10.儀式の記憶
二人は古びた祠の中へと入っていった。
祠の中には、古い古文書が落ちていた。
七海は古文書を拾い上げた。
古文書の表紙は風化し、墨はにじみ、しかし中央に記された一文だけは、なぜか鮮明だった。
「命をもって、輪を断つ。魂を二つに引き裂き、いずれかを神へ返す」
七海はそれを読み上げると、思わず声を失った。
「“代償を払えぬ者は、再び命を落とす”……って、あの声が言ってた」
蓮が奥のページを指差す。そこには「解呪の儀式」の詳細が古語で記されていた。
【解呪の儀式】
二人の魂の記憶を完全に呼び覚まし、かつて交わした“誓い”を再現すること。
ただし、魂の片方がこの輪から離れる意思を持たねば、儀式は成立しない。
「……どちらかが、輪廻から外れる?」
七海の指が震える。
「それって、どっちかが、二度と生まれ変われなくなるってこと?」
蓮はしばらく黙っていたが、静かに頷いた。
「生まれ変わらない=“現世に戻ってこない魂”」
それは、事実上の“別れ”を意味していた。
*
七海は突然、視界がぐらつくのを感じる。
次の瞬間、夢のような映像が流れ込む――
黒装束の神官たちに囲まれた神殿の奥。
巫女装束の七海が、神前に立っている。
その前には、甲冑を脱いだ蓮に似た男。
「お前の魂をこの世に縫い留める。その代わり、私は神へ戻る」
「嫌だ!行かないで!一緒に逃げよう!」
「それでは、呪いは終わらない」
「それでも、私はあなたと生きたい――儀式なんて、受け入れない!」
そして、神殿が突如火に包まれる。
彼らは儀式の途中で逃げた。
その結果、呪いは解かれず、輪廻の牢に閉じ込められた――
*
七海は夢から目覚め、荒い息をついた。
「わたし……あのとき、儀式を拒んだ」
蓮が七海の頬に触れる。
「君を責めるつもりはない。……でも、今度は逃げたくないんだ。終わらせるために」
七海は、目を伏せながらも、静かに言った。
「今度こそ、ちゃんと向き合いたい。どんな選択をするにしても、“知らないまま繰り返す”のは、もう終わりにしよう」
ふたりは静かに並び立ち、赤い花々を見下ろしていた。
「この輪を断ち切った先に、またあなたに会えるのなら……私は、選ぶかもしれない」
「俺は――君の意思を尊重する。そのうえで、君を守る。それは、変わらない」
空に風が吹き、赤い花びらが舞った。
「終わりの儀式」が、静かにその姿を現そうとしていた。