中編
「出ていくのは貴方達ではなくて?フィリップ様にマリンさん?」
セシリアの言葉遣いが突然変わった。だが、驚いているのは頭の中がお花畑なフィリップとマリン、二人だけである。
何も知らない様子の二人に周囲の人々はあきれ顔だ。
「なっ、何だとセシリア!お前、いったい誰に向かってそんな口をきいているんだ、無礼だぞ!おい、衛兵ども。さっさとコイツを捕らえて地下牢にぶち込め!不敬罪だッ!」
「そうよそうよ!王子さまのフィリップさまに失礼でしょ!」
しかし衛兵達は誰も動かなかった。
「あら、何を言うの?不敬罪はそちらだわ。お忘れかしらフィリップ様?貴方と私がいとこである事を。私の父、エルグラン公爵は王弟。つまり国王陛下は私の伯父。父はいまだに王位継承権を持っていますわ。つまり、エルグラン公爵家の後継者である私も持っていますのよ?」
「はあ??何を言ってるんだ。お前女だろ?そんな訳ないだろうが、バカなのか?俺は国王の子供なんだからお前より偉いんだ!」
「バカなのはそちらよ。そもそもフィリップ様は正式な王子殿下じゃないのよ?だって愛妾の産んだ子供だもの」
「……は?な…なん…どういう事だ?」
さすが、学園の成績が下から数えたほうが早いだけはある。まさかここまでひどいとは…ため息しか出ない。
「イングラード王国では継承争いを避けるために愛妾の産んだ子供に王位継承権は無いのよ始めから。側妃を迎えるのだって、正妃様にお子がいようがいなかろうが、結婚して三年はできないの。当代の国王陛下はさらに気を遣われて側妃は迎えない、と公言なさっておいでよ?」
「……っ…そんな…………」
あまりにも衝撃的な事実を突きつけられ顔面蒼白なフィリップ。今にも倒れそうだ。
しかし、まがりなりにも王の子としてそれなりの教育を受けたはずなのに、なぜ知らないのだろうか?どうせ自分に都合の悪い事は聞いていなかったのだろう。
「ねえ、どういうこと?フィリップさまは王子さまじゃないの?」
雲行きが怪しくなったのを察してか、マリンが意外と冷静に聞いてくる。
「"王子"と呼ばれてはいるけれど王位継承権を持たないから、何事もなければどこかの貴族に婿入りしたり、二十歳の成人と同時に爵位を賜り臣籍降下するはずだったのよ」
「それで~?」
「フィリップさんも私と結婚してエルグラン公爵家の婿になるはずだったの。王家から是非にと頼まれてね。我が家には私しか子供がいないから。でも…こんな問題を起こしたらもう無理ね。たとえ私が許しても、お父様…エルグラン公爵が許さないわ。私も許す気はないけれど」
「…そっ、そんな…そんな…」
「フィリップさま!」
とうとう立っていられず、フィリップは膝から崩れ落ちた。マリンが慌てて支えようとする。
「国王陛下はフィリップさんの事を考えて我が家との縁談をまとめたのに、こんな騒ぎを起こした人を婿に迎える貴族はいないと思うわよ?だから婚約破棄と同時に平民になるしかないわね。あとは…そうね、アルファー男爵がマリンさんの婿として迎えて下さるかどうか…」
「パパが……」
「認めませんぞ!」
固唾をのんで事の成りゆきを見ていた人垣を押し退けてアルファー男爵が登場した。興奮していて足音は荒く、顔色は怒気のせいか赤い。
「パパ!どうして!?」
「どうしてだと!?このバカが!よりにもよって貴族の頂点、公爵家のご令嬢から婚約者を奪うなんて!…あぁぁぁエルグラン公爵令嬢!誠に申し訳ない!母親を早くに亡くして寂しいだろうからと甘やかした私の責任です!」
床に膝をついてまで深く頭を下げたまま動こうとしないアルファー男爵にアリシアが声をかける。
「まあ、アルファー男爵、お顔を上げてお立ち下さいな。私は別にフィリップさんとの婚約が破談になっても困りませんから。それより、先ほどから気になっていたのですが…」
いったん黙ったセシリアが次の瞬間、爆弾を投下した。