第二話:前衛志望の回復士は困るの〜
冒険者ギルド裏の訓練場は、今日も見習いたちの声で賑わっていた。
木製ダミーがずらりと並び、砂地を踏みしめる靴音が響く。
そこへ、ひらひらとスカートを揺らしながら、ステファニーがやってきた。
「えへへ〜。今日もいっぱい殴るの〜!」
右手には、例の“初心者用剣ロッド”。
どう考えても扱いにくそうな形状のその剣を、ステファニーは嬉しそうに撫でている。
「よし、集まれ新人ども!」
野太い声が響く。
教官B――筋骨隆々、モヒカン気味の髪型で、見た目だけなら完全に悪役。
しかしギルドからの指示で、特級回復士ステファニーを“絶対に怪我させない”という難題を背負った男である。
(はぁ……よりによって俺の訓練日に来やがるとはな……)
(あの娘、本当に特級《廻生》の使い手なんだよな……絶対に死なせられん……!)
心の声とは裏腹に、表情はいつもの厳つい怒り顔だ。
「いいか! 初級冒険者の基本は役割分担だ!
剣士は前衛! 術師と回復士は後衛! これは絶対だ!」
「はーいなの〜」
笑顔で手を挙げるステファニー。
だがその手には、すでに前衛に飛び出す気満々の初心者用剣が握られていた。
(いやな予感しかしない……)
教官Bの胃がきゅっと痛む。
「では、訓練用の木製ダミーを相手に模擬戦を――」
「いっくの〜!」
「おい待てえええええぇッ!!!」
開始宣言の前に、ステファニーは前衛へ全力ダッシュ。
誰よりも早く木製ダミーの目の前に立ち、剣を振りかぶる。
「まずは一発斬りたいの〜!」
「斬るなぁぁぁ!! お前は後衛だと何度言えば分かる!!」
教官Bが飛びついて、ステファニーの襟首をつかんで後ろへ引っ張る。
「えぇ〜? せっかくのチャンスなのに〜!」
「チャンスじゃない! お前が前衛に出るたびに俺の寿命が削れるんだよ!!」
訓練場の見習いたちは口を開けてそのやり取りを見守っていた。
「な、なんだあの女……」
「特級回復士らしいぜ……」
「前衛志望って聞いたことねぇよ……!」
ざわざわと空気が揺れる。
教官Bは気を取り直して怒鳴った。
「いいかステファニー! お前の剣さばきは素人以下だ! いや、素人の方がマシだ!」
「え〜? でも転生したから、筋力はそれなりにあるの〜」
「そういう問題じゃねぇんだよ!!」
またしても前に飛び出そうとするステファニーを、教官Bが抱えて止める。
その度に訓練は中断され、見習いたちは半ば笑い出しながら見守っていた。
「なんで前衛にそんなにこだわるんだ!」
「だって〜……攻撃できる距離にいないと、わたしが役に立ってる気がしないの〜」
唇を尖らせるステファニー。
「はぁ!? 特級回復スキルの時点で大貢献だ!
お前一人で十人分働けるんだよ!!」
「え〜、ほんと〜?」
「ほんとだ!!」
教官Bが何度も頭を抱え始めた頃。
「仕方ない……こうなったら能力を見せてやるしかない」
彼は訓練中に手をすりむいた新米剣士を呼んだ。
「よし、ステファニー。こいつの傷を治してみろ。
中級回復《活泉》を使え」
「はーい! 任せて〜!」
ステファニーはポニーテールを揺らして立ち上がると、
初心者用剣ロッドを鞘に収め――なぜか上下逆さまに構えた。
柄の先端、埋め込まれた宝玉がきらりと光る。
「中級回復《活泉》!」
宝玉から迸った光が、ふんわりと広がり――
傷は一瞬で消えた。
「な……なんだこれ……!」
「速ぇ……!」
「今の、剣の柄から出たのか……!?」
新米たちのどよめきが走る。
教官Bは胸を張って叫んだ。
「見たかこれが特級回復士の力だ!
こんな逸材を前衛で死なせるわけにはいかんだろうが!!」
「えへへ〜。治すのは得意なの〜」
「得意すぎるんだよ!!」
教官の怒号が空に響いた。
そんな大騒ぎの午前訓練が終わり、休憩時間。
ステファニーは訓練場の隅で、一人ぽつんと剣を見つめていた。
「うう〜……治すのは嬉しいけど……やっぱり殴りたいの〜……」
剣を地面に突き立て、両手で頬を挟み、むすっとする。
「攻撃スキル……ゼロなの……わたし……」
あからさまに落ち込んでいた。
近くでそれを見ていた新米冒険者たちは、なんとも言えない顔になる。
「攻撃スキルゼロで前衛希望って……どういう思考なんだ……」
「でも本人、すごく楽しそうなんだよな……」
「教官の心労、ヤバそう……」
皆がひそひそ声で話す横で、ステファニーは剣をぽんぽん叩きながら呟いた。
「いいの〜……わたし……前で殴って……後ろで治して……全部やりたいの〜……」
「無茶苦茶なんだよなぁ……」
そんなツッコミがどこからか聞こえたが、
ステファニーは気づかない。
こうして――
“前衛志望の特級回復士”という前代未聞の存在は、
ギルドの訓練場に、今日も混乱と笑いを振りまいていたのだった。




