第十一話:迷宮下層へ、二人の役割分担〜、前衛回復士(?)チーム爆誕〜
ギルドの朝は、いつもより少しざわついていた。
理由は簡単だ。
入口から、赤髪の鋭い目をした女騎士――シエラと、
白い刺メイスを抱えてトコトコ歩く特級回復少女――ステファニーが、
昨日に引き続きペアで現れたからだ。
ギルド職員Aは、二人の姿を見た瞬間、
(……あ、今日も胃が痛い……)
と、無意識に腹を押さえていた。
シエラがストンと受付カウンターに立つ。
「新しい依頼だ。昨日の失敗を踏まえて、今日は役割を完全に最適化する」
職員Aは、書類を取り落としそうになりながら尋ねた。
「え、えっと……今回もステファニー様は前衛回復士として……?」
「そうだ」
ビシィッ、と音がしそうな勢いで頷くシエラ。
だが、その次の言葉が職員Aの心臓を貫いた。
「だが今回は違う」
「違うのに“そうだ”なんですか……?」
シエラはスッ、と後ろから紙束を取り出す。
なんと、びっしりと文字が書かれた“役割分担表”だ。
「見ろ。今回の作戦はこうだ。
俺が『鉄壁の盾役兼ダメージソース』。
そしてコイツが――」
シエラはステファニーの肩を軽く叩く。
「『被弾前提の即時回復役』だ」
職員A「被弾前提!?!?!?!?」
ステファニーはにこにこしている。
「やるの〜! 被弾したらすぐ治すの〜!」
職員Aは思わず叫ぶ。
「いやいやいやいや! 特級回復士にわざわざ怪我させるとか、正気ですか!?」
シエラは腕を組んで冷静に説明し始める。
「避ける能力も剣技もないのに、避けさせようとする方が危険だ。
だが、こいつの回復力は致命傷一歩前なら数秒で全快だ。
つまり――致命傷を避ければ負傷ゼロと同じだ」
「理論の飛躍がすごい!」
シエラは一歩近づいてきて、職員Aに小声で言う。
「昨日、刺メイスで飛び出して大惨事になっただろう? だから今日は徹底的に“貼り付き式”だ」
ステファニーは胸を張って、
「今日はお姉さんの言うこと全部聞くの〜!」
「よし。飛び出すな。絶対だぞ」
「絶対なの〜!」
職員Aは、もはやツッコむ気力すら失われていた。
そして、二人は迷宮へ向かった。
──迷宮上層。
薄暗い通路を歩きながら、シエラが指を鳴らす。
「来るぞ。上層のオークだ。力は強いが動きは単調。避けやすい」
ステファニーはピタッと背中に張り付く。
「背中から離れないの〜! 離れたらダメなの〜!」
「よし、いい心がけだ」
その時、ドスドスと足音が響いた。
オークが斧を振りかぶり、突進してくる。
「受けるぞ!」
シエラは大盾を構え、正面から衝撃を受け止めた。
ガギィンッ!! という轟音とともに、シエラは後ろに一歩、下がる。
が――その瞬間、あえて脇腹を少し晒した。
斧がシエラの脇腹に掠め、薄い傷が走る。
「ぐっ……ステファニー!」
「はいなの〜!」
ステファニーは動かない。
シエラの背中に貼り付いたまま、刺メイスの宝玉を光らせる。
「《光滴》なの〜!」
ぽとん、と小さな光の雫が落ちた。
その光がシエラの傷を包み、即座に全快させる。
シエラは回復の気配を感じ取ると、すぐに体勢を整え反撃に移る。
「完璧な速度だ!」
オークが再び斧を振り上げた。
シエラはそれを弾き、その反動で一瞬だけ、オークの足元に隙が生まれた。
「今だぞ、ステファニー!」
「ツンッ! ってするの〜!」
ぴょこんと刺メイスを突き出し、
オークの足の甲にスパイクを軽く刺す。
「グゴォッ!?」
オークが怯んだ瞬間――。
シエラの大剣が閃いた。
ザシュッ!!
オークの首筋を捉え、巨体が崩れ落ちる。
戦闘終了。
シエラは汗を拭いながら、ステファニーを褒めた。
「立ち位置完璧。回復神速。スパイクも必要な時にだけ入れた。無駄な被弾ゼロ」
「やったの〜! わたし刺すのちょっと得意なの〜!」
「殴るより百倍安全だ。これが“前衛回復士”の正しい動き方だ」
ステファニーは刺メイスを抱きしめて喜ぶ。
迷宮から戻った二人は、ギルドの受付へ。
職員Aは、二人の体を見て目を疑った。
「無傷……? 二人とも……?
あの異端パーティで、上層オークを……無傷で……?」
シエラは依頼書をドンとカウンターに置く。
「次は迷宮下層だ。そこで本当の実力が試される」
ステファニーはキラキラした目で叫ぶ。
「迷宮下層なの〜! わたしもっと頑張るの〜!」
職員Aは震えながら次の依頼書を受け取った。
(……この組み合わせ、もしかして本当に最強なのでは……?)
期待と恐怖がないまぜとなった空気が、ギルドに漂っていた。
──二人の迷宮挑戦は、まだまだ続く。




