表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/18

6.忘れられない声

 ギャラリーのドアベルが鳴る、かすかな音に反応して、蓮が顔を上げた。


「……七海さん?」


 ふいに現れたその姿に、驚きと、どこか安心したような表情が浮かぶ。


 七海は、昨日と同じ服のままだった。寝不足のような目。だがその奥に、言葉にできない切迫感があった。


「……話がしたくて、来ました」


 蓮は、軽くうなずいてキャンバスの前から離れる。

 ギャラリーの隅、窓際に置かれた小さなベンチに並んで腰かけた。


「変な話に聞こえるかもしれないけど、聞いてほしいの。あの絵を見てから、夢を見始めたの」


 七海は静かに語り出した。

 燃える建物、叫ぶ声、抱きしめられた温もり――そして、「お前を、守る」という言葉。


「……夢の中で私は、あなたのことを知ってる気がしたの。名前は思い出せないのに、心が覚えてるみたいに」


 蓮は黙って聞いていた。

 ただ、時折、視線が揺れる。何かをこらえるように、唇を引き結んでいる。


「俺も……夢を見るんだ。君の言う夢と、似ているかもしれない」


 彼の声は、静かだった。

「火の中で、誰かを探している。何度も名前を呼んでる。だけど顔は思い出せない。ただ、その人だけは、なぜか……君に似てるんだ」


 言葉の間に、胸の奥が熱くなる。

 七海は、自分の手を握った。震えそうになる指先を、見せたくなかった。


「私たち……前にも、どこかで会ってたのかな」


 ぽつりとこぼしたその言葉に、蓮がゆっくりと首を振った。


「“初めて”会った気はしなかったよ。初めてなのに、懐かしくて……」


 ふたりの間に、静かな沈黙が流れる。

 窓の外では、夕暮れが街を橙に染め始めていた。


 七海は立ち上がる。


「……ありがとう。話して、少し楽になった。変な話を信じてくれて」


 蓮は小さく微笑んだ。「変な話じゃないと思うよ。俺も、信じたいから」


 ギャラリーを出た七海の背中に、風が通り抜けた。

 どこか懐かしいような、あの言葉がまた心に残っていた。



「お前を、守る――何度でも」


 *


 その日、七海はまた夢を見た


 夜の静寂。

 焚かれた香の煙が、白い布をまとった少女の髪をなでていく。

 彼女は神殿の石段にひとり、座していた。


 背後では、鈴の音。

 赤い彼岸花が夜に揺れる。

 その中心に、自分はいた。


「この身を、神に。捧げます……」


 額に触れた冷たい手。

 だが次の瞬間、男が現れた。


「――ここにいてはいけない――!」


 その声。

 夢なのに、なぜか心が震える。


「あなたは、だめ……神に触れた者は、呪われる……!」


「――お前を、守る。――何度でも」


 ふたりが走り出した瞬間、背後で火が上がった。

 神殿が燃え、鈴の音が歪む。

 誰かが叫んでいる――いや、自分だ。


 そして炎の中、手を離された瞬間――


 七海は、現実に引き戻された。


 *


 息が切れていた。

 汗をかいた手で、シーツを握りしめる。


 目覚めたばかりの七海は、夢の中で呼ばれた名前と、守るという言葉が、心の奥に深く残っているのを感じていた。


 それは、空想なんかじゃなかった。


「私たちは、何度も――出会っていた」


 そしてそのたびに、彼は――

「私を、守ってくれていたんだ」


 胸の奥が、熱を帯びていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ