14.誓いの扉
神殿の扉は、静かに軋む音を立てて開かれた。
中はひんやりとした空気に満ち、外の光を拒むようにほとんどが闇に包まれていた。
だが、一歩足を踏み入れた瞬間――七海の足元に、淡く赤い光が灯る。彼岸花を模した文様が、床に浮かび上がっていた。
「……これは」
蓮が手にした古文書を開く。そこにはこう記されていた。
『誓詞の地、記憶の核にして始まりの扉。
双つの魂が交わる時、定めは新たに書き換えられん』
文様はふたりの歩みに合わせて徐々に光を広げ、やがて神殿の奥へと導いていく。
その先に現れたのは、円形の石の壇と、中央にある古びた祭壇だった。
祭壇の上には、二本の杯と、赤い封蝋で閉じられた古巻が置かれている。
七海が手を伸ばすと、封蝋が音もなく崩れ、巻物が開かれた。
『これは誓詞の儀。
魂を交わらせることで、過去の輪廻を閉じるもの。
ただし、扉を開くには――“片方が代償を負うこと”』
その言葉に、七海と蓮は言葉を失う。
「代償」――それは、単なる痛みではない。
**もう片方の魂を“現世に縛り付けるため”、一方が“未来を断たれる”**という意味だった。
「つまり……どちらかが、生きる時間を手放すってこと?」
七海の声が震える。
蓮は静かにうなずいた。
「だから、過去の僕たちは何度も儀式を前に、躊躇して……結局、選べなかった」
七海は、古代の巫女の記憶を思い出す。
儀式の場で、炎に包まれながら振り返った、あの哀しげな瞳。
『私たちは……また来世で。
それしかできなかったの』
その選択が、数百年にも及ぶ輪廻を生んだ。
出会っては引き裂かれ、想いだけが残る幾度もの別れ。
七海は静かに杯を手に取った。
「じゃあ、今度こそ。
私たちの手で、終わらせるしかない」
蓮が顔を上げる。
「でも七海、代償は――」
「……その覚悟は、ふたりで決めるもの。
今度はどちらかだけが背負うなんて、もうやめよう」
二人は向かい合い、杯を掲げる。
杯に注がれた透明な水は、彼岸花の花弁が溶けるように赤く染まっていく。
「誓いの言葉を述べよ」
神殿の奥から、誰のものとも知れぬ声が響いた。
それは神か、過去の自分か。
七海が、ゆっくりと声を出す。
「私は、すべての過去を知った上で――
あなたと、“今”を選びます。
もう逃げない。何があっても、あなたと生きる未来を諦めない」
蓮もまた、杯を持ち上げた。
「何度も過ちを繰り返した。
でも今度こそ、君を守ると、誓う。
そのために、この魂を差し出してもいい」
二つの杯が触れ合った瞬間、神殿全体が光に包まれる。
床の文様が揺れ、赤く咲き誇っていた彼岸花が、一本、白く変わった。