだ動くな。タイラント・アームドベアが来る可能性は低い。だが、警戒態勢を維持しろ」
淡々とした指揮。
場慣れした戦場指揮官の声にしか聞こえない。
最初は彼女を「若い女の子」くらいにしか思っていなかったAランク冒険者たちは、今や姿勢を正し、息を呑み、ただ従う。
「来るぞ――構えろ!」
Aランク戦士が咆哮し、ワイルド・ベアたちが一斉に突っ込んでくる。大地が震え、木の幹が砕け、筋肉の塊のような巨体が戦士たちと激突した。
その戦線から少し下がった位置では、ステファニーが頬をぷくっと膨らませながらメイスを抱えていた。
「怪我しないでほしいの〜! いくの〜!」
ステファニーが胸の前で手を合わせ、一気に広げる。
淡い金色の風が舞い上がった瞬間、温かい息吹が戦場全体に広がる。
《和風》
光の流れがAランク部隊を包み込み、切り傷、裂傷、骨の軋む痛みまで、すべてが瞬時に癒えていく。
「傷が……消えた!?」「何だこの回復速度は……魔力の濁りが無い……!」
驚愕の声が次々に上がった。
本来、討伐作戦中の回復は遅延し、魔力の乱れで効果が落ちるものだ。しかしステファニーの回復魔法は淀み一つなく、戦士たちの生命力はむしろ戦いの中で増していくほどだった。
シエラは視線を戦線に向けたまま、背後の少女に声を放つ。
「ステファニー、集中しろ。Aランク部隊の持久力はお前の腕にかかっている。止まった瞬間、前線が崩れる」
「任せるの〜! みんな元気になぁれ〜!」
次の瞬間、光が弾けるように強くなった。
戦士たちの動きがさらに鋭くなる。
その圧倒的支援で、Aランクさえ押されるワイルド・ベアとの持久戦が安定し始めた。
だがそこで、問題が発生した。
「おい、やべえぞ! ベアが回復役を狙ってる!」
一頭のワイルド・ベアがまるでステファニーの存在を察知したかのように、前衛を飛び越えるような奇跡のステップで突っ込んでくる。
「あっ……きたの〜!?」
ステファニーの顔色が青くなる。
しかしその一歩前に、シエラが彼女の腕を引き寄せながら叫んだ。
「ステファニー! 俺の後ろから出るな、密着してろ!」
「密着ってそんな急に言われても〜!? でもわかったの〜!」
ステファニーはシエラの背中にぴたりと張り付いた。
その直後、ベアの巨大な前脚が振り下ろされ――
ステファニーのメイスがぐるん、と勢いよく振り回され、偶然その軌道に衝突した。
「どけなの〜っ!!」
メイスの打撃がベアの顔面にクリーンヒットする。
「ギギャッ!?」
巨体が一瞬ぐらつき、ベアが後退した。
シエラは心の中で絶叫した。
(なんでこいつの『偶然のメイス振り回し』は全部クリティカルなんだ……!?)
事実、ステファニーのメイスは全て偶然の軌道なのに、なぜかベアの急所に当たりまくっていた。
ベアが回り込もうとするたび、ステファニーは同じようにバタバタとメイスを振り回し、それが見事に牽制になっていた。
「お姉さんの後ろは通さないの〜!!」
「よくわからんが助かってる! そのままやれ!」
シエラは必死に盾で防ぎつつ叫んだ。
回復支援+偶発的メイス=敵が近づけない。
結果的に、ステファニーは戦線の維持に大きく貢献していた。
やがて戦いが進むにつれ、ワイルド・ベアの群れは疲弊し始めた。
Aランク戦士たちは傷一つ負わず、むしろ元気になっている。
その歪んだ構図に、ベアたちの戦意が削がれていく。
「A部隊、攻撃を集中しろ! 群れのリーダーを仕留めろ!」
シエラが声を放つと、戦士たちが一斉に攻撃し、群れのリーダー格が地に倒れた。
その瞬間――
「逃げたぞ!」「あの暴れん坊どもが逃げてる!?」
残されたベアたちは戦意を失い、一転して森へと逃げ散っていく。
「全線、敵を撃退! 被害軽微!」
「なんてことだ……あの回復士のおかげで、これほど余裕が出るとは……!」
勝利の報告が上がると同時に、Aランク冒険者たちの視線が一斉にステファニーへ向けられた。
ステファニーは一瞬だけ、ドヤ顔した。
「みんな、元気になってよかったの〜!」
シエラは額を押さえながら呟く。
「まだだ。ここからが本番だ。……B部隊、警戒を続けろ。タイラント・アームドベアの出現に備えるぞ」
そして視線をステファニーに向ける。
「魔力の節約は忘れるなよ。次の敵は、今までの比じゃない」
「了解なの〜! お姉さんのためなら、がんばるの〜!」
――大規模討伐作戦の第一段階、成功。
だが、彼らの前に立ちふさがる“本命”は、まだ森の奥で息を潜めている。
ステファニーの回復魔法が、次にどこまで通じるのか。
そして、シエラの指揮が試されるのはこれからだった。




