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13/18

13.輪の淵で待つもの

 夜明け前、街はまだ静まり返っていた。


 七海はバッグに、蓮がくれたスケッチブックと古文書の写しを入れ、そっと玄関を出た。

 空はわずかに白み始めており、遠くの山々の稜線がゆるやかに浮かび上がっている。


 待ち合わせの駅前には、すでに蓮がいた。

 大きなキャンバスを収めたケースを背に、いつものように静かに立っている。


「……行こう」


 七海はうなずき、ふたりは電車とバスを乗り継ぎ、古文書に記されていた“神域”へ向かった。


 彼岸花の群生地を過ぎ、苔むした石段を登りながら、蓮がぽつりと口を開く。


「ここ……初めて来たはずなのに、何度も夢で見てる」

「私も、そう」


 風が草木を揺らし、揃い咲いた彼岸花の花弁がゆらりと舞い上がる。

 空気が変わったのを、ふたりは同時に感じた。


 石段を登り切ると、崩れかけた祠がぽつんと立っていた。風化した木々に囲まれ、石碑の文字はほとんど読み取れない。


 だが、蓮は迷わずその前へ進み、手を触れた――その瞬間、視界が赤に染まった。


 熱い。

 焼けるような風。

 何かが燃えている。


 ――叫び声。

 ――白い装束の巫女が、紅蓮の中で崩れ落ちる。

 ――自分は、何もできないまま、それを見ていた。


「……やめろ……もう、やめてくれ……」


 膝をついた蓮の額に、七海がそっと手を添える。


「見たのね、あなたの“始まり”を」


 蓮はゆっくり顔を上げる。目の奥にあるのは、悔恨だった。


「何度も、何度も……守ろうとして、守れなかった。

 神に逆らって、罰を受けて、でも、あきらめられなかったんだ――君を」


 七海の胸が軋む。

 その言葉が、あの夢の中で聞いた声と重なる。


「お前を、守る……。何度でも――」


 過去は繰り返すものじゃない。

 でも、それを選び直すことは、きっとできる――。


 神殿へ続く最後の道。両脇を彼岸花が赤い絨毯のように彩っていた。


「ずっと怖かったの。運命なんて、変えられないって思ってた」

「でも……」と七海は続ける。

「運命を変えるって、“誰かを救うこと”じゃなくて、“自分で未来を選び直す”ことなんだよね」


 蓮がスケッチブックを開く。

 そこには、何気なく描き溜めていた絵があった。


 古びた神殿。その前で手を取り合う男女。

 今のふたりの姿に、あまりにもよく似ていた。


 神殿の門が見えたときだった。


 風が、止まった。


 彼岸花の中に、ひとつの影が立っていた。

 人のようでいて、どこか人ならざるもの。

 その姿は――蓮に似ていた。


「また来たのか」

 低く、くぐもった声が言う。


「何度誓っても、お前は彼女を失う。

 神に逆らった罰は、終わらない」


 七海が一歩、近づこうとした瞬間、蓮が遮った。


「やめろ。こいつは――過去の俺だ。

 守れなかった、選ばなかった俺自身だ」


 影の目がぎらりと揺れる。


「ならば証明しろ。“意志”が“定め”を超えられるかどうか――」


 次の瞬間、影は彼岸花の中に溶けるように消えた。


 残された静寂のなか、蓮が七海の手を握る。

 神殿の門が、静かに開かれる音がした。


「選ぼう。今度こそ、終わらせるために。――君と、生きる未来を」

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