第十五話:ギルドの評価が変わってるって本当〜?
迷宮下層から地上へ戻る階段を上がった瞬間、私はくしゃみをした。
「へっくしゅんっ……お姉さん、なんか噂されてる気がするの〜」
「気のせいだ。お前はいつもそんなこと言ってるだろ」
シエラお姉さんは、血の一滴もついていないピカピカの鎧を軽く叩いた。
その音が、周りの冒険者たちの視線をさらに集めてしまう。
え……なんか、視線すごくない??
ギルドの扉を開けた瞬間、熱視線がぶわっと飛んできた。
「おい見ろ、戻ってきた……!」
「アイアン・ボア討伐したってよ。しかも無傷だってよ……」
「いやいや、あの二人だぞ? あの『盾剣士と前衛回復士(笑)』って馬鹿にされてたコンビだ」
「笑いじゃなくてガチで最強だった件……」
ひそひそ話が、ひそひそしていない。
むしろ堂々と聞こえる。
「お、お姉さん……わたし、もしかして……有名人なの〜?」
「当たり前だ。お前の回復が異常なんだよ。俺があれだけボアに思いっきり殴られたのに、即座に全快だったんだ。普通なら肋骨がバラバラになる攻撃だぞ」
「えへへ〜。殴られても治せば問題ないの〜」
「いや、それを当然みたいに言うな」
シエラがこめかみを押さえるのは、たぶんいつものこと。
でも今日は違った。
だってギルド内の視線がもう、痛いくらいなのだ。
――いや、本当に痛いくらい。
じーっと見られすぎて、魔力が吸われてる気がするの〜。
そして受付に向かうと、そこにはいつもの胃痛持ちの職員Aさん。
でも今日はなぜか、胃のあたりを押さえてない。
むしろ……輝いてる?
「シエラさん! ステファニー様! ご帰還おめでとうございます! そして……今回も、無傷での討伐。確認いたしました!」
Aさんは震えながら書類を掲げた。
「報告書によりますと、シエラさんは突進を何度も受けたものの、ステファニー様の即時回復により戦闘に支障なし……と。これは……もはや異常というより、戦術と言うしか……!」
私は胸を張った。
「わたし、お姉さんの背中にぴとって張り付いて、ずっと治してたの〜」
「それを言葉にすると途端にヤバく聞こえるからやめろ」
Aさんは何度も頷きながら、机をバンッと叩いた。
「前衛回復士という概念が、シエラさんの指導によって……完全に戦術として成立しました! これほどの実例が存在したとは……!」
「指導ってほどじゃねえよ。こいつが勝手に前に出たがるから、仕方なく戦術にしただけだ」
「お姉さん……わたし、勝手に前出てないよ〜。お姉さんの背中が温かくて安心するから、離れたくないだけなの〜」
「それを戦闘中に言うな!」
そんなやり取りをしていると、背後から落ち着いた足音が近づいてきた。
振り向けば、白ローブの男性――上級回復士Eさん。
以前、私の回復魔法を見て「人類の宝だ」と最大級の称賛をくれた人だ。
しかし今の彼は、眉間に深いシワを刻んでいる。
「シエラ殿、ステファニー様。下層討伐、見事でした。しかし……」
Eさんは私とシエラを交互に見てから、深く息をついた。
「回復士が……わざとダメージを受けることを戦術に組み込むなど……信じられません」
シエラは鼻で笑った。
「本分とか綺麗事言うなよ。命を救うのが回復士なら、こいつのやってることは最高の仕事だ。俺がどんなダメージを受けても、こいつが瞬時に治せば問題ない」
「しかし……」
「お前ら上級回復士じゃ、致命傷の修復に時間がかかる。回避して距離を取る時間も必要だろ。だがこいつは違う。背中に張り付きながら治すから、俺が攻撃し続けられる」
シエラは軽く私の頭をぽんと叩いた。
「殴られて治して、また殴って治す。こいつの治癒速度なら、それができる」
「お姉さん、わたしを壊れたポーションみたいに言うのやめてほしいの〜」
「事実だろ」
Eさんは震える手で眼鏡を押し上げた。
そして……ぽつりと言った。
「……羨ましい。そんな回復速度、私も欲しかった……」
え……なんか、すごくリアルな嫉妬の目してる……。
でも、Eさんはすぐに姿勢を正し直した。
「しかし、それでも……この戦い方は、特級回復士であるステファニー様にしか許されない領域でしょう」
その言葉にAさんが乗っかる。
「ギルドとしても、二人の評価を正式に改めることとなりました! シエラさんは、この“異端の戦術”を成立させた指導者として評価が上がっています。ギルドマスターからも指示がありまして……」
シエラの眉がぴくっと動いた。
「……指導者?」
「はい! シエラさんの育成能力を正式に認め、上級指導者枠への推薦が……!」
「俺は別に指導者なんて興味ねえよ」
「お姉さん、褒められてるのになんで不機嫌なの〜?」
「俺が欲しいのは評価じゃなくて――」
シエラは私の頭に手を置いた。
その手は、なんかちょっと……照れてる。
「こいつが“前衛として”認められることだ」
胸がぽかぽかした。
「お姉さん……! わたし、お姉さんの相棒なの〜!」
「……ああ。だから、もっと強くなるぞ」
ギルド中がざわざわした。
噂話が広がっていく。
「異端の最強コンビだってよ」
「前衛盾と密着回復士……新時代の戦術じゃね?」
「ギルド公認になったらしいぞ……!」
Aさんが胸を張って宣言した。
「今日をもって、シエラ・ステファニーパーティはギルド公認の“異端の最強パーティ”として登録されます!」
えへへ……。
なんか、すごいの〜!
私とお姉さんの戦い方、ちゃんと認められたんだ。
「お姉さん、これからも一緒に冒険行くの〜!」
「当たり前だ。お前がいないと俺は戦えないしな」
「ふえぇ……! ずっと一緒なの〜!」
こうして私は正式に――
『前衛で殴られながら回復するヤバい回復士』として、ギルドに認められたのだった。




