第二十一話:凶暴化した魔獣の群れと戦うよ〜
シエラがSランクへ昇格し、ステファニーへの地獄強化の訓練が終わった翌朝。
二人はギルドの門を抜け、辺境の村リンドブルグへ向けて馬車に乗り込んだ。
「旅なの〜! 三日も馬車なの〜! お菓子はあるの〜!?」
朝から元気全開のステファニーは、荷物より先にクッションを抱え込んでいた。
一方、シエラは深いため息をつく。
「遠足じゃない。これはBランク依頼だ。しかも長期遠征だぞ。遊ぶ余裕はない」
「じゃあ……お菓子は仕事道具なの〜?」
「違う」
そんな掛け合いを続けながら三日が過ぎ、ようやくリンドブルグへ到着した。
村に降り立つと、まず感じたのは――冷たい空気と、どこか刺すような生臭さだった。
森の方から吹き込む風には、魔物の気配が混じっている。
「う〜……なんか、この村さん、元気ないの……」
「魔物の凶暴化は深刻らしい。村人の顔色を見ればわかるだろう」
二人は村の長から情報をとり、すぐに迷宮の入り口へ案内された。
村の長は深刻な表情で言った。
「迷宮の周辺に出没するワイルド・ベアの群れが、最近とてつもなく凶暴化しておりまして……攻撃性も、数も、これまでの三倍以上です。何かがおかしい」
シエラは短く頷く。
「凶暴化の原因を探りつつ、群れを討伐する。問題ない」
その隣で、ステファニーは不安そうに手を胸に当てた。
「……お姉さん、ベアさんって……大きい?」
「お前二人分はあるな」
「ひぃ〜!! それもう熊さんじゃなくて壁なの〜!!」
シエラは歩き出しながら淡々と言う。
「安心しろ。俺が盾になる。お前はいつも通り、俺の後ろで《光滴》を飛ばしていればいい」
「は、はいなの〜……! 全力で癒すの〜!」
森へ足を踏み入れた途端、濃密な魔力のざわつきが肌を刺した。
迷宮の入り口は霧の奥にあり、その周辺には獣臭が強く漂っている。
シエラが剣を抜いた瞬間だった。
――ガァァァァァアアアッッ!!!
森の奥から、三頭のワイルド・ベアが突進してきた。
黒鉄のように硬い毛皮、大木を折るほどの前脚。
だが今のベアは、さらに目が赤く光り、泡を吹いている。
「ひぃぃぃ〜〜!! 本気で怒ってるの〜!!??」
「ステファニー、岩陰に!」
シエラは巨体の突進を盾で受け止めた。
鈍い衝撃が地面を震わせ、シエラの足元の土が砕ける。
ステファニーは慌てて大岩の陰に飛び込んだ。
そして、いつも通り回復魔法を放とうとした――
「《活泉》なの〜!」
シエラの身体に生命力の奔流が注ぎこまれ、筋肉が再び収束した。
「助かる!」
シエラはそのままベアの頭を叩き伏せようとしたが――
その瞬間、横合いから別のベアが襲いかかった。
「シエラさん危ないの〜!!」
ステファニーが叫んだ瞬間、三頭目のベアが側面から飛び出してきて、
なんとステファニーへ牙を剥いて突っ込んできた。
「ひゃああああああああああああああ!!」
ステファニーは反射的に――訓練でシエラから叩き込まれた動きを試した。
「隠れるの〜! 角度を消すの〜!」
彼女は岩陰へ滑り込み、そのまま刺メイスを防御用に構えようとした――
…が、慌てすぎて、構えるのではなく、全力で振り回してしまった。
ブンッ!!!
「え、ちょっ……!?」
メイスの遠心力は想像以上に強く、完全に制御不能のカーブを描いて――
ゴッッッ!!!
ワイルド・ベアの顔面にクリーンヒットした。
「ギャッ!?」
ベアの巨体が横へ大きく揺れ、体勢を崩す。
シエラは素で叫んだ。
「……今の攻撃か!? いや振り回しただけだよな!?」
ステファニーは涙目のままメイスを握りしめていた。
「し、しらないの〜!! 勝手にブンっていったの〜!!」
しかし、偶然とはいえ、この攻撃は大きな隙となった。
シエラはすぐさま前に出る。
「助かった! 今のうちに止める!」
シエラは防御姿勢をとりつつ、もう一頭を押し返し、
ステファニーはその隙に再び回復魔法を構える。
「《聖癒》なの〜!」
黄金の光がシエラの傷を一瞬で塞ぎ、体力が完全に蘇る。
ベアのリーダー格が怒号を上げて突進してきた。
じりじりと距離を詰める巨体。
ステファニーも完全に動きが固まる。
「こ、こっち来ないでなの〜……!」
その時――
ステファニーは無意識に、先ほど“たまたま成功した攻撃”と、
訓練で叩き込まれた“動かない防御”を合わせてしまった。
刺メイスの柄を大岩と自分の体の間に強く固定する。
逃げず、動かず、ただ角度だけ消している。
しかし、この構えは……いつでも攻撃に転じられる絶妙な構えにもなっていた。
シエラはその姿勢を見て驚いた。
(……これは……やりやがったな。偶然じゃない、新しい“武器”になってる)
ベアが突っ込む。
刺メイスの柄がわずかにずれ、牽制のように先端が牙へ当たった。
――ガンッ!!!
その一瞬の揺らぎ。
それをシエラが見逃すはずがなかった。
「終わりだ!」
剣が閃き、リーダーのベアの喉元を貫く。
巨体が崩れ落ちると、残りのベアは怯え、すぐに逃げていった。
ステファニーは震えたまま、メイスを抱いて座り込む。
「し、死ぬかと思ったの〜……」
シエラは苦笑しながら手を差し伸べる。
「……やったぞ、ステファニー。お前は今日、新しい戦術を生み出した」
「え、え〜? わたし何も考えてないの〜……」
「それが一番怖いんだよ」
ステファニーはむくれながら立ち上がる。
「でもでも〜! 刺メイスは攻撃にも防御にもなるの〜! 毎日持ち歩いててよかったの〜!」
シエラは肩をすくめながら笑った。
「……まあ、結果的には役に立ってる。次からは狙ってやれよ?」
「む、無理なの〜!!」
こうして二人は、
ステファニーの「偶然の攻撃」と「賢い防御」が融合した新しい戦術を手にし、
凶暴化した魔獣の原因を探るため、霧深い未知の迷宮へと歩みを進めるのだった。




