貴方を愛でる為ならば
ああ、早く殿下にも、お伝えしたいわ。
放課後。
私は、同じ生徒会役員の皆様に要件を伝えた後、一人、生徒会室へ向かいました。
はやる気持ちを抑え、静かに生徒会室へ入室します。
室内には、生徒会長で、我が国の第一王子でもある王太子殿下が、一人、執務をされております。
殿下は、机に高く積まれた書類を捌くことに、集中しているのでしょう。
下を向いたままペンを走らせ、顔を上げる気配がありません。
ああ、真面目な表情も凛々しくて素敵。
殿下は集中すると、狩りをする動物のように、周りが見えなくなる傾向にあります。
私の入室に、全く気づいていないと丸分かりですから、観察し放題です。
絨毯で足音がしないのは、好都合ね。
婚約者の端正な顔立ちを堪能しながら、こっそりと壁際を歩いて殿下の背後へ回り込みます。
「殿下、卒業パーティーで、私と婚約破棄、されようとしていますね?」
「うわっ!」
ビクリと肩を揺らして、左耳を押さえながら振り向く、耳弱な殿下。
目はまん丸に見開かれ、琥珀色の美しい瞳に、私が映っています。
やりましたわ!殿下の貴重なビックリ顔、頂きました!
実にお可愛らしい。こっそり近付いた甲斐がありましたわ!
「全く、驚かせないでくれ。急に出没したかと思えば、妙な事を」
私の視線を避けるように、殿下の美しい琥珀色の瞳が揺れて、書類にサインしている右手が、少し震えています。
動揺している時の癖が出ておりますね。
バレバレですのに、必死に誤魔化そうとする姿もまた、お可愛らしい。
現在、私と同じ十七歳の殿下は、婚約した十歳の時と変わらず、大層努力家で真面目ながら、少し抜けている所が可愛らしく、また、成長するに従って、男性としての格好良さや色気も加わり、益々愛で甲斐があります。
とは言え、公爵令嬢の私は、王太子である殿下の婚約者らしく、淑女の手本となるよう、振る舞わなければなりません。
婚約当初より芽生えた、殿下への恋焦がれる熱い気持ちで、脳内が大騒ぎしていたとしても、悟られないよう、グッと感情を押し隠して表情筋を制御しつつ、常に冷静で物静かな令嬢を装っております。
ですから、殿下は私に愛でられているなんて、思いもしないでしょう。
「ふふ、申し訳ございません。私、そんなに妙な事を言いまして?」
本当は、全てを存じ上げておりますが、知らないフリをして、わざとらしく小首を傾げます。
「言った。婚約破棄なんて発想が、どうして出る」
「そうですねぇ、最近殿下が親しくされている男爵令嬢。全く身に覚えはないのですが、『殿下の婚約者に様々な嫌がらせをされた』と皆様に吹聴しているようで、彼女と特に親しくしている生徒会役員の令息方は、碌に調べもせず、『彼女を虐めるな』と私に文句を言いに来たのです。その事は、殿下もご存知だと伺っておりますが?」
なんて言いながら、近くにある椅子を引き寄せて、殿下の反応を間近で観察する為に、殿下の左隣に腰かけます。
「ああ、それは聞いた。酷い話だ。虐めなんて許せないな」
殿下ったら、生徒会役員の令息と同様に、男爵令嬢の虚言を真に受けておりますのね。
あらあら、敵意丸出しの鋭い目をされて。
それもなかなか凛々しくて素敵ですわ。
ただ、私をお疑いだとバレバレです。
周囲に他の方がいれば、王太子らしく、もう少し冷静に取り繕ったでしょう。
ただ、今は、十歳から付き合いのある私と、二人きりです。
きっと、気持ちが緩んだのでしょう。
例え敵意でも、誰にも見せない貴重な殿下の本性を見られるなんて、大歓迎ですわ。
嬉しくて頬が緩みそうになりますが、悲しげな表情をしておきましょう。
「本当に酷いのです。複数の男性に囲まれて、私の言い分は何一つ聞いて頂けず、一方的に責められたのです。本当に恐ろしい思いをしましたわ。紳士としてあるまじき行為だと思いませんか?」
ふるふると弱々しく震えつつ、殿下が卒業パーティーで私になさろうとしている事について、遠回しに責めているつもりです。
伝わったでしょうか?
「……そう、だな」
否定も肯定もされませんね。
ですが、何か思ってはいるようです。
その証拠に、殿下のペンを握る手が完全に止まって、集中力が切れています。
お仕事の邪魔をするのは、私も申し訳なく思いますので、そろそろ本題に入りましょうか。
「それで思いましたの。皆様に納得して頂くには、男爵令嬢との関係が良好だと分かって頂くしかないと。それで、家を通して二人だけでお話させて頂きましたのよ」
「知らなかった。彼女から何も報告を受けていないぞ」
「でしょうね。彼女は隣国の第二王子殿下と婚約して、早々に学園を辞めましたから。今頃隣国で、盛大な結婚式を挙げているでしょう」
「は?結婚だと!?彼女は私との結婚を望んでいた。愛しているのは私だけだと……」
「あら、殿下と結婚したいと望む令嬢は、沢山いらっしゃいますのよ。彼女だけではございませんわ。おモテになる殿下なら、既に、ご存知かと思っておりました」
再び小首を傾げて微笑めば、あらあら、珍しい。
殿下のお顔が青ざめています。
余程ショックだったのですね。
お可哀想に……なんて、弱った殿下もこれはこれで可愛らしくて、癖になりそうです。
それにしても、私に隠れて男爵令嬢と二人でいると思ったら、まんまと甘言と、大きなお胸の色仕掛にやられるなんて。
殿下も案外チョロかったのですね。
因みに彼女は、婚約者の有無に関係なく、地位が高く容姿が良い令息方に狙いを定めて、同じような手法で虜にしておりました。
殿下はお気付きで無いようでしたが、私は男爵令嬢の性質をよく存じ上げておりました。
ですから、彼女の邸を訪問した際、このように切り出したのです。
「私、貴女とは良い関係でいたいと思っておりますの。つきましては、限られた方しかお誘いしない、我が公爵家で開かれる夜会に、ご招待致しますわ。心配なさらなくても、ドレス一式を贈りますし、準備はお任せ下さいませ。きっと楽しんで頂けますわ」
男爵令嬢が、公爵令嬢からの正式なお誘いを断れないと分かった上で、お誘い致しました。
勿論、彼女と良い関係を築きたいと思っていましたし、楽しんで頂きたい気持ちも嘘ではありません。
そして、約束の夜会当日。
侍女達とドレス一式を持参して男爵家へ訪問しました。
最初は警戒心剥き出しの男爵令嬢でしたが「こんなに素敵なドレス、着たことがない。これが私!?綺麗」なんて、鏡の前でうっとりして、私が用意したドレスや侍女達の仕事ぶりに、大変満足いただけたご様子。
彼女の為に、準備した甲斐がありました。
夜会は婚活の場でもありますから、婚約者の決まっていない彼女に楽しんで頂ければと、隣国から招待していた、見目麗しいと有名なのに、未だに婚約者のいない第二王子殿下を紹介致しました。
「こんなに素敵な王子様なのに、婚約者がいないのですか?え?結婚に身分は拘らない?嘘!?私とか、どう、ですか?あ、御免なさい、私みたいな女、好みじゃない、ですよね?」
早速、男爵令嬢は、隣国の第二王子殿下に上目遣いでアピールし始めました。
彼女の好みど真ん中だったようで、何よりです。
大きなお胸と、小動物のような可愛らしさで庇護欲を誘い、数多の男を虜にしてきた男爵令嬢に、隣国の第二王子殿下は、秒で陥落。
その場で跪き、男爵令嬢の手を取ってロマンチックに求婚するとは、流石に驚きました。
余程切羽詰まっていたのでしょう。
「見目麗しいけれど、束縛が激し過ぎて無理」と婚約する度に令嬢に逃亡され、その全員が今も方不明だそうです。
きっと、令嬢側から王家に婚約破棄なんて出来ませんから、内密に逃亡して、どこかに匿われているのでしょう。
「婚約者が相次いで行方不明になるので、第二王子と結婚すると死ぬ。なんて悪い噂が広がってしまい、国内での婚約者探しを断念して、他国で婚活する羽目になった」と隣国の第二王子殿下は、ぼやいていましたから。
さて、隣国の第二王子殿下から求婚された男爵令嬢の返答は、私の予想通りでした。
「はい、喜んで。宜しくお願いします!」
男爵令嬢が、今まで虜にしてきた男達を、全て捨てた瞬間でした。
隣国の第二王子殿下は、手に入れた女を今度こそ逃さないとばかりに、流れるように男爵令嬢を客室へと誘導すると、そのまま熱い夜を過ごして既成事実を作り、翌朝から諸々の手続きを最速で終わらせて、午後には男爵令嬢を伴って、仲睦まじい様子で隣国へと旅立ちました。
愛の重い束縛王子は、今度こそ手に入れた婚約者の逃亡を許さないでしょうから、きっと彼女は二度と、我が国を訪れる機会は来ないでしょう。
もしかしたら、外にも出して貰えないかもしれませんね。
そんな訳で私が責められる理由はもうありません。
ですから、男爵令嬢に惚れて尽くしたにも拘わらず、秒で捨てられた生徒会役員の皆様に、その事実を突き付けたのでした。
殿下にお伝えしたように。
「男爵令嬢は、とっても幸せそうでした。彼女には大変感謝され、関係は良好になりましたし、生徒会役員の皆様にも、やっと分かって頂けましたの」
「そう、か。それは何よりだ」
あら、殿下が凹まれておりますわ。
令嬢に言い寄られはしても、捨てられる経験は初めて、ですものね。
これはお慰めしなければ。
「殿下だけではなく、皆様も寂しがっておられましたわ。彼女は他の方を選びましたが、私はずっと殿下一筋です。ですから、婚約破棄なんて考えないで下さい、ね?」
殿下の頬にそっと手を添えて耳元で囁けば、ビクリと殿下の肩が揺れました。
反応が素敵。
「っ、だから、私は、一言も婚約破棄するとは言っていない。君が一方的に言っているだけだ」
「あら、それは失礼致しました。てっきり殿下は男爵令嬢をお選びになるものと思っておりました。常に彼女の肩を持っているようでしたし?」
殿下の顔を真っすぐ見つめると、明らかに目が泳いでいます。
「っ、そんなことはない」
あらあら。全てを無かった事にしようとしていますね。
良いでしょう、そういうことにしてあげます。
その為にフラグを折ったのですから。
それから、殿下は男爵令嬢に捨てられて懲りたのでしょう。
令嬢に言い寄られても決して靡かず、「婚約者がいると知りながら、擦り寄る神経が知れない」と不快感をあらわにして、私だけを見て下さるようになりました。
そして迎えた卒業パーティー。
私は殿下に贈って頂いたドレス一式を纏い、予定通り殿下にエスコートされて会場入りしてからは、婚約破棄されることなく、無事に卒業パーティーを楽しく過ごしたのでした。
卒業パーティーが終わり、王家の馬車で邸に送って頂いている時、突然、殿下が言うのです。
「思ったのだが、君は私の反応を見て楽しんでいるだろう」
長年内緒にしていましたのに、とうとうバレてしまいました。
「あら、お気付きになったのですか?可愛らしい殿下をこっそりと愛でるのは、何よりも幸せでしたのに」
「かわ!?私が、か?」
「あら、照れていますの?最大級にお可愛らしいですわ」
「っ、止めてくれ。可愛らしいのは君だけで十分だ」
殿下が初めて私を可愛らしいと、おっしゃったわ!
殿下の顔を覗き込めば、ほんのり頬が赤くなっているではありませんか!
私にそんな表情をしてくださるようになるなんて、感動です!
「まあ!殿下がデレていらっしゃる。これは貴重ですわ。もっとお顔をよく見せて下さいませ」
殿下の顔に手を伸ばしたら、手首を掴まれて阻止されてしまいました。
「っ、ちょっと黙ろうか」
「!!」
まさか唇で口を塞がれるとは思いませんでした。
今後も、私達の幸せを邪魔するフラグは、早々に折って差し上げますわ。
殿下の可愛らしい反応を愛でる、幸せな日々を守る為に。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。
今回は、登場人物が少ないので、私とか殿下で成立してしまう。と思い、敢えて名前を出しませんでした。
お気づきになった方、流石です!
皆様にとって、少しでも良い暇つぶしになれたなら、幸いです。




