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06月明りの入浴

(俺は何をしているんだ……)


 マギアは咄嗟に手を放し、クレイはマギアから体をどかし立ち上がる。返り血が床にポタポタ零れ落ちる。


「汚れてしまいましたね。綺麗にしに行きましょう。」


 クレイは未だ壁に寄りかかっているマギアに手を差し伸ばし告げた。


 クレイの手を取る。自分の体温よりほんのり冷たく、小さく、柔らかい手は異性を感じさせる。


 マギアが起き上がり、


「ついて来てください」


 そう言い、クレイはドアノブに手を掛け扉を開けた。通路に続き、そこも同様に日の光はなく薄暗い。


 歩くたびにひんやりとした感触が足に伝わる。着ているスウェットは穴が開き、血で汚れている。


 目の前にいる狂人にされたことは忘れることはないが、特別恨んでいる訳ではない。一刻も早く、逃げ出したいという感情はある。距離をおいて、自由になりたい。人というよりも災害のようなもので、近づきさえしなければ害はないはずだからだ。


 通路を進み、上へ続く階段を上る。

 幾つかの部屋を通り過ぎ、クレイの歩みが止まった。目的地についたようだ。部屋に入り、脱衣所のようなところと、大きめの木製の風呂が目に入った。風呂が置かれた場所は天井高が高く、換気が出来ているようで、外気が室内での呼吸を軽くする。見渡すと、一部壁の上部がなく月明りが差し込んでいる。


 風呂に近づき中を覗くと水は入っておらず空だった。クレイが手を翳し、唱える。


「〈ドリップ〉」


 すると、水が勢いよく出て、十秒ほどで中は満ちた。湯気が出ている、お湯のようだ。そもそもクレイが唱える魔法はよく分からない。ウォーター何々とかでいいんじゃないか?


「わざわざ、魔法を使ってもよろしいんですか?」


 疑問が口に出る。魔法に関してよくわからないが、こんなポンポン使っていいのだろうか。


「この程度なら普通の魔術師も使います。頻繁に使えるかは魔力量に依存しますが。」


 そんなものか。俺はそんな魔力量はない。マックスはファイアボール20発弱ほどだが、そこまでのエネルギーを消費すれ前にあの森の時のように気絶する。10発でも、だいぶしんどいから、実質、8回が限度だろうな。逃走用の体力を残すならそれ以上は危険だ。日常生活での使用はできないな。それが出来る、クレイはどれほど魔力量があるのだろう。まだ、二つしか魔法は使っていないが、単純な魔法ほど消費が少ない、逆にヒールのような複雑な魔法は消費が激しい。クレイは分かるだけでも、気絶させる魔法、記憶を覗く魔法、服従させる魔法。完全に苦痛なしに外傷を治癒する魔法、お湯を生成する魔法、などを軽々しく使っていた。恐らく、数十数百倍は魔力量があるのだろう。


「……さてナイト、服を脱いでください」


 言われた通りに服を脱ぐ。上のスウェットを脱ぎ、タンクトップも脱ぎ上裸になる。赤黒い血の跡が肌に残っている。少し肌寒い。下のスウェットも脱ぎ、パンツ一枚になる。


「鍛えているみたいですね……」


 当然だ。週三回ジムでウエイトトレーニングをしているからだ。同年代なら負けない体を作ってきたつもりだ。それにしても、クレイは記憶を覗いたとか言っていたが、なぜ知らないような反応なのだ?


「……しかし労働や戦闘によってできた筋肉ではない。見栄え重視の体型維持が目的といったところでしょうか。」


 痛いところを突かれた。そうだ。確かに、筋肉量はあり、かなり絞れているが、使えるかは別の話だ。筋力より筋肉量の多い男と、筋肉量よりも筋力が優れた男が戦場にいた場合、勝つのは後者だろう。つまり、用途が異なるのだ。これは使う用の筋肉ではない。だが、全く無駄ではないはずだ。元居た世界ではぶっちぎりに運動はできたし、この世界でも少なくとも平均以上には動けるはずだ。


「それよりも、早くそれも脱いでください。」


 履いているパンツを指しているのだろう。流石に目の前では脱げない。


 マギアはその場でどうするべきか悩む。


「命令です。早く脱ぎなさい。」


 そう言われても目の前では難しい。どうすれば。


「もう忘れましたか?あなたは私のペットだということを。あなたの命は私の手の中のあると。私は別に殺してしまっても構いませんよ。もう一度言います、脱ぎなさい。」


 背筋に恐怖を覚えた。従わないペットなど不要、これは脅迫ではないのだ。次などない。


「はい……」


 マギアはゆっくりと履いているパンツを片手でソレが見えないように隠しながら、もう一方の手で降ろす。顔は恥ずかしさのあまり赤面を浮かべていた。クレイは前傾姿勢気味でマギアが両手で隠している部分に注目している。


(屈辱的だ……)


 クレイが近づき、顔と顔の距離が僅かになる。クレイはマギアの頬まで腕を伸ばし両手で包み込む。


 何をするつもりだ。落ち着け、平常心を保て。触れられたぐらいで動揺するな。


 マギアは目を泳がせ、心をざわめかせる。


 クレイは流れるように首元まで動かす。


「これはもう、必要ありませんね。」


 クレイが首輪を外した。重く圧迫感のある異物が取り除けて解放感があった。


「一応、伝えておきますが私への攻撃は効きませんよ。あなたと交わした奴隷契約は、魔法的縛りがあり主人に対しての敵対行為はできません。敵対行為をしようとした場合それは私にすぐ伝わりますし、不意打ちで魔法攻撃を仕掛けてもその魔法は私へは絶対に当たりません。斬りかかろうとしても体が意思関係なしに止まりますしね。」


(……)


 マギアのこれからに暗雲が垂れ込めた。


「これで、体を拭いてください。これらは私が洗っておきます。ペットの世話は飼い主の義務ですからね。」


(じゃあそのペットに虐待するなよ……)


 まあそれは、『ペット』に限るということか。


 タオルを片手で受け取り、すぐさま隠す。


 クレイは衣服を抱え、その場を後にする。マギアはその後ろ姿を出入口まで目で追い、居なくなることを確認し、手をどけた。


 真後ろに振り返り、木製の風呂と向き合う。入り口を背にするのは少々怖いが。


 湯の中に手を入れるとほどよい温かさがあり適温だった。足元にある桶で湯を掬う。そこに、タオルを染みこませ、体の血を拭う。


 血はほぼ全身に飛び散っているが、特に上半身は汚れ過ぎだ。腰を下ろして汚れの少ない部分から順に落としていく。雑巾がけの要領で拭いて洗う、拭いて、洗うを繰り返す。桶の水もすっかり赤くなってきた。なかなか落ちないもので何度も何度も繰り返す。シャワーの便利さを痛感した。


 ほぼ、体の汚れを落とし切ったころに背後の入り口らへんから物音が聞こえた。立ち上がりすぐにタオルを腰に巻く。足音がこちらに接近してくる。振り返り、クレイの姿を確認するが――


 ――クレイは服を着ていなかった。


 一瞬で目を逸らし、クレイのいない真逆に振り向く。ほんの一瞬しか見ていなかったが、上も下も衣服は見当たらなかった。全身同様に白い肌一色。目線を下へと動かさなかったが、上半身はしっかりと目に入った。幸いにも乳輪は髪で運よく隠れたが生の乳房は目に焼き付いた。非常に大きく、丸みを帯び尚且つ形もよく柔らかそうに揺れていた。肩幅とウエストは細く胸の大きさを強調させた。肉欲をそそるような体だ。


「血を落とせたようですね。脱衣所に代わりの服を置いて置きました。折角ですし一緒に入りましょう」


 勘弁してくれ。俺は童貞なんだ。既に心臓バクバクなのにこれ以上接近でもしたら身が持たない。


「も、もう汚れていないと思うので大丈夫です。」


 動揺が口から零れながら、クレイの方を向かずにその場を離れる旨を伝える。


「おっと……?」


 言葉にしなくても分かる。圧が伝わる。空気が揺れる。さっき言われたことを忘れたのかというように。ペットに拒否権などないのだ。


「あっ……いや……一緒に……入り……ます……」


 選択肢はない。ゆっくりと先に湯に足を入れる。湯に浸かり、適度な熱さで疲労の抜ける気持ちよさを感じる。ここずっとフルで体を動かしていたからか、全身疲労が和らいでいく。仕事で局所疲労、精神疲労には慣れてはいるが、身体疲労が抜けていく感覚はとても気持ちいい。クレイが浸かれるように前に詰めて窮屈な体勢をつくる。


 クレイがマギアの入っている風呂に近づく。足を湯にいれ、全身を浸からせる。マギアは水位が上がるのと、湯の波を感じ、真後ろにクレイの存在を理解した。


 クレイは躊躇いもなく鷹揚に足を伸ばした。リラックスして湯に浸かる。足はマギアを挟む形で伸び体が触れる。


 マギアは踵を浮かしてしゃがんだ体勢をしている。


 外腿上部にクレイの内腿下部が触れている。柔らかい感触が広がる。もっちりしている。動揺は体にも表れ、バランスを崩しグラッとする。


 そんな姿を見てかクレイはマギアの後ろから腕を伸ばし、首の横を通り、鎖骨あたりを捕まえ倒すように引き寄せる。


 マギアは軽く掴んでいた風呂の縁から手を滑らせ簡単に体勢を崩し、されるがままにクレイの方に頭部から落ちる。


 マギアの後頭部はクレイの胸に沈む。クレイの手は離れない、マギアの胸部に重なる。マギアは小刻みに震える。


 後頭部に柔らかい感触がある。谷間に頭が乗っかている。勘弁してくれ、勘弁してくれ。


「かわいい反応です……やはり、あなたには刺激が強すぎましたね。童貞。」


 耳元で囁く。


 え。知ってたのか……記憶を覗いたと言っていたが、言葉の節々から詳細なところまでは知らないように見えたが。


「私の魔法はあなたの記憶を覗いた。それは羅列された断片的かつ一面的な情報に限る。記憶というよりは記録。得た情報は五つ。」


 ということは、知っている情報は、本名、転移したということ、転移先の峡谷の存在、童貞であること、ぐらいか。あと一つは何だろう。


「それと、別の魔法であなたの魔法適正も調べました。

 基礎魔術の火属性にあたる〈ファイアボール〉というのと応用魔術の回復魔法にあたる〈ヒール〉というのが使えるみたいですね。」


 また専門用語が出てきたが、まあその通りだ。


「――しかし、それ以外には適正が一切ない。というより、使用不可、習得不可ですね。どんな魔術師だって魔法が使えるのなら時間は掛かっても、別の魔法を習得できるものです。あなたはそれができない。こんな人は初めてみました。特定二種しか魔法が使えない出来損ないは。」

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