第二十話:シエラの厳しすぎる特訓なの〜
翌日の朝。
冒険者ギルドの訓練場に、シエラとステファニーの姿があった。
「お姉さん! 今日からBランクの依頼なんだよね!? どんな依頼なの〜!? 魔王退治? 世界救う? それとも、お姉さんのかわいい弟子を甘やかす依頼なの〜?」
ステファニーが全力でテンションを上げてきた。
「最後のはない。あと、浮かれすぎだ」
シエラが淡々と返す。
「Bランクがどうとかじゃない。俺が今からやるのは……お前の命を守り抜くための訓練だ」
「わたしの命!? 守る!? お姉さん、やさしいの〜!」
ステファニーがぱあっと笑顔になる。
即座にシエラが眉間を押さえた。
「違う。お前の命は軽い。死にやすい。防御0だ。Fランクだ」
「Fランクなの〜!」
「誇るな。問題はそこだ。お前は俺が守る前提で行動している。それはいい。だがな――俺が守りきれなかった時、お前は自分一人で逃げ切る能力がない」
シエラが険しい目つきになる。
「だから今日のテーマは生存だ。お前の戦闘能力は上げるな。生存能力を上げろ」
「せ、せいぞん……っ!? 生きるの大事なの〜!!」
「お前の反応が軽すぎて不安になる」
訓練場の中央には、大盾、小盾、木材の束、大小の岩が不規則に散らばっている。
ステファニーは疑問顔だ。
「お姉さん、このゴチャゴチャは何なの〜? 障害物レースなの〜?」
「これは盾だ」
「木と石が……盾?」
「盾とは板のことだ。木材も岩も衝立になる。防御とは“面積”と“角度”の勝負だ」
シエラが静かに説明する。
「魔物の攻撃は大半が直線的だ。だから、体を隠す面積を増やし、攻撃を受ける角度を消せば、Fランクでも生き残れる」
ステファニーが目を輝かせた。
「お姉さんすごいの〜! やっぱり頭いいの〜!」
「知ってる」
シエラは平然と頷く。
「では実践だ。動け」
「えっ、今から!? 準備体操は!? アップは!? お姉さんの応援は!? 甘やかしは!?」
「全部ない」
ステファニーの叫びを無視し、シエラは大盾を構えず腕を組んだ。
「まずは、障害物を使って私の位置から“見えない”場所へ逃げろ。合図したら動け」
「は、はいなの〜!」
「行け」
「早いの〜!!?」
ステファニーは慌てて木材の束へ走った。
足をもつれさせながらも、なんとか陰に滑り込む。
「ステファニー。お前の体、三割出ている」
「三割も!? もうちょっと隠すの〜!」
「今ので死んだ。はい次」
「死んだの〜!? 冥界行きなの〜!? まだ死にたくないの〜!!」
独特な悲鳴をあげながら、ステファニーは別の岩陰に転がり込む。
「五割出ている」
「増えてるの〜!?」
「はい死んだ。次」
「お姉さん鬼なの〜!? スパルタなの〜!!」
何度も死んだことにされるステファニー。
しかし徐々に、露出面積は減ってきた。
「……ふむ。今ので一割だ。良い」
「い、いきてるの〜……っ!」
ステファニーがへたり込むと、シエラは小さく頷いた。
「では次は夜だ」
「次!? まだ続くの〜!?」
もちろん続いた。
夜。
訓練場には冷たい風が吹き、月明かりだけが照らしていた。
ステファニーは木剣を持たされている。
「いいかステファニー」
シエラの声はいつもより低い。
「お前には“前衛になりたい”という願望がある」
「ありますの〜!」
「だが今のお前では無理だ。だが……覚悟を見せるなら、話は別だ」
シエラが木剣を構えた。
「今から俺が魔物だ。俺の攻撃を、お前の頭の良さと生存能力だけで避けきれ」
「お、お姉さん……鬼なの〜……!」
「いくぞ」
木剣が空気を切った。
ステファニーは悲鳴をあげながら半歩横にずれる。
「遅い」
木剣が肩を掠めた。
「ひゃああああ!!?」
「その半歩じゃ死ぬ。もっと速く、もっと小さく動け」
「せ、世界が厳しいの〜!!」
「俺が厳しいんだ」
木剣が再び振り下ろされる。
ステファニーは昼に教わった「岩陰へ隠れる」動きを思い出し、必死に岩の後ろへ転がり込んだ。
「その動きは悪くない」
「ほ、ほめられたの〜……!」
「調子に乗るな。まだ死ぬレベルだ。生存を、もっと強く意識しろ」
ステファニーは荒い息を整えながらも、必死にシエラの重心移動を見る。
「お姉さん……攻撃の前に重心が……動くの〜……!」
「気づいたか。それを読むんだ。Fランクならなおさらな」
再び木剣。
ステファニーは素早く横へ跳ぶ。
次の瞬間、昼にシエラがばらまいていた木材の束の陰へ滑り込んだ。
木剣はかすめすらしない。
「ッ……! 今の……避けたの〜!?」
「……賢い動きだ」
シエラがわずかに頷く。
「スキルがなくとも、知識と経験で防御力は上げられる。お前が生きてこそ、俺は全力で敵に突っ込める」
「お、お姉さん……わたしのFランクに合わせた訓練……してくれたのね……!」
ステファニーの目が潤む。
「当たり前だ。俺は、お前の後衛だ」
「お姉さん……ッ! 大好きなの〜!!!」
「うるさい。訓練中だ」
夜の訓練はその後も続いた。
木剣が掠めるたびに叫び、転び、それでも立ち上がる。
気づけばステファニーの動きは、確かに研ぎ澄まされていた。
翌朝。
汗と砂まみれのステファニーは、ぎゅっと拳を握った。
「わたし……わかったの〜。Fランクでも……ちゃんと戦えるやり方があるの〜!」
「そうだ。お前は俺の戦術の要だ。生存を極めろ。そして――」
シエラがそっとステファニーの頭を撫でた。
「俺の背中を任せるに値する“相棒”になれ」
「なるの〜!! わたし、お姉さんの隣に立つの〜!!」
ステファニーの叫びは、朝の訓練場によく響いた。
こうして、
前衛回復士ステファニーの基礎は、Sランク・シエラの鬼のような特訓によって完成していくのだった。




