8.輪廻を終わらせるために
蓮のアトリエ。
静寂のなか、風がカーテンを揺らしていた。
七海は蓮の横に腰を下ろし、机の上に広げられたスケッチブックを見つめていた。
そこには、これまで蓮が描き続けてきた女性の姿。時代も衣装も異なるのに、どれも、七海によく似ていた。
「やっぱり……私たち、ずっと同じことを繰り返してるのかな」
七海の問いに、蓮は目を伏せる。
「出会って、惹かれあって、でも――引き裂かれる」
彼の言葉は、どこか哀しみを帯びていた。
「“神に逆らった罰”……それが本当なら、どうすれば終われるんだろう」
七海はぽつりと呟いた。
「終わらせたいよね、この呪いみたいな輪廻を」
蓮はその言葉に静かに頷いた。
「ただ運命に流されるだけなら、何度生まれ変わっても同じことの繰り返しだ。……でも、今回は違う気がしてる」
「どうして?」
「君が、ここにいるから。ちゃんと“目覚めた”君が」
七海はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「……私ね、夢の中で、最後に火の中から手を伸ばしてた。あなたに届かなかったあの手を、今なら――」
その言葉の途中で、突如、頭の中に光が走る。
映像が流れ込むように、次の“記憶”が七海を襲った。
*
砂埃舞う戦場。
七海は異国風の衣を纏い、砦の中にいた。
弓を手に立つ彼女の傍らには、蓮に似た男がいた。
「ここを守れば、未来が変わる。もう、お前を死なせたりしない」
しかし、敵の軍勢が押し寄せ、砦は陥落。
「――逃げろ!」
そう叫んだ男の姿が、血に染まる。
またしても、「守ろうとした人」が、七海の前で命を落とす。
*
七海は激しく呼吸し、目を見開いていた。
蓮がすぐに気づき、手を握る。
「また……思い出した。別の時代。でも……やっぱり、あなたが私を守ろうとして――」
「そして、死んだ」
蓮は低く呟いた。
七海はその手を強く握り返す。
「もう、終わりにしよう。私たちの選んだ“愛”が罰なら、それを正面から受け止めて、乗り越えよう」
「……呪いを解く方法、探そう。一緒に」
蓮の目が真っ直ぐ七海を見つめていた。
「輪廻の中で出会ってきた意味を、無駄にしないために」
ふたりの間に流れる時間が、少しだけ変わった気がした。
ただ運命に翻弄されるだけではなく、
意志の力で、“輪廻の輪”を断ち切る方法を探す旅が、ここから始まる――。