第十九話:新人組の噂、ギルドを越えて〜
迷宮から帰るころには夕陽が傾きはじめ、二人はそのまま街の冒険者ギルドへ向かった。
重厚な扉を押し開けた瞬間——
内部の空気が、やけに熱かった。
「わ、わあ……サウナなの〜?」
ステファニーがきょとんと首をかしげる。
もちろんサウナではない。
ギルドにいた冒険者全員が、二人を凝視していたのだ。
「「「来たぞ……!!!」」」
どよめきが空気を震わせる。
「……何だこの空気は。私、何かしたか?」
シエラが眉を寄せた。
「お姉さん、人気者なの〜。やっぱり美人は得なの〜」
ステファニーが関係のない結論を述べる。
「いや違う。絶対違う」
シエラは小さくため息をつく。
そんなやり取りの最中、若い冒険者たちが勢いよく駆け寄ってきた。
護衛依頼で同行したアレンとリズの姿もある。
「シエラさん!! ステファニー様!! ご帰還おめでとうございます!!」
アレンが声を裏返しながら叫んだ。
「それでっ……あの魔法、あれは何だったんですか!?」
「あれなの〜? みんなの怪我を治しただけなの〜」
ステファニーは無邪気に答える。
「“だけ”……!? あれは特級全体回復スキル《廻生》ですよね!?」
アレンが震える声で叫んだ。
「アポカリプス・リバースって言った!?」
ギルド中がざわめき立つ。
リズが涙目でステファニーに駆け寄った。
「ほんとうに……本当にありがとうございました……! 私、腕折れてたのに、一瞬でくっついて……!」
「よかったの〜。折れてたら大変なの〜。骨は大事なの〜」
ステファニーが優しく頷く。
「はいぃ……!!」
リズは尊敬の眼差しでステファニーを見上げる。
「……リズ、目が危ないぞ。落ち着け」
シエラが冷静に諭したが、火に油だった。
興奮に包まれたギルドを抜け、二人は受付カウンターへ向かった。
職員Aは蒼白な顔で震えている。
「お、お二人……新人二人の証言により、報告内容は詳細まで確認済みで……!」
「そうか。なら処理を——」
シエラが言いかける。
「ステファニー様が、特級全体大回復を、危機的状況で、詠唱なしで、瞬時に……」
職員Aは口をぱくぱくさせた。
「がんばったの〜!」
ステファニーが胸を張る。
「そのうえ魔力がもう回復しつつある……神話か何かでしょうか……!」
職員Aが震える。
「だから言っただろ。この子は私の自慢の回復士だ」
シエラが淡々と告げる。
「お姉さん、ほめてくれたの〜!」
ステファニーが嬉しそうに跳ねた。
「事実を述べただけだ」
シエラはそっぽを向くが、耳が赤い。
そんなやり取りの途中、ギルド奥の扉が静かに開いた。
「シエラ、ステファニー。よく戻ったな」
落ち着いた声とともに、ギルドマスターが姿を現した。
「報告は読んだ。シエラ、お前が考案した“被弾前提の密着回復戦術”……あれは異端ではない。特級回復士の力を最大限に引き出す、新時代の戦術だ」
「……あれは私が勝手にやっているだけだ」
シエラは淡々と言う。
「だからこそ価値がある」
ギルドマスターは即答した。
「職員A。——本日付で、シエラのランクをSに引き上げろ」
「「「Sランク!? 今日!? 今!?」」」
ギルド内が爆発したように騒ぎ出す。
「……は?」
シエラの目が見開かれる。
「Sランクでもお前の代わりは務まらん」
ギルドマスターが断言する。
「お姉さんすごいの〜! 世界に認められたの〜!」
ステファニーがきらきらした瞳で近寄る。
「やめろ……照れるだろうが……」
シエラは耳まで赤い。
次にギルドマスターはステファニーを見る。
「ステファニーの能力は最高峰だが、攻撃スキルがゼロだ。ゆえにランクはFのままだ」
「ゼロなの〜!」
ステファニーが元気よく挙手した。
「SとF!?」「逆に最強では?」
周囲がざわつく。
「わたしずっとFなの〜! うれしいの〜!」
ステファニーが満面の笑みを浮かべる。
「なんで喜ぶんだ……」
シエラが疲れた声を漏らした。
職員Aが震えながら呟く。
「SとFのパーティ……前代未聞です……!」
「まあ……これで文句を言う者もいないだろう」
シエラはため息をつきつつも、どこか誇らしげだった。
「お姉さんはS! わたしはF! さいきょうコンビなの〜!」
ステファニーが手を広げる。
「……そうだな。最強だ」
シエラはステファニーの頭に手を置いた。
「お姉さんの背中、ずっと守るの〜!」
ステファニーが胸を張る。
その日の噂は街中に広がった。
「聖女が現れたらしい」
「終末を反転させる回復士がいる」
「大盾の悪魔が帰ってきた」
「SとFの狂気コンビ」
どれも誇張だが、二人の存在はそれだけ衝撃的だった。
帰り際、シエラは受け取った依頼書を見つめて呟く。
「噂はどうでもいい。だが……私たちの戦術が本物だと証明できた。なら次は、もっと難しい依頼だ」
「はいなの〜! どんな依頼でも治すの〜!」
ステファニーが両手を上げる。
「お前の《廻生》は最後の砦だ。乱発はするなよ。魔力の回復には時間がかかる」
「はーいなの〜! お姉さんの背中……ぜったい守るの〜!」
ステファニーがまっすぐな目で言った。
こうして——
Sランク前衛とFランク特級回復士という前代未聞のコンビは、次なる冒険へと踏み出すのだった。




