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異能者

好きな子が冤罪で婚約破棄されるそうなので救いたい

作者: 海サツキ

――王家主催の祝宴。

招待された貴族たちの笑顔は飾り物。普段であればその場にいるはずのない男が、重い扉を開けて足を踏み入れた。


「侯爵家当主、アズリス・レイヴェン様のご到着です。」


ザッとざわめく場内。いつもであれば興味が無いと仕事を理由に参加することがない男がこの場にいる。


けれどその男は、当たり前のように歩を進め――


視線の先、壇上に立つ王子と、その傍らにいる“少女”へ目を向けた。



****


(くだらねぇ。…だが、予想が正しければ今日この場で事が起こる。めんどくせえが、あんなクソ王子より俺の方が…。)


****


俺はレイヴェン侯爵と、政略結婚で嫁いだ母親の間に生まれた。母は元々病弱で借金のカタに売られるように嫁ぎ、俺を産んで亡くなった。

レイヴェン侯爵である父親は、俺に何一つくれることは無い。教養や愛情、容姿さえも。白に近い水色のような銀のような髪、オパールのように緑がかった青緑色の瞳。美しいと言われた母に貰ったものだ。

母が亡くなったあとは、元々政略で情もなかった父親はすぐに愛人と義妹を迎え入れた。俺は邪魔だと領地に一人送られ、そこで同情的な使用人に育てられた。


そこで気づいた。俺はどうやら神子(かみこ)と呼ばれる存在のようだ。屋敷の書物を漁り、古い文献にこの国に伝わる特別な存在として記されていた。“瞬間記憶力と高速思考”。見たものを一瞬で覚え忘れることがなく、思考速度が早く為政者に向いている。昔王族に居たらしいが今では伝説のような存在らしい。

レイヴェン侯爵家は、数代前に第二王女が降嫁しているため、先祖返りかなにかなのだろう。俺はこの能力を隠し情報を集め、色々な書物を読み漁った。執事に聞きながら領地経営を学んだ。


そんな時に運命の出会いをしたのだ。いつも通り屋敷を抜け出し街中を歩いていた。使用人は同情的だが、家族のように心配してくれる訳でもない。ただの仕事仲間のようなものだ。噴水の前に座り本を読んでいた。するといつも違うことが起こった。


「何見てるの?」


淡い金髪に翡翠色の瞳の儚げな少女が目の前にたっていた。五歳くらいの少女は、俺のことを見上げニコニコとしている。


「…君に言っても分からないだろう。」


冷たく返したのに、その少女は笑顔を崩すことがない。


「分かるかもしれないじゃない。」


その言葉に観念し、見せてあげると不思議そうな顔をした。


「これ、面白いの?」


「…他の本は覚えたからな。」


意味など分からないだろうとそう正直に答えると、少女は驚いた顔をする。


「覚えたの?沢山?」


「…そうだ。屋敷にあるものは全て覚えてしまった。暇だからこうやって色々見ている。」


俺にしては少し喋りすぎたと思ったが、少女が目をキラキラとさせて見ているので少し頬が緩んでしまう。


「そうなのね!貴方は努力家なのね!」


「…そんなことは無い。俺は一度読むだけで忘れない。俺の努力ではない。」


俺の言葉に少女はキョトンとした顔で答える。


「でも、読んでいるのは貴方じゃない。それも努力だわ。素敵ね!」


その少女の言葉は俺の心に染み込んで、取り憑かれたように離れなくなった。


「…君の名前は?」


「リュシア・エステールよ。…あ、これ内緒ね。お名前は知らない人に教えるなって、お父様に言われてるの。」


リュシア・エステール。エステール公爵家のご令嬢。最近第三王子の婚約者となったと聞いた名前。俺では手が届かない存在だ。


「…そうだな。教えない方がいい。でもいい名前だな。」


「ありがとう!お兄ちゃんのお名前は?」


俺は少し考えて短く答える。


「アズ。」


その後、少女は迎えに来たメイドと手を繋ぎながら、帰って行った。この出会いが初恋だったと気づいたのは、だいぶ後だった。


その後十歳の誕生日で特殊能力が目覚めた。

この世界では十歳の時に教会で祈りの儀を行う。その時に稀に特殊能力を授かることがある。神の祝福とも呼ばれる特殊能力は、能力の有無さえも秘匿が可能で、無理やり聞き出すことはタブーとされている。


氷華(ひょうか)

ーー文字通り氷の華を咲かせることが出来る。捕縛、守りに適していて、過去に数人いたことが書物に記されている。使い勝手のいい能力は隠す必要がなかったので、俺は隠すことなく公表している。

自分の身を守る術を手に入れた俺は、本格的に動き出そうと執事と交渉し事業を始めた。将来侯爵を継ぐにしても縁を切るにしても、俺には資金が必要だった。

そこで目をつけたのが侯爵領にあった植物。書物を読み漁った俺の知識を活用し、紅茶と化粧品の開発を行った。貴族向けにするのなら、女性に標的を絞った方が稼げると考えた俺は使用人をテスターとし、商品を作りあげた。

自分の名前で商会を作りあげ、事業に成功した俺はその後も研究を続けた。


俺が二十歳になった頃、侯爵家の財政が傾いていると噂を聞いた。チャンスだと思った俺は、一応父親である侯爵へ交渉を持ちかけた。


『借金を肩代わりし、支援をする代わりに侯爵位を俺へ譲ること。』


最初は渋っていた侯爵も、段々と苦しくなってきたのだろう。当たり前だ、俺がそう仕向けたから。だが、仕事をせず遊び暮らしている奴らには、それは知られることは無い。渋々譲る決意をした侯爵と夫人、義妹を領地の端にある、平民にしては大きい家に追いやった。交渉の際に契約書を用意したのが良かった。何も考えず口頭で説明したことだけを確認し、サインをした。相変わらず杜撰で助かる。

それからは侯爵家を立て直す為に奔走した。うるさい分家を能力で黙らせ、舐めてかかる貴族院のジジイ共を、弱みを掴んでチラつかせた。そして事業のための研究が、再開できるようになったのはつい最近だった。


息抜きに出かけた先で思わぬことを聞くまでは、初恋の彼女の事は思い出になっていた。


****


黄金色のシャンパンが入ったグラスを持ち、辺りを見回す。会場の端に寄り目立たないようにしているが、俺が珍しいのか視線がうるさい。

周りを観察しながら会場に入ってくる人達を観察する。目的の人物が入ってきたことを確認し、歩き出した。


俺に気づいたその人物は少し身構える。


「お久しぶりです。貴族会議以来でしょうか。」


少しだけ意識して柔らかく話しかけた。


「ああ、そうですね。お久しぶりです、レイヴェン殿。貴殿が出席されるとは珍しい。」


俺の問いかけに返した淡い金髪の30代後半の男は、優しげな目元をやわらげ答える。俺は少し迷って「用事があって…」と答えると、会場の中心から怒鳴り声が響いた。


「リュシア・エステール。マリーを虐め、殺害しようとした罪人としてお前との婚約を破棄する!」


声を張り上げるのはこの国の第三王子、アルベルト・グライデルム。その横にぴったりと寄り添う茶髪の小柄な女。話からしてこの女が“マリー”だろう。王子に責められたリュシア・エステールは静かに答える。


「アルベルト様、婚約破棄の件承知しました。しかし、私はマリー様を虐めたことなどございません。」


「白々しい!こちらには証人もいるんだ!」


そう叫んだ第三王子はつらつらと説明し始めた。その様子に隣にいる柔和な人物が静かに怒り出す。乗り込もうとする所を止め、目的をなす為に提案をする。


「エステール公爵様。ここは私に任せていただけませんか?私はこの為に今日ここに来たのです。」


驚いたようにこちらを見る公爵を見つめ、続ける。


「…貴方にもリュシア嬢にも悪いようには致しません。」


俺がなにか準備していると察した公爵は、無言で頷いた。


(よし。準備は全て整った。)


俺は足音をわざと響かせながら会場の中心へゆっくりと向かった。


「王族がこんなところで大声で見世物をするなんて、私の知らない間に常識が変わったのでしょうか?」


そう言ってリュシア嬢の前に出て彼女を庇うように背中に隠す。チラリと見た彼女は少し手が震えていた。


「レイヴェン侯爵、邪魔をするな。」


その声に視線を王子へ戻す。隣の女は俺の顔を見て驚き「え、イケメン…」と口が動いた。不快に思い顔を歪めると王子が続ける。


「リュシアはマリーを殺そうとしたんだぞ!」


「エステール公爵令嬢でしょう?さっきのが茶番でなければ、もう彼女はあなたの婚約者ではありません。呼び方を改めた方がいいかと?」


「…ちっ。そんなことはどうでもいい!」


「ん?では、これは茶番だと?」


「そうじゃない!リュ、エステール公爵令嬢がマリーを虐めたことのほうが問題だと言っている!」


言い直した王子はさらに声を荒らげ、美しいと言われる容姿を歪ませている。


「ほう。そうでしたか。では、事実確認をした方がいいです。…それで?証人はいると言っていましたがどこに?」


俺が冷静に返すと、勝ち誇った顔をした王子は一人の令嬢を指さし呼び寄せた。


「先程も言ったが、証言してくれ。」


出てきた令嬢は先程と同じ証言をし始める。


「あの日午後三時頃、東棟の二階にある窓から中庭を見るとリュシア様がマリー様の頬を叩いているのを見ました。その後リュシア様は何かをマリー様に言って走って行きました。」


俺は学園の構造を思い出しながら話を聞いていた。


「…私は、そんなことっ!」


リュシア嬢が口を開いたので振り返り、距離を詰める。口元に人差し指を当て、耳元に顔を寄せ小さく囁く。


「俺に任せて。」


離れると顔が赤く、驚いた顔をした。その様子にフッと笑うと令嬢へ向き直り、口を開く。


「では、質問しますが、あなたはなぜその日はそこに?」


「え?」


「私は学園に通っていませんでしたが、見学くらいはしたことがあるので構造は知っています。そこはなかなか通らない。何を目的に?」


「え、えっと…忘れましたわ。」


「なぜ?日付は覚えているのに?」


「…えっと、その出来事が印象的で用事を忘れましたの。」


焦ったように言う令嬢は視線をウロウロとさせている。


「へぇ?…まぁ、いいでしょう。では今何時ですか?」


「え?」


「何時ですか?」


「いや、えっと…。」


俺が問うとキョロキョロと周りを見回す令嬢。


「…時計は普段から所持していないようですね。では、なぜ問われた時正確に時間を言えたのでしょう?あの場所は時計、見えませんね?それにあの場所からハッキリと顔が見えるでしょうか?もし、リュシア嬢と似た髪型であれば見間違えることも、ありますよね?」


俺の問いかけに顔色を悪くして黙り込む令嬢。どちらが嘘をついているか一目瞭然だろう。


すると王子が口を開く。


「…そいつは嘘をついたかもしれないが、だが、それだけでは無い!この脅迫状はマリーに届いたものだ。エステール公爵令嬢が使っている紙にインク、これはどう説明する気だ。」


そう言ってくると思っていた。俺は思惑通りに進んでいることに可笑しくなり、用意していたものを取り出す。


「こちらは王宮から届いた手紙です。差出人は貴方のお名前ですね?」


「そんな手紙は知らん。」


「えぇ、えぇ、そうでしょうとも。これは貴方の字ではありません。これを書いたのは…リュシア嬢でしょうか?」


俺が振り返って顔を見ると、手紙に覚えがあったようで頷く。


「では、その証拠の手紙と比べてみましょうか。…全く字が違うでしょうね?」


そう言って差し出した手紙と見比べて王子は驚いている。俺は周囲を見渡し、目的の人物を見つけると続けた。


「そこの、黄色いドレスの。貴方、あれのお友達でしょう?貴方が協力したのでしょう?」


王子の横にくっついている女を指さし問いかける。何も言わない令嬢にさらに続ける。


「…私は記憶力がいいのですよ。街中で貴方があれと歩いているところを見ました。日付も時間も言いましょうか?」


ニコリともせずにつらつらと日付と時間をあげ始める。それを聞いた令嬢は俯き何も言わなくなってしまう。青ざめる王子に向き直り冷たい目をしてしまう。


「で?」


すると王子の横から茶色の髪を振り乱し女が駆け寄ってくる。思わず距離を取り、手を振り払うと驚いた顔をして泣きそうな顔をする。


「リュシア様は私が気に入らないのです。あなたは騙されています。」


今にも泣きそうな顔をして言う女に、眉間に皺が寄るのを感じた。


「で?今のが言い訳か?」


「え?」


「証人を出せと言っているんだ。」


「…でも、マリー、ほんとに…。」


子供が駄々をこねるような言い草にため息がこぼれる。


「はぁ、自分の立場を理解してないようだから言ってやる。お前は今公爵令嬢に冤罪をかけ、王子に虚偽の報告をした大罪人だ。」


「え?」


「おつむが弱いようだ。周りを見渡してみろよ。今リュシア嬢を疑っている者などここにはいないぞ?」


言った通りに周りを見渡し、冷たい目線に気づいた女はリュシア嬢を睨み飛びかかる。


氷華(ひょうか)


飛びかかった女の手がかかる前にリュシア嬢の周りに氷の華で膜ができる。


「能力を使うまでもないが、万が一があっても困る。それにしてもつくづく救えないやつだ。」


呆れたように俺が言うと地面に叩きつけられた女を王子が助け起こす。王子は俺を睨みつけ怒鳴り出す。


「貴様なんてことを!」


「そこの蛆虫が危害を加えそうだったので駆除しただけですが?」


「貴様!部外者のくせに何のつもりだ!」


「私が部外者なら貴方もそうでは?これはそもそもそこの蛆虫とリュシア嬢の問題です。」


「…お、俺はマリーを愛しているから、構わないだろう!」


その言葉に嘲笑うかのような笑いが漏れた。


「でしたら私も構いませんよね?」


そして花に囲まれているリュシア嬢に近づき、能力を解除する。彼女の前に膝を突いて手を取ると真っ直ぐ翡翠色の瞳を見つめた。


「ずっとお慕い申しておりました。貴方が幸せであることが私の望み。」


そう言って彼女の手の甲に口付ける振りをする。赤く染まった彼女の顔を見て、本当に幸せであって欲しいと願った。


騒ぎを聞き付けた国王と王妃が会場へはいる。


「アルベルト。仮にも王族であるお前が騒ぎを起こすとは何事だ。」


威厳のある出で立ちだ。低く問いかけられた王子はたじろぎ、息を飲むとなおも言い募る。


「父上!俺は、罪人を暴いてやろうと…!」


「…その罪人とやらはお前の抱えている令嬢の方では無いのか?」


国王はそう問いかけ、何も言えなくなる王子と令嬢を控えていた騎士に連れていかせる。その後、話を聞きたいと俺とリュシア嬢、エステール公爵と別室へ移動した。


王城の客室へ通され、国王と宰相の向かいにエステール公爵、リュシア嬢、俺と座る。


「リュシア嬢、この度はすまなかった。」


国王は座ったことを確認すると、リュシア嬢を見ながら切り出した。頭を下げる国王にリュシア嬢は慌てて「大丈夫です」と頭をあげるように言う。


「…あいつは末っ子だからと甘やかしすぎたようだ。今は何を言っても聞かん。もう少し厳しくするべきだった。」


「娘の婚約は破棄されるのでしょうか。」


国王の話を黙って聞いていたエステール公爵が尋ねる。


「あんな大勢の前で宣言したんだ。そうなるだろう。こちらの有責になるが、次の婚約は多少なり何か言われるかもしれん。もしリュシア嬢の希望があれば聞くが…。」


そう言いながら国王はチラリと俺を見る。俺はとりあえず聞いていようと何も答えない。すると横から視線を感じ見ると、リュシア嬢と目が合う。困っている表情に、にこりと笑う。慌てたように国王に向き直り口を開く。


「…えっと、特に、希望は…。お父様にお任せ致します。」


「リュシア、お前が好きに選びなさい。それまで縁談は全て断るから。ゆっくり考えなさい。私はお前に辛い思いをさせたな。」


「…分かりました。」


エステール公爵とリュシア嬢の話が終わると、宰相が婚約破棄に関する書類と、賠償の話をし始めた。俺は何故ここにいるんだろうと思いつつ聞き流す。すると全て終わり、全員が俺に視線を向ける。不思議に思っていると国王が口を開く。


「…ところで随分と準備が良かったようだが、何故?それに普段は社交になど参加しないレイヴェン侯爵が、今日に限って参加するとは。」


その疑問に、そういえば何も言ってなかったと気づき一から説明した。


****


その日はようやく仕事が一段落し、慌ただしかった周囲も落ち着いたからと息抜きに出かけただけだった。ふと耳に入った名前に思考が停止した。


“リュシア様のーーー”


声がした方を見ると下位貴族の令嬢二人が話しながら歩いている。詳しく話を聞くには声がところどころ聞こえず、仕方なく読唇術を使う。よく観察し、読み取った内容を繋げて考える。


『手紙を偽装するの。』

『アルベルト様に泣きつけば無視できないでしょ。』

『証人も用意するから。』


それだけ聞いて予測を立て、情報屋を雇った。性格の悪そうなこの女は大きなパーティで、リュシア嬢と王子の婚約破棄と断罪をする予定だと分かった。証拠を用意していると聞いて反論できる材料を集めた。理由をつけ学園に見学に行き、手紙以外にも全てに言い返す準備をした。

それらを全て整え今日のパーティに参加した。


****


説明を終えると国王は頭を押さえて俯いた。


「あれの本性を見抜けずに騙されるなど王族として情けない。」


静かになった室内で今まで黙っていた宰相が口を開いた。


「何故誰にも言わずに今日まで待ったのでしょう。貴方であれば話を聞く者はいましたし、穏便に解決できたでしょう?」


「当然の疑問ですね。…私はリュシア嬢に危害を加えるなど許せないのですよ。一つはそれを周知させるため。もう一つはあの女は大勢の前で恥をかかせる予定だった。穏便に済ませたら反省などしないでしょう。あれは、言ってしまえば頭が悪い。また、同じ手段を取ろうと思っても仕方ない。それをされると次は俺自身が何をするか分からない。…だからですよ。」


「…確かにあなたの言う通りの懸念はありますね。分かりました。わざと泳がせたことは理由があったということでいいでしょう。」


納得した様子の宰相はそれだけ言うとまた黙って聞き手に回る。するとエステール公爵が今まで疑問に思っていたであろうことを口にした。


「…何故そこまでリュシアを?それに、貴方はあの場で求婚をしなかった。言い方は悪いが、あの場で求婚してしまえばリュシアは断ることなど出来なかったでしょう?何故そうしないのですか。」


純粋な疑問だった。リュシア嬢も気になっていたのか、不思議そうに見上げてくる様子が可愛くて、つい微笑んでしまう。


「先程も言いましたが、私はただリュシア嬢に幸せになって欲しい。私が無理やり求婚したところで、リュシア嬢が幸せになれるかは分からない。確かに幸せに出来るように努力はするでしょう。でも、リュシア嬢が何に幸せを感じるか私は知りません。それを与えられる存在が私以外にいるのならば、私はそれでも構わないのです。…ただ、私はリュシア嬢が一度私を選んでくれたのならば、二度と手放すことはありません。私といることが不幸だと感じても、きっと閉じ込めてでも自分の傍に置きたい。だから、慎重に考えて?」


そう言ってリュシア嬢の手を取って、見つめながら指先に口付ける。咳払いをしたエステール公爵は微妙な顔をしている。


「理由は分かりました。私はリュシアの意思に任せます。」


「ええ、それで構いません。そこは私の頑張り次第でしょうから。」


そう言ってリュシア嬢を見て続けた。


「ようやく口説くチャンスが降ってきたんだ。君が嫌なら潔く引こう。だが、もし良ければ俺にチャンスを頂戴?まずは俺を見て知ってから、俺に口説かれて欲しいと思ってる。」


俺がそう言うと、リュシア嬢は顔を真っ赤にして小さく頷いた。


「ありがとう。俺頑張るよ。」


その後も三人は何か話していたが、俺はリュシア嬢を眺めることで忙しかった。

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― 新着の感想 ―
とても楽しく拝読しました♪レイヴェン様はスパダリな感じがしますね(*^^*)リュシアさんは溺愛されると良いと思います♪
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