15.記憶の奔流と、影の再来
神殿に満ちた光は、ただの灯りではなかった。
それは、ふたりの魂に刻まれたすべての記憶を、紐解くものだった。
杯を交わした瞬間――七海と蓮の目の前に、無数の光景が流れ出す。
時代も場所も異なる世界。
けれど、どの時代にも“彼女”がいて、“彼”がいた。
月明かりの下、琵琶を弾く女官と、護衛の男。
戦火に焼かれる城で、瓦礫に埋もれた男が女を庇って血に染まる。
名もない農村で、病に倒れた娘を看病し、看取る青年。
明治のころ。海辺の療養所。
すれ違うだけで触れられない、喀血の女と、画帳を抱えた青年画家。
そのどれもが、同じ結末を迎えていた。
――どちらかが先に死に、もう一人が残される。
そして、彼岸花の咲く季節に、記憶の欠片と哀しみを抱えて人生を終える。
その繰り返し。
七海は叫んだ。
「これが……全部、私たち……?」
蓮は震える手で、額を押さえた。
「俺たちは、ただ出会って、ただ好きになっただけなのに……何度も、何度も……」
流れ込む記憶に意識が引き裂かれそうになる中、神殿の奥。
一輪の白い彼岸花が、淡く揺れていた。
「見て……」
七海が、息を呑む。
それは確かに、呪いの変化の兆し。
「誰かが先に死ぬ」運命ではなく、「ふたりで生き残る」未来が、かすかに芽吹き始めている。
だが、希望が見えたその瞬間――
影が、現れた。
神殿の入り口から、黒い靄が這うようにして忍び寄り、
やがて人の形をとる。
それは“彼らの影”。
七海の前に立つのは、かつて巫女だった彼女自身の影。
蓮の前に立つのは、すべての転生で、決断を恐れて逃げてきた彼自身の影。
「お前たちはまた、同じことを繰り返す」
影はそう囁く。
「生きたいと願う限り、誰かが代償を背負わねばならない。
それが、神の定めだ。
選べ。誰が残り、誰が消えるのか」
七海は、目をそらさず影を見据えた。
「違う。もう、私たちは選ばない。
ふたりで、生きて、ふたりで抗う。
それが、今の私たちの“誓い”だから」
神殿が震えた。
封じられていた石壁に、亀裂が走る。
そして、その隙間から、まばゆい光とともに声が届いた。
「“選び直す”者に、最後の試練を。
己の影を越えよ。さすれば、運命の扉は開かれん――」