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12.わたしを超えて

 神籠石から吹き上がった黒い風に包まれ、七海の意識は、現実から引き離された。

 目の前に広がるのは、どこでもない場所――空も地もない、ただ灰色の空間。


 そこに立っていたのは、巫女装束の自分。


 かつての“自分”が静かに語り出す。


「何度生まれ変わっても、お前は同じ場所に戻ってくる」

「愛した者を守ろうとし、そして失う。その度に、神との誓いを破り続けてきた」


 七海は唇を噛む。


「守りたかった。ただ、それだけだった――」


「そう。だからこそ、罰が終わらない。

 この魂の輪を断つには、“今”のわたしが、“始まり”を受け入れなければならない。

 お前が“わたしを越える”覚悟を持たなければ」


 七海は一歩、巫女に近づいた。


「もう、繰り返したくない。彼を失いたくない。

 わたしは……この記憶を、呪いじゃなくて、“意志”として引き継ぐ」


 巫女は目を伏せ、静かに頷いた。


「ならば、“誓詞せいし”を交わすがよい。

 この魂に刻まれた願いを、運命に言葉で抗うために」


 *


 七海の意識が現実へと戻ると、蓮が不安そうに見下ろしていた。


「七海……戻った?」


 彼女は息を整えながら頷く。そして、静かに語る。


「“誓詞”――それが、儀式を成すための核心みたい。

 だけど……誓うだけじゃ足りない。代償が必要……“どちらかの魂”」


 蓮はその言葉に、微かに目を伏せる。


「最初から、覚悟はしてた」


 だが、七海は首を振る。


「違うの。そうじゃない。わたしたち、何も選ばないまま繰り返してきた。でも今回は、選び取るの。わたしが、“自分の意思”で終わらせる」


 *


 夜、二人は封印の祠の側にある、古びた庵のような建物に泊まっていた。

 そこにあった隠された巻物を開いたとき――


 そこにはこう記されていた。


「神の誓いを破りし者たちが、運命の環より逃れんと欲すれば、

 片魂を神に返し、もう一魂を地に留めよ。

 しかし、いずれ神意に触れる者あらば、その誓いもまた試されん」


「片魂を返す……ってことは……」


 七海がつぶやくと、蓮も気づいた。


「どちらか一人が、完全に輪廻から消える……?」


 沈黙が降りた。


 蓮の横顔が、どこか決意を秘めているのを、七海は感じ取る。


 ――“また、あなただけが犠牲になるの? それで終わりにしたくない”


 七海は強く思った。


 *

 夜。七海の意識は、ふたたび「時の狭間」に誘われる。

 霧のように曖昧な空間の中心に、白く光る輪の中で佇む、巫女の姿。


 巫女はゆっくりと七海のほうを振り返り、囁く。


「ずっと待っていた。何度も輪を巡り、傷つきながら……

 それでも、あなたはまたここに辿りついた」


 七海は静かに言葉を返す。


「わたしは、あのときあなたが見た“炎”を夢で見た。彼を守ろうとした、あなたの……わたしの“想い”も、感じた気がする」


 巫女は目を伏せ、微笑む。


「あの火は、“神の裁き”だった。神託に背き、ただ一人の男を救おうとしたわたしは、村を裏切り、神域の火を越えた。――その罪は、魂に刻まれたの」


「それでも、あなたは後悔してない。……そうでしょう?」


 巫女は顔を上げ、まっすぐに七海を見つめた。


「いいえ。後悔など、とうに消えた。でも、誓いを破った魂は輪廻に囚われ、あなたにすべてを託すことになった――」


「だから今、問うの。あなたは“わたしを超える”意思を持ってここに来たのか。彼を救いたいという想いの果てに、“どんな代償”を受け入れるのか」


 七海は胸の奥に渦巻く恐れと向き合いながら、静かに一歩を踏み出す。


「怖い。でも――進みたい。もう、繰り返したくない。私は……彼と、生きていたい。“今”を、共に選びたい」


 巫女は小さくうなずき、両手を広げると、掌の中に淡い光が灯った。

 その中心には、古の言葉が浮かび上がっていた。


 巫女はゆっくりと、祝詞のような響きで語り出す。


「そは神に抗いし者の願いなり幾度も散り、なお咲く彼岸の花のごとく

 わたしの魂、今ここに運命を裂く誓いを立てん


 たとえ一方が影に沈もうとも、残る一方が光を選ぶ

 輪より解かれしとき、真なる“絆”となるを願いて――


 これぞ誓詞。魂の証しなり。」


 言葉が終わると、光は七海の胸元へと吸い込まれる。

 その瞬間、七海の視界に、蓮と過ごしたすべての過去が走馬灯のように映り、心が静かに震える。


 巫女は最後に、こう告げる。


「誓詞は交わされた。だが――それでも、神意はまだ終わらない。最後の試練が待っている。“選ぶこと”を恐れぬように」


 七海が目を開けたとき、夜明けの光が静かに差し込んでいた。


 枕元には、あの護符の短剣が置かれていた。

 “誓いを貫く者”の証として。



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