17.選び取る未来
誓詞の儀が終わったはずの神殿に、暗雲のような気配が広がっていた。
「……あれは……」
七海が声を震わせた。
光の中に、黒く蠢く“影”が現れる。
それは、ただの影ではなかった。
過去すべての転生で、ふたりが抱いていた 恐れ・後悔・断念の結晶。
怒りでも、悲しみでもなく――“逃げ出した心”が生み出した影だった。
「選べないなら、お前たちはまた繰り返すだけだ」
「愛など偽り。生きる意味など、すぐ崩れる」
「お前たちは、終わらせる覚悟など持っていない」
影が声を放つたび、過去の記憶が走馬灯のように流れる。
古代の神殿。炎に包まれる記憶。
戦で引き裂かれた時代、誰かを庇って倒れた命、儀式を拒んで別れた夜――
蓮が苦しげに顔を歪める。七海の腕を掴みながら言った。
「……あれは、俺たち自身だ。
見ないふりをしてきた“弱さ”そのものだ」
七海は瞳を伏せ、そっと囁く。
「でも、弱さがあるから願えた。
諦めたくないと思えたのも、
蓮と何度も――心を交わせたから」
その瞬間、七海の胸元で光る「彼岸花の護符」が淡く輝く。
*
光がふたりを包む。
神殿の中央に、最後の“選択の台座”が現れる。
その中央には、古文書に記されていた「白い杯」があった。
『解呪の儀の最後、ふたりは魂の選択を迫られる。
杯を選ぶ者は“残る者”。選ばなかった者は――
この輪廻から解き放たれ、“彼岸の向こう”へと還る』
つまり、まだ“代償”は終わっていなかったのだ。
ひとりが残り、もうひとりはこの世界から去らねばならない――
「そんなの……」
七海が声を詰まらせる。
「ふたりで生きたいって、誓ったのに……またどちらかを失うなんて……」
蓮はしばらく黙っていたが、目を伏せて杯に手を伸ばしかける。
「だったら、俺が――」
「だめ!!」
七海が叫ぶように止めた。
「それは違う……誰かが“犠牲”になる未来じゃ、意味がない。
私たちが選ぶべきは、“共に生きる”ことのはず」
そのとき、七海の涙がひと粒、杯の中に落ちた。
次の瞬間、光が杯を満たし、白い彼岸花が燃えるように赤く染まる。
台座に刻まれた文字が、ゆっくりと浮かび上がった。
『ふたりの想いが揃う時、選択は“変わる”。
共に生きたいと願う心こそが、呪いを解く鍵となる』
蓮が七海の手を握りしめた。
「これが……俺たちの答えだ」
*
影がふたりを取り囲むように揺らめいたが、
もはやその気配は、脅威ではなかった。
七海と蓮の前に立つ“影の自分”たちは、次第に淡くなっていく。
「ありがとう……そして、さよなら」
その言葉に、すべての影が光へと還っていった。
*
天井の裂け目から差し込む陽光。
神殿の柱が、静かに崩れていく。
この儀式のすべてが終わった証だった。
「これで……終わったの?」
「いや……始まったんだ。ようやく、俺たちの時間が」
ふたりは手を取り合い、神殿をあとにする。
外には、季節外れの――真っ赤な彼岸花畑が広がっていた。
そして、風に揺れるその中心に――一本の、白い彼岸花が咲いていた。