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ゴードン視点:選択の時


 時々、昔を思い出す。

 俺、ゴードンが盾を握る意味を、ただ一人理解してくれていた男のことを。



 俺たちのチーム『ブレイジング・スター』は、最初5人組だった。大盾と戦斧を担う盾役の俺、弓のエレナ、魔術師のリオ、そしてリーダーのカイル。最後の一人は、回復と遊撃をこなす器用な男、マードックだ。カイルとマードックの二人が組むことで、パーティーはどんな状況にも柔軟に対応できた。実家の商家を手伝っていた経験から、物資の仕入れで値引き交渉を器用にこなしていたマードックの顔を、今でも覚えている。


 だが、彼はチームを抜けた。兄の訃報をきっかけに、家業を継ぐためだ。まだ幼い甥っ子に親戚が群がり、家を乗っ取ろうとしているらしい。「あの子が一人前になるまで、俺が守ってやりたい」。そう語るマードックの決意は固く、俺たちに止める術はなかった。


 彼の抜けた穴は、想像以上に大きかった。代わりのメンバーはなかなか見つからない。それに、有能で、かつ鉄火場で背中を預けられるヤツなんて、そうそう転がっているものじゃない。


「いっそ、若手でやる気がありそうなやつを、俺たちで育ててみるのはどうだろうか」


 そう言い出したのはカイルだった。使い物になるまで時間がかかるだろう。だが、他に妙案も浮かばず、俺たちは消極的に賛成した。マードックの抜けた穴は大きく、代わりを見つける手間を考えると、今はカイルの「原石を見つける目」に賭けてみるしかなかった。次こそは、次こそはと期待していたんだ。


 しかし、カイルが目をつけて連れてくる新入りは、何かしら問題を抱えたヤツばかりだった。剣の才能はあるが力が絶望的に足りない少年。魔力は凄いが本番に弱いヒーラー。少しばかり光るものが見えただけに、失望も大きかった。


 最初の一人、アルトを追い出してからは、チームの空気が変わった。「使えなければ次だ」。それがカイル以外の、俺たち三人の共通認識になっていた。あのときの判断が、あまりに早計すぎたと気づいたのは、ずいぶんと後のことだ。


 皮肉なことに、奴らはチームを追放された直後、まるで示し合わせたかのように己の欠点を補う手段を見つけ、花開くように世間の注目を浴びていく。


「……悔しいが、縁がなかっただけだ」


 俺はそう自分を納得させた。だが、エレナとリオは違った。追放の決定を下したのはリーダーであるカイルだ、と彼への憤りを募らせていった。


「そう仕向けたのは、俺たちだろうが」


 そんな正論は、決して口にしなかった。言えば火に油を注ぐだけだ。過去の経験から、こういう時、俺は二人に同調してみせるしかないと知っていた。盾役とは、そういうものだ。パーティーの不和という名の攻撃も、まずは自分が受け止めなければならない。


 転機が訪れたのは、そんな澱んだ空気が続いていたある日のことだった。同期の出世頭から、飲みに誘われた。複数の冒険者チームを擁する大手クラン『龍の牙』に所属している男だ。何か上手い仕事の紹介でもないか、そんな下心が無かったと言えば嘘になる。


 半ば強引に連れていかれたのは、少し値の張る店の個室。分厚い絨毯が足音を吸い込み、壁には名の知れた画家の絵が飾られていた。俺のような日雇い冒険者が普段足を踏み入れる場所ではない。そこで待っていたのは、噂に名高い『龍の牙』のクラン長その人だった。


 話は単刀直入だった。クランの戦力を増強したい。ついては、俺とエレナ、リオの三人を、好待遇で迎え入れたい、と。


 示された稼ぎは、今より大きく増える。任される仕事の危険度も上がるが、それに見合う報酬と支援は約束するという。将来的にはチームを率いる幹部候補に、という言葉には思わず目を剥いた。

 なにより、目の前の男が醸し出す静かな威厳に、俺は惹かれ始めていた。彼の目は、冒険者の強さだけでなく、その奥にある魂の質まで見抜いているようだった。その言葉には、数多の修羅場を乗り越えてきた者だけが持つ、抗いがたい重みがあった。この男は、俺たちを正しく評価し、求めてくれている。


 だが、クラン長は冷徹な一言を付け加えた。「カイルは除く」と。


「あの男も、リーダーとしてはともかく、一人の冒険者としては評価している」とクラン長は言った。


「だが、クランを大きくする上で、評判には今まで以上に気を遣わなくてはならない。彼に纏わる悪い噂は、我々にとって不要なリスクだ」


 俺の心は、クランへの移籍に大きく傾いていた。それでも、今のチームで成功したいという未練、そして何より、カイルへの義理が、即答をためらわせた。その場は判断を保留させてもらい、「良い返事を期待している」という声を背に、店を出た。


 一人で抱えきれる話ではない。だが、誰に、いつ切り出すべきか。数日、俺は一人で悩んでいた。


「ねえ、ゴードン。最近、らしくない顔してるわよ」


 ある日の酒場。俺から切り出すより先に、そう声をかけてきたのはエレナだった。最近、恋人になったばかりの彼女は、物事を冷静に見る目を持っている。俺の悩ましげな顔を、心配そうに見つめていた。


 俺がクランからの誘いと、カイルへの義理で板挟みになっていることを打ち明けると、彼女は俺の目をじっと見て言った。


「……あなた自身は、どうしたいの?」


「俺は……」


 言葉に詰まる俺に、エレナは静かに続けた。


「今のパーティーの雰囲気が良くないのは、私も感じてる。カイルのことも……思うところはあるわ。でも、一番大事なのは、あなたがどうしたいかよ」


 彼女はテーブルの上で俺の手をそっと握った。


「燻っているあなたの顔、私は見たくない。こんな大きなチャンスが目の前にあるなら、私はあなたの背中を押したい。あなたが選んだ道なら、どこへだってついていくわ」


 それは、普段はあまり感情を表に出さない彼女なりの、最大限の励ましだった。その言葉に、俺の心は決まりかけていた。


 その時だった。


「なになにー? ちょっといい雰囲気じゃない! そんなことより聞いてよ二人とも、すっごい話があるんだから!」


 声の主はリオだった。お調子者の彼女は、ジョッキを片手に大げさな身振りでテーブルにやってきた。


「実はね、『龍の牙』からお誘いが来ちゃった! 私たちもついに一流の仲間入りってわけ! 」


 聞けば、リオもまた、ほぼ同時に同じ誘いを受けていたらしい。彼女はすっかり舞い上がっていた。

 エレナが「話が早いわね」と少し呆れたように、でもどこか面白そうに微笑む。リオの楽観的な勢いも加わり、この流れになると、俺には逆らいようがない。だが、同時に重い荷物を下ろしたような気分であったのも、事実だった。


 カイルには、俺から切り出した。あえて憎まれ役を買って出ることで、心のどこかにあった罪悪感を紛らわせたかったのかもしれない。


 クラン『龍の牙』での新しい日々は、すぐに始まった。待遇は事前に提示された通りで、稼ぎはずいぶん増えた。より危険な仕事に挑んでいるが、クラン長の采配には揺るぎない安定感があった。その判断は常に的確で、身内の揉め事も彼の一言で収まる。前よりもずっと忙しく、充実した日々。エレナとの仲も順調で、プロポーズの時に渡す指輪を買う金も、もう貯まった。


 風の噂で聞いた。カイルは、俺たちが追い出したあの新人たちが結成したチームに加わったらしい。そして今、遠い東の地で、いくつもの偉業を成し遂げている、と。


 今の生活は、以前よりずっと幸せなはずだ。なのに、なぜだろう。

 時々、ふと、何かとても大切なものを、あの時俺たちの手で捨ててしまったのではないかと、釈然としない思いが胸をよぎるのだった。


 明確なザマァとはなりませんでした。ちょっとビターな後味を意識しました。

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