第十話:初めての前衛回復役なの〜!
森の朝は静かで、空気はひんやりしていた。
小鳥のさえずりが響く中、ステファニーは輝く「刺メイス」を両手で持ち、テンションだけは最高潮だった。
「お姉さん〜! 見て見て〜! 刺メイス、今日が初仕事なの〜!」
「見えている。だが振り回すな、危ない」
シエラは呆れたように眉をひそめつつ、大盾を構えて前に立っている。
昨日完成したばかりの“刺メイス”。
ステファニーは、まるで新しいおもちゃを持った子どものように、朝からずっとテンションが高い。
「ふふん〜! 今日こそわたし、前衛デビューなの〜! 殴るの〜! 刺すの〜!」
「……お前が喜ぶと嫌な予感しかしない」
そう呟きながらも、シエラは森の奥を慎重に見据えた。
今日のクエストは、小型魔物の討伐。
ステファニーの前衛練習には、まだ手頃な相手である。
「いいか、ステファニー。今日の目標は“俺の盾の範囲から出ない”だ。
昨日教えた立ち回りは忘れるなよ」
「はいなの〜! ……んしょっ……重いの〜!?」
ステファニーは刺メイスを片手で持ち上げようとして、あっさり腕がプルプルし始めた。
「だから言っただろう……お前には重いと」
「でも、これがわたしの専用武器なの〜! 使いこなしたいの〜!」
気合だけは十分だった。
そんなやり取りをしていると、茂みがガサガサと揺れた。
「出たぞ。ゴブリンだ。三体。俺が前に出て盾で引きつける。お前は後ろから——」
「ゴブリンなの〜!! わたしの出番なの〜!!!」
「おい待て!」
シエラの制止を完全に無視し、ステファニーは盾の横からスポーン! と飛び出していった。
「ステファニー!!!」
シエラの悲鳴が森に響く。
ステファニーは刺メイスを大きく振り上げた。
「いくの〜! やーーっ!!!」
ブンッ!!
重い刺メイスが空を切る。
だが、その軌道はとても攻撃とは呼べないぐらい遅くて大雑把だった。
ゴブリンたちは目を丸くして、それからヒョイッと全て避けてしまった。
「えっ!? 当たらないの〜!? もう一回なの〜!」
ブンッ……
ブンッ……
「え〜〜〜!? 避けられるの〜〜!!?」
シエラの読みどおり、ステファニーは“立ち回りゼロ”。
回避もフェイントもなく、ただ棒立ちで振り回しているだけ。
当然、隙だらけだった。
「ギャッ!」
ゴブリンの一体が飛びかかる。
ステファニーは避けない。というか避け方がわからない。
「わわわわっ!? お、お姉さ〜ん!!?」
「もう……だから言ったんだ!!!」
シエラが地面を蹴って飛び込み、大盾を構えてゴブリンの攻撃をギリギリで受け止めた。
衝撃が森に響く。
しかし、その隙をつかれて、別のゴブリンがシエラの足へ飛び込んだ。
「くっ……!」
ザシュッ!
浅い傷だが、確かにシエラの足が切れた。
訓練では決して負わなかった“実戦の傷”だった。
「お、お姉さんっ!!」
「ステファニー、回復!」
「わ、わかったの〜!」
ステファニーは刺メイスを構え、スパイクの根本の宝玉に手を添える。
宝玉が淡く光り、回復魔法が発動した。
「小回復 《光滴》〜」
柔らかい光がシエラの足を包む。
次の瞬間、傷がスッと消えた。
「全快なの〜!」
「……回復だけは完璧なんだよな、ほんとに……」
シエラはため息をつくと、表情を一気に険しくした。
「ステファニー。お前が前に出たせいで、俺が傷ついた。
前衛の立ち回りは、そんな甘いもんじゃない!」
ステファニーは肩を落とした。
「ごめんなさいなの〜……」
そしてシエラは構えなおし、わずか十秒でゴブリン三体を一掃した。
圧倒的な力量差だった。
クエストは成功。
だが二人の間には、少し重い空気が漂っていた。
森を抜ける帰り道、ステファニーは刺メイスをじっと見つめ、しょんぼりしていた。
「……うぅ〜……刺メイスは強いのに、わたしの腕がついていかないの〜……
このままじゃ、ただのお荷物なの〜……」
その声は、いつもの伸ばし語尾とは違うほど元気がなかった。
シエラはしばらく無言で歩き、少しだけ視線を逸らしながら言った。
「……落ち込むのは勝手だが、やめるなよ。
お前は特級回復士だ。才能は本物だ。
ただ、前衛としては……壊滅的に下手なだけだ」
「うう……全然フォローになってないの〜……」
「だから鍛えるんだ。俺が。
特級回復士の相棒にふさわしい前衛回復士になるまで、みっちりな」
ステファニーの目がぱちぱちと瞬き、次第に光を取り戻す。
「……お姉さん……!」
「ただし。言うことは絶対に聞け。
勝手に飛び出したら、次は本気で叱るからな」
「う、うん……! がんばるの〜……!」
こうしてステファニーの“初めての前衛回復役”は、
見事に大失敗となった。
だがそれは、彼女が本当に前衛として成長するための、
大事な一歩でもあった。




