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後宮の月は、愛に包まれる

掲載日:2025/08/31

 



 わたくしを抱くその腕が、幾ばくもなく別の女の肩を抱くのだと思うと、涙ではなく乾いた笑いがこみ上げた。


「皇帝陛下、そろそろお時間です」

「……分かっている」


 部屋の外に控えていた宦官が皇帝陛下に声をかけると、陛下は眉間に皺を寄せ返事をする。そして必ずわたくしと唇を重ねる。

 そうしたらもう陛下はわたくしを見ることはない。

 少しだけ乱れていた黒い長髪を自身で結い直し、脱ぎ捨てていた上衣を羽織り、帯を締め、剣を腰に差し、出ていく。

 いつもこの流れ。毎日毎日飽きないものだと思う。

 

 皇帝陛下が寝所から出ていくと、侍女たちが奥の控室からわらわらと出てきて、こんなにも愛され毎夜通いがあるのだから、皇后になるのはわたくしだろうと、興奮まじりに言ってくる。


 皇帝陛下の後宮に二〇で招聘(しょうへい)されて一年。毎日そう言われ続けていれば、流石にそんなものは夢現で見る妄想だと気付いてしまうというもの。

 そんなものは、先月招聘された新たな春の宮の妃に言っておあげなさい。


雪月妃(せつげつひ)様、湯浴みの準備が整いました」

「すぐに行くわ――――」




❄❄❄❄❄❄




 この国の皇帝には四季になぞらえた四妃がいる。太古の昔からずっとそう決まっている。わたくしは名前に雪が入っていたことと珍しい金色の瞳だからと、強制的に後宮に連れてこられた。

 そして今までの名前を捨て『雪月妃』という名を与えられた。


 あまり裕福ではなかったので、莫大な謝礼をもらった両親は両手を挙げてわたくしを差し出した。

 親に売られたことは、悲しいというよりは呆れが強かった。この国は貧富の差が激しい。そして、金銭が物をいう世界だ。だからこそ、金に変えられるものは、娘でも息子でも売るのが当たり前だ。

 家を出る際に、どうか体の弱い弟に薬を買ってやってと頼んだが、それをしてくれるほど人のいい親とも思えなかった。

 弟のことだけが心残りだった。


 皇帝陛下がわたくしの宮に来たのは、後宮に入った翌日だった。

 高価そうな布で作った衣を身に纏い、朱色の瞳を鋭く光らせ、長く伸ばされた艷やかな黒髪を首の後ろで結んでいた。

 そして、そこらの女性たちよりも見目麗しい顔でわたくしをじっと見つめると、何の感情もこもっていない声で「ふむ。確かに、美しいな」と零した。

 

 ――――あぁ、この人もか。


 そのためにここに売られてきたのだし、いつも美しい瞳だと言われていた。

 それでも、わたくしは人に、人の心に希望を(いだ)いていた。この頃は、まだ。


 その日の内に皇帝陛下に抱かれた。

 声を出してたまるものか、泣いてたまるものかと、唇を噛み締め堪えた。血が滲むほどに。

 あまりの痛みに意識を手放した。そして、目が覚めると、寝台にはわたくしだけで陛下はいなかった。だが、枕元に塗り薬入れが置いてあった。

 皇帝の紋章が入った陶器の入れ物だったことと、使いかけだったので陛下が忘れていったものだと思い侍女に渡すと、陛下が何かを忘れるということはないので、わたくしに下賜したのだろうということだった。

 侍女が痛んだ唇にそっと塗ってくれた。

 

「皇帝陛下はとても厳しそうに見えますが、とてもお優しい方ですよ」


 そうだろうか? 

 わたくしのいる冬の宮にきてすぐに寝台に連れて行かれた。そして何の会話もなく始まった。それのどこが優しいのだろうかと思った。

 所在なく机の上に置かれた皇帝陛下の薬入れは、たまたまだろう。


 その日の夜、また皇帝陛下が冬の宮にきた。

 

「陛下、こちらありがとうございました」


 薬入れを皇帝陛下に戻そうとすると、眉間に皺を寄せられてしまった。


「お前に与えたものだ」

「そうなのですね、ありがとう存じます」

「ん」


 侍女に皇帝陛下が来られたら、先ず二人でお茶をしてから寝台に向かうのが流れだと言われた。それなら昨晩のアレは何だったのか。

 お茶は必ず妃が淹れるのだとか。お茶は淹れたことがあるが、宮廷で飲むようなもの、ましてや皇帝陛下が飲むような高級なものを扱ったことなどないし、茶器の扱いを覚える時間もなかった。

 普通なら皇帝陛下が通うのは招聘されて一月(ひとつき)経ってからだと言われていたからだ。

 侍女や宦官たちに教えられたことと、ことごとく違いすぎて、これは侍女たちに歓迎されていないのではと思ったが、どうやら皇帝陛下の行動が可怪しかったようだ。


「……どうした?」


 茶器を湯に浸し、その後どうするのが正解なのだろうかと悩んでいた。湯から取り出し拭くべきだろうが布巾が見当たらないし、漆塗りの受け皿の上に濡れたまま置いていいのかも分からない。


「貸せ」


 皇帝陛下が立ち上がりわたくしの横に来ると、慣れた手つきでお茶を淹れ始めた。


「茶請けはこれか……ふむ。これは誰かに貰ったのか?」


 いちじく餡の入った饅頭を指差されたので、春の宮の妃から歓迎の証として貰ったものだと答えた。

 砂糖をふんだんに使われており、とても美味しいらしいので、侍女が皇帝陛下とともに食べてはどうだろうかと置いてくれていた。


「ふむ。で、俺がこれを食べたら死ぬ可能性があるとは教えられなかったか?」


 陛下がそう言うと、饅頭をてに取り口に運ぼうとしていた。


「え……ちょっと!」

「……………………くっ、ふはっ、ふはははは!」


 死ぬ可能性があるのになぜ食べようとするのかと、顔面蒼白になりながら慌てて陛下の手から饅頭を奪い取った。

 陛下は目尻に涙を滲ませるほどに笑っていた。なんなんだ、と怒りが湧いた。


「莫迦ですか!」

「ふはっ! ん、ああ、莫迦だろうな。ふっ…………」


 陛下はクスクスと笑いながら茶杯にお茶を注ぐと、茶杯の一つをこちらに差し出し、もう一つの茶杯をぐいっと飲んだ。

 そして、ヒョイッと饅頭を食べてしまった。


「あぁ、嘘だから気にするな。茶を飲め」 

「……ちょうだいいたします。…………あ、美味しい」


 程よい温度と柔らかな甘みのあるお茶だった。僅かにある渋さが心地よい。どうやったらこんなにも美味しくお茶が淹れられるのか。同じ茶葉で二度ほど練習したがどちらも渋さが酷かった。


「それはよかった。雪月、饅頭のことは誰にも言うな。この後何が起こってもだ」

「え……」

「命令だ」


 低い声で発されたその言葉は、どんな質問も受け付けないのだと、本能的に理解した。


「寝台に行く」

「……はい」


 二度目の夜は、とても優しくされた。

 唇を噛もうとすれば、口の中に指を差し込まれ、声を抑えることさえ許されなかった。


 翌朝、身体に残された赤い斑点を見た侍女が、ありえないほどに興奮していた。こんなに愛されている妃は初めてだと。

 そしてその日の昼に事件は起こった。

 侍女や宦官たちが騒いでいる内容を聞くに、春の宮の春風妃が亡くなったらしい。しかも、毒の入った饅頭を食べて。


 ――――え?


 でも、あのいちじくの饅頭で死ぬというのは嘘なのだから、違う饅頭なのよね?

 春の宮からもらった饅頭をちらりと見ると、侍女が念のため処分しておきましょうと言った。一応、宦官に春の宮からもらったので怖くて食べられないと事情を話してから。


 その日の夜、また皇帝陛下が来た。

 昼の間にお茶の淹れ方を叩き込んだので、今度こそと準備を進めていると「言わなかったんだな?」と聞かれた。


「言うなと言われましたので。流石に饅頭をもらった流れは様々な者が知っていますので、それを理由に処分しましたが……」

「美味かったのに」

「そう、ですか」

「不満そうだな?」


 陛下が頬杖を突いてこちらを見上げてクスリと笑った。それはそうだろう。なぜ死ぬと言ったのかも謎だし、春の宮が亡くなったのも謎だ。そして、陛下の反応からして、全て関係のあることのようだから。


「雪月は察しが良いのに融通が利かないと言われるだろう? 疎まれそうだな」

「…………まぁ」

「くはははは!」


 何が面白いのか、陛下は息が切れる程に笑い、わたくしの淹れたお茶を「不味い」と言ってまた声を上げて笑っていた。

 聞いていた印象と違いすぎる。

 (いかめ)しい顔と態度の皇帝陛下じゃなかったのか。あまり感情を揺らさないなどとも聞いたのだけれど、目の前にいるのは『皇帝陛下』という呼び名なだけの、笑い上戸の青年だった。




 それからも、毎日必ず皇帝陛下は冬の宮に必ず来ていた。

 熱く激しく求められ、後宮に来て二ヵ月でわたくしは皇帝陛下に愛されていて、わたくしも皇帝陛下を愛するようになっているのだと実感していた。

 夜の行為にもやっと身体が慣れてきて、直ぐには眠ってしまわなくなった。

 そのせいで、真実を知ってしまった。


 陛下が寝所から出ていく姿が見えた。初めはそのまま眠ろうしたが、なんとなく見送るのもいいかと考え直し、衣服を着てその上から厚手の上衣を羽織り、後を追った。


「次は、夏の宮に行く」

「承知しました」


 ――――あぁ。


 皇帝陛下がいなくなるのは、自身の寝所に戻っているのではなく、次の妃のところに行っていた。


 よく考えれば当たり前なのだ、後宮には四つの宮がある。皇帝陛下は四人の妃を娶る。そして、その中からいつか皇后を決めるのだ。

 皇后は皇帝宮に移動するが、後宮はそのまま存続する。皇后の予備として。それはとても誉れなことなのだと、教えられていたのに、なぜ忘れていたのか。 


 ぽたりと涙が零れ落ちた。

 この涙は、愛されてないと知ったからなのか、愛した人に裏切られたからなのか、ただ自分が哀れだからなのか。

 恋をしたのはこれが初めてで分からない。

 陛下のちょっといたずらっぽく笑う顔が好きだった。笑う声が好きだった。淹れてくれるお茶を美味しいと言うと、満足そうに頷いてくれる仕草が可愛いと思った。

 口づけしたあと「いいか?」と聞いてくる上擦った声に、心臓が締め付けられた。熱を帯びた瞳が綺麗だと思った。

 わたくしは、陛下を愛してしまった。

 不毛な思いは、きっとわたくしをあの春の宮のようにしてしまう。


 ある日、陛下はわたくしを抱きながら『香蕉(バナナ)を食べるとどうにもいかん。節々が痒くなる』といった。肘の内側にわざわざ湿疹を作り、そこを掻きながら。

 陛下はこうやって、それぞれの宮の妃に苦手なものや病を引き起こすものを教えているのだろう。

 以前、夏の宮から陛下は蟹を食べると息が苦しくなるらしいと言われた。だから、部屋で食事を摂る際は出すものに気を付けるようにと。


 夏の宮は、どこまでも善人のようで、後宮の様々なしきたりを教えてくれた。

 夏の宮は後宮では一番歴が長く、皇帝陛下の一番目の妃だった。陛下と同じ年齢で、十八から十年間後宮にいるという。

 もしかしたらそういった磐石な地位が、彼女の優しさや余裕になっているのかもしれない。


 今までは夏の宮が一番皇后に近いとまことしやかに囁かれていたが、最近は年齢的にもう無理ではないかと言われているようになっている。

 人々とは無責任なものだと思う。

 私たちの誰が皇后になるのかの賭けごとをし、春の宮のように毒殺された者を笑い話の種にしている。


 翌夜も皇帝陛下は冬の宮に来た。

 茶菓子をつまみながら茶を飲み、私を抱き上げ寝所に向かい、衣服を剥ぎ取り身体を重ねる。


「どうした? 今日は……機嫌が悪そうだな?」

「疲れているだけですわ」

「…………そう、か」


 悲しそうな顔に見えるのは気のせい。口付けが柔らかくなり、いつもより優しく丁寧に抱かれたのも気のせい。




 結局、毎晩の行為は一年経とうとも、止まることはなかった。

 行為が終わって寝た振りをしていると、寝所の外から宦官が声をかけてきた。


「皇帝陛下、そろそろお時間です」

「……分かっている」


 ――――行くのね。


 わたくしを抱くその腕が、幾ばくもなく別の女の肩を抱くのだと思うと、涙ではなく乾いた笑いがこみ上げた。

 莫迦らしい。

 胸に溢れかえりそうなこの思いの行き場はもうどこにもないというのに。




◆◆◆◆◆◆




 いつまで経っても、後宮問題が進まない。そんな中で、冬の宮の妃が逃げ出した。暗部に始末されるとも知らずに。

 

新羅(しんら)、顔が怖いわよ?」

「様を付けろ」


 夏の宮の涼風(すずかぜ)は幼い頃からともに育った仲だ。

 後宮を潰したいが、皇帝になった俺でさえ手出しが難しい場所なので、涼風に内側から管理し潰しやすいよう動いてもらうことになった。


「ところで、進捗は?」

「いい感じよ。新しく入った春の宮は年齢を誤魔化しているわね。まだ一四らしいわよ」

「…………俺をなんだと思っているんだ」

「あら、冬の宮の幼い見た目が気に入って毎夜通っていると噂になったんだもの、仕方ないわよ」

「俺のせいじゃないだろ、それ」



◆◆◆



 都の外れにある農村で、たいそう珍しい瞳の娘がいると聞きつけた役人が、新たな冬の宮にどうかと勧めてきた。いま後宮にいるのは国内でも有力な三家の娘たち。拮抗している状態に、余計な貴族の権力を入れたくなかったのだろう。

 それは臣下たちも賛成だったようで、議会で直ぐに承認され、あれよあれよと後宮入りさせる準備が進んでいた。


 雪月を迎えに行く役人たちの一人として紛れ込み、農村に向かった。

 どんな娘だろうかと様子を伺っていると、家から出てきたのは、色素が少し薄い茶色の髪と、月のような金色の瞳を持った少女だった。二〇と聞いたが、それより幼く見えた。

 今から後宮に連れて行く、直ぐに別れを済ませろなどと、横暴な物言いの役人たちを娘は睥睨した。その金色(こんじき)の瞳は、意思の強さを反映させて光を放ちそうなほどに輝いていた。


 彼女は両親に視線を向けると、静かな声で「そのお金で、弟に薬を買ってあげてよ?」と言った。


「…………あ、あぁ、もちろんだとも」


 顔を引き攣らせてそう返事した娘の両親は、たぶん薬は買わないだろう。娘もそれを分かっていたのだろう。諦めたようにため息を吐き、役人に「行きます」とだけ答えていた。

 美しい女だと思った。

 


◆◆◆



「惚れたんでしょう?」

「…………まぁな」


 だからこそ、この後宮を潰さねばならない。涼風がその準備を着々と進め、もう一歩のところまで来ている。

 

「成功させないとね。私の地位もちゃんと用意してちょうだいよ?」

「あぁ、分かっている」




 昨日の様子が気になって雪月の宮に行くと、夕食の準備をしているところだった。


「なんだ、自分で作っているのか」

「ええ。このごろは」


 雪月が、最近特に鍋物にはまっているのだと言い、一緒に食べるかと聞いてきた。

 もちろんだと答えると、嘘くさい笑みを貼り付けて出してきたのは、海鮮を具材にした鍋だった。

 海鮮とは言うものの、よく見れば蟹が入っている。

 

 ――――海鮮なぁ。


「もらおう」


 最近、雪月の様子が可怪しいのは気になっていた。特に昨日は身体を重ねている最中でさえ、思い詰めたように虚空を見つめているだけだった。

 蟹は涼風に仕込んでもらっていた罠。


 ここで雪月が使う意味を考えた。

 涼風が嘘をついたか、雪月が涼風を嵌めようとしているのか。

 近年医療が進み、人によって食べると身体に害があるものが分かってきている。俺にとっては香蕉(バナナ)だが。

 エビや蟹といったものは、死の可能性があるほど拒否反応が出るものがいる。流石にまずいだろうと国中に警告を出した。どんな小さな村にも届くよう手配していたので、雪月が知らぬ理由はない。


 雪月がよそってくれた椀に手を伸ばし受け取ろうとしたが、なぜか渡さなかった。


「どうした?」

「なんで……………………食べようとするの?」


 震える声でそう言った雪月。雪月はこれを出す意味が分かっていて出したのだろう。俺が雪月を処分すると分かっていて。


「好きな女の手料理だからな。毒だろうが食うさ」

「っ…………!」

 

 椀を取り上げて汁を口に含んだ瞬間、雪月が物凄い勢いで椀を叩き落とした。金色の瞳からぼたぼたと涙を零しながら。


「雪月、急にどうした?」

「……蟹っ…………ごめんなさい」


 寂しそうに笑って、雪月は俺の腰から剣を奪い取った。止めようとすれば止められるのだが、雪月の本心が知りたくてつい、好きにさせてしまっている。


 剣で俺を刺すつもりなのだろうと思っていた。

 愛に溺れ、気が狂い、ともに心中しようとした妃は多い。他の妃を嘘や罠で蹴落とそうとする妃も多い。

 雪月は、前者を選んでしまったのだろう。

 後宮という毒は、貧しくも平民として暮らしていた雪月を蝕むのに一年もかからなかった。


 ――――もう少しだったのに。


 もう少しだけ待っていてくれたら……たらればを考えても仕方ないと分かっていても、初めて愛しいと思った娘が毒に溺れていく様を見るのが辛かった。


「ごめんなさい」

「っ――――!?」


 雪月が柔らかく微笑んで、剣を自身の首にあてた。

 その瞬間、身体が勝手に動いた。


「莫迦者っ!」

「っ……」


 雪月から剣を奪い投げ捨てて抱きしめると、雪月がまるで俺を拒絶するように押し退けようとしてきた。

 怒りで頭に血がのぼった。まるで血液の全てが煮え滾っているようだった。

 暴れる雪月を抱き上げ寝所に運び、組み敷いて無理やり衣服を剥ぎ取ると、雪月が再びバタバタと暴れ出した。


「いやっ!」

「いらぬ命なのだろうが! なぜ嫌がる! 俺によこせ! もうどうなろうといいんだろうがっ!」

「っ…………ごめんなさいっ…………ごめんなさい。もう嫌なの」


 子どものように謝り、エグエグと泣き出した雪月を柔らかく抱きしめた。

 雪月はもう抵抗しないようだった。

 

「何が嫌なんだ?」

「もう貴方に抱かれたくない」

「っ…………そうか」


 心臓が抉られた。

 それほど嫌がられていたのかと。


「死を選ぶほど、俺が嫌だったか」

 

 まさか自分からこんなにも情けない声が出るとは思っていなかった。

 ほぼ鼻声だし、泣く直前のような上ずり方をしている。


 組み敷いたままだった雪月の身体に、剥ぎ取った衣服をそっと被せた。きっと俺に裸も見られたくないだろうと。


「…………好きなの」


 大粒の涙を零しながら、消えそうな声で雪月が俺を好きだと言った。

 それだけで俺は天にものぼる気持ちだった。好きな娘に好かれていた。人によってはたったそれだけで、と思うかもしれないが、俺は今確実に自分のこの人生に意味を見いだせた。


「愛されてないのに、抱かれるのはもう嫌なの…………もう、嫌なの」


 俺の拘束が緩んだことに気付いたのか、雪月は自分を抱きしめるようにして横向きで丸まった。小さくてか弱い子どものように。そして何度ももう嫌だとつぶやく。

 そんなこと、言わないでくれ。

 俺の気持ちを聞いてくれよ。


「雪月、雪月」


 名を呼んでもこちらを見てくれない。


「雪月、聞いてくれ……」


 横向きで丸まる雪月の肩に額をあて、懇願した。皇帝になってこんな気持ちは初めてだった。


「あと少しなんだ。あと少しで、この歪な後宮を潰せる。俺だって、本当に好きな女だけしか抱きたくない。もう、雪月しか抱きたくないんだ」

 

 だから、もう少しだけ待っていてくれよ、雪月。

 俺の希望の月。

 

「へいか……」

新羅(しんら)と」

「しんら、さま?」

「ん。雪月」

「好き……なの?」


 おずおずといった様子で、こちらを見上げて来る雪月の唇に口付けを落とす。


「あぁ、雪月を愛してる」

「でもわたくし、蟹を陛下に……」

「新羅だと言ったが?」

「新羅様に」

「まぁ、あれは俺が悪い」

「……そうですけど」

 

 ここでそう言うのだから、雪月はやっぱり面白い。


「んはははは!」


 雪月の部屋に通い、久々に大笑いした日を思い出した。茶の淹れ方も分からず、毒だと言った饅頭を食べた俺を本気で心配した雪月。

 純粋さの中にある煌めきを眩しく思った。汚したいと思った。


「雪月は優しすぎるな」

「そうですか?」

「こっそり家に弟の薬を送りつけているだろう」

「っ! バレて……」


 侍女から報告を受けていたからな。

 弟は、下級使用人の見習いとしてこっそり帝都内の信用できる者に預けていた。雪月のためにいつか呼び寄せてやろうと思って。

 雪月の予想通りあの両親は、病弱な弟に薬など与える様子はなかったから早めに手を出してよかったと思っている。

 

「新羅様、ありがとう存じます」


 眩しい笑顔でそう言われ、少し後ろめたくなった。全て雪月が引き寄せたものだ。本来の俺なら、弟など捨て置いた。気に入った雪月さえ手元にいればいいと。

 そうしなかったのは、それを知られたら雪月に嫌われると本気で思ったからだ。

 初めて、人に嫌われるのが怖いと思った。

 いまも、実は手が震えている。雪月に拒絶されたから。


「…………俺は、弱いな」


 そう言うと、雪月はキョトンとした顔で俺を見上げてきた。


「新羅様はこの国で一番強いと思いますけど?」

「名前だけな。雪月、俺に愛されろ。そして俺を愛せ。それだけで俺はどこまでも走れる」


 頼む、と小さく呟き雪月の首筋にキスをすると、雪月が「んっ」と甘く鳴いた。


「とりあえず……………………()()()?」


 俺のその言葉の意味を察したのだろう、雪月がクスッと笑って自身を覆っていた衣服を剥がした。


「愛してる」

「わたくしもです」




▽△▽△▽△




 皇帝が後宮を解体して一年。

 帝国には新たな皇子が誕生した。

 黒髪の皇帝の横に立つのは、茶色い髪を柔らかに結い上げた、月のように美しい瞳を持つ皇后陛下。


 新たな世代の誕生に、国民たちは割れんばかりの歓声をあげていた。




 ―― おわり ――




こちらの冒頭は『ややこさん』たる、いつも笛路にぶっ刺さるエモいネタをくださる方に考えていただきました!

いつもありがとぉぉぉぉ!

際どいストーリーでごめんなさい!!!!

全力で癖にしちゃったよ(*ノω・*)テヘ



おま、ムーンじゃなくて大丈夫か!?

流石にこれの長編は無理だろ!

設定甘いぞ!(諦めたの!ごめん!←)

まぁ、そんな感じでいいので、感想や評価お待ちしております。


設定はほんと甘いから!!!!!!!ごめんちゃい!!!

_(꒪ཀ꒪」∠)_

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― 新着の感想 ―
せっかくだからキスって言い回しじゃないほうがいいなあと、思いました。
月がきれいだなぁ・・(見たいw)
わたくしは陰った月のこちらのバージョンの方が好ましいと思いますわ。
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