第十八話:群れとの戦闘、初めての即時範囲回復なの〜
迷宮上層での新人護衛クエストは、順調そのものだった。シエラが大盾を構えて前線に立ち、ステファニーが岩陰から“ちょんちょん〜”と刺メイスを振り回しながら光を飛ばし、新人のアレンとリズはその安全圏で実戦経験を積む。二人にとってはこれ以上ない環境で、時折ステファニーが「ぴかぴか〜!」と無駄に眩しい光を放って新人たちの笑いを誘う余裕すらあった。
だが、そんな空気は長く続かなかった。
「……止まれ。空気が変わった」
前を歩くシエラが、ぴたりと足を止めた。
広めの通路に出た瞬間のことだった。薄暗い通路の奥から、複数の影が揺れ動く。
「来たぞ……ゴブリンだ。正面に五体。囲むように動くなよ」
シエラが低く指示を出す。
アレンが剣を握りしめる。「五体……! でも、シエラさんがいれば……!」
そのときだった。
ステファニーが、通路の横穴の奥を指して叫んだ。
「お姉さん! あっちからも来たの〜!」
「なに……?」
シエラがちらりと視線を向けた瞬間、通路の左右の隠し穴から、追加のゴブリンが飛び出した。
「ギギャッ!」
「ギャギャッ!」
三体。合計八体。
シエラが舌打ちした。「チッ、罠か! 数が多すぎる! 全員、俺の盾の後ろに!」
新人二人は慌ててシエラの後ろに回り、ステファニーはシエラの背中にぴたりと張り付く。
「お姉さんの後ろは安全地帯なの〜!」
「全然安全ではない!」
シエラが怒鳴りつつも、盾を高く掲げて突撃してきたゴブリンたちを受け止めた。
激しい金属音が通路に響く。
アレンが驚愕する。「すごい……シエラさん、正面の三体を全部受け止めてる……!」
リズも目を丸くしたまま呟く。「これが……鉄壁の大盾……!」
シエラは顔をしかめながら叫んだ。「ステファニー、いつものように!」
「任せてなの〜! 光が走るの〜!」
ステファニーが輝く光を放ち、シエラの背中にぴたっと張り付きながら回復する。同時に、刺メイスをひょこっと盾の脇から突き出し、“ツンッ”とゴブリンを牽制した。
「ギャッ!?」
ゴブリンの悲鳴が通路に響く。
だが、側面の二体は新人たちへ一直線に向かってきていた。
アレンが「来るッ……!」と身構えたが、慣れない動きで回避が遅れた。
「ぐっ……!」
剣を振り払ったが、代わりに腕に傷が走る。
リズも必死に避けようとしたが遅かった。
「きゃあっ!」
足にゴブリンの爪が食い込み、小さな悲鳴が漏れた。
「アレン! リズ!」
シエラが叫ぶ。
「ステファニー、前衛は俺が何とかする! 二人を治せ!」
「えっ!? 二人なの〜!? わたし、いつも一人ずつなの〜!」
ステファニーが大きく目を丸くする。
単体回復の上級スキル《聖癒》は強力だが、同時に二人を治す余裕はない。それどころか、シエラの盾が押されている。
「押し切られる……! くそっ!」
シエラの顔に焦りが浮かぶ。
アレンは動けず、リズは足の傷のせいで膝をついていた。二人とも、このままでは次の攻撃を避けられない。
「ステファニー! 俺のことは後でいい! 新人たちを助け——」
「だめなの〜!!」
ステファニーが叫んだ。
「お姉さんを治さないと、お姉さんが死んじゃうの〜!!」
それは、シエラがステファニーに教えた唯一の『絶対』だった。
“誰かを犠牲にしてまで治すな。全員で帰ること。それがパーティだ。”
だがその教えが、今、ステファニーを固まらせていた。
リズが震える声で叫ぶ。
「ステファニー様……アレン君が……アレン君が危ない……!」
アレンも歯を食いしばる。
「俺は……いい! シエラさんを守ってくれ……!」
ステファニーは頭を抱え、目に涙を浮かべた。
「やだの〜! 誰も傷ついてほしくないの〜! みんな痛いの痛いの、飛んでいけなの〜!!」
その瞬間、ステファニーの魔力が膨れ上がった。
今まで感じたことがないほどの濃密な光が、刺メイスの宝玉に集まっていく。宝玉が、ぼうっと黄金色に輝いた。
「ステファニー……!? その魔力は……!」
シエラが驚愕する。
ステファニーは涙を拭い、ぎゅっとメイスを握りしめた。
「わたし、みんなを治したいの〜! みんなでおうちに帰るの〜!!」
黄金の光が爆発した。
「《廻生》 なの〜!!」
轟音はなかった。ただ、暖かい風がふわりと広がっただけだった。
だが次の瞬間、通路すべてが眩い黄金に染まった。
シエラ、アレン、リズ。その体を包んだ光は、一瞬ですべての傷を消し去った。
アレンの腕の深い傷も、リズの足の裂けた痛みも、完全に。
「な、治った……!? 一瞬で……!?」
アレンが震える。
リズも同じく震えた声を絞り出す。
「これが……特級回復士の……本気……」
ゴブリンたちが光に怯え、動きを止めていた。
シエラはその一瞬を逃さなかった。
「今だ! 反撃するぞ!」
新人二人は復帰し、シエラの号令で戦列に並び立つ。
「うおおおおっ!」
アレンの剣がゴブリンの胸を裂く。
「ステファニー様……守ってください……!」
リズは震えながらも後衛から補助魔法を重ねる。
完全回復したシエラは盾を大きく振りかざし、ゴブリンを吹き飛ばした。
「道を開けろ!」
通路に倒れるゴブリンは、やがて一体も動かなくなった。
全てが終わったあと、ステファニーはふらふらとよろけながら、いつもの笑顔を見せた。
「えへへ〜……みんな、治ったの〜……よかったの〜……」
アレンは胸に手を当てながら呟いた。
「ステファニー様……今のは反則級だ……」
リズも涙を浮かべていた。
「心まで……包み込まれる光……。私、あんな魔法、初めて見ました……」
シエラはゆっくりステファニーの頭に手を置いた。
「見たな。これが……特級回復士の“本気”だ。そして、彼女が俺の背中にいる限り、俺たちは絶対に負けない」
新人たちは、その言葉の意味を深く理解した。
ステファニーの規格外の力。
シエラの鉄壁の戦術。
その両方があって初めて成り立つ最強の形。
アレンとリズは、二人の背中に、これ以上ない尊敬の眼差しを向けたのだった。




