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01期待していた世界

 

 ただ死ぬだけだった自分にもう一度チャンスをくれるというのだろうか。



 ただ生きるためだけに生きるような人生だった。自由の代わりに与えられたのは責任と重圧。特にやりたいことも得意なこともなく、これといった趣味があるわけでもなく――昔はあったはず――何もない一日を繰り返していた。


 眠る直前に寂しさを感じることも少なくない。心を開ける友達、恋人、家族がいれば、心に空いた穴も埋まるかもしれないが、何一つ得ることが出来なかったのが現状だ。努力を怠った結果というのなら可能性を信じまだ頑張れるだろうが、頑張った結果がこれなのだから人間関係は難しい。半ば諦めの姿勢でそう思う。

 後悔はないがやり直したい欲求はあるかもしれない。


 ただ……やり直したところで同じだろう。


 その一言に尽きる。


「――いっそ、異世界にでも飛ばされたい」


 職場の人間関係に疲れていたこともあり投げやりな気持ちでそんなことを口にする。


 正直、異世界になど微塵も行きたいとは思わない。創作と違い実際に行けばほぼ確実に死ぬからだ。モンスターの危険性、言語の壁、盗賊との遭遇、時代背景が中世ヨーロッパならば弱肉強食は当たり前で人権などないに等しい。

 彼らからすればこちらの世界――日本に限るが――の方がよっぽど理想的だ。命を懸けて戦うことも迫力ある魔法を唱えることもできないが、確実に安全であり、法治国家の民主主義だ。社会保障も充実しており生きる権利が保障されている。昔、世界規模の大戦が三度ほど起こったが、以来戦争には参加せずに長きにわたる平和を実現している。

 ただ、住みやすくはあるが……生きやすいとは限らない。


 そんな、ないものねだりなことを思いながら毛布を被り眠気を待つ。

 疲労から強烈な睡魔により数分足らずで眠りに落ちる。気絶に近いが。





 ……寒い


 水でもかけられたように一気に冷気がやってきた。突然過ぎる出来事に意識が半分戻る。寝ぼけながらベッドから落ちたであろう毛布を手探りで探し出す。震えながら暗闇の中探すが見つからない。傍からみれば滑稽この上ないだろうが、自宅なので問題ない。いい加減、嫌気がさしてきて枕元に置いてあるはずのスマホの明かりで灯そうと手を伸ばすと……


 ……ない?


 焦りを覚え、完全に意識が戻る。毛布どころかスマホもないとくると起きずにはいられない。というか普通に寒い。


 手を着き上体を起こそうとすると――


 ――痛みが走った。


 ゴギッという音とともに、腰の骨を痛めた。

 不意の痛みに手が離れ背中を受け身のような形で打つ。


 強打する衝撃が背中全体に広がった。


 待て待て、冷静に考えれば可笑しな話だ。ベッドに強打は意味が解らない。


 嫌な想像を膨らませながら、仰向けの状態からうつ伏せの状態へ身体を反転させ手を着き立ち上がってみると――


 ――つち?


 ぼやけていた目でも充分に分かるほど目が慣れてきた。


 土だ。

 辺り一面、見渡す限り土が広がっている。夜であるから色はあまり判らないが森林や人工物は見当たらない。

 それに、人の姿も。

 あるのは地平線の果てまで続くこの土と、高さ三十メートル以上はあるだろうか?数百メートルを優に超えるであろう巨岩の数々。

 乾燥地帯を彷彿させる。

 岩の先端を見るように視界を真上に向けていく。



 すると、満月の光が雲から顔を出した。

 夜空には無数の星々が煌めき、大地へと光を降ろしていた。

 自然が作り出す絶景、生涯で目にすることなど今後一切ないであろう景色。

 本能が美しさを理解する、大昔から変わらない、先祖が見てきた景色。



 神秘的な光景を目の当たりにし、呆気にとられ、見惚れてしまった。

 同時にここが電気も通っていないような遠方なのだと気づいた。


 ただ、呆然としていた。


 あまりにも非現実的すぎる。

 夢なのではないかと一瞬思ったが、流石に無理がある。まず、寒すぎる。夢ならこんな痛みを伴う指先の冷たさを再現するのは難しいだろう。それと明晰夢の可能性は、これもないだろう。明晰夢であってもここまでリアルでありかつ不変的なのは奇妙だからだ。


 受け入れたくないが、これは恐らく現実だ。


 まずここはどこだ?


 知る限りじゃ自宅の近くにこんな電機も通っていない場所はない。

 かなり距離があるはずだ。バレずに運ぼうとすれば夜が明けるだろう。


 なら何らかの手段で昏睡状態にしてから運んだということか?

 誰が?何のために?

 恨まれるようなことはしてきていないつまりだが……


 無作為に選んだとしか考えようがない。富豪の遊び?デスゲーム?


 考えれば考えるほどハテナマークが増加していく。


 ここに来る前の記憶は……

 昨日は――と言っても寝る前の時間だが――いつも通り0時から1時前には寝ていた気がする。

 やはり、いつも通りだ。何も可笑しなことはしていない。


 そんなことより今は帰る方法を探さなくては。

 こんな所にいては数時間で凍死するだろう。



 どうやって帰ろう……

 何も持ってない。スマホも。

 あるのは着ていた部屋着のスウェットだけ。


 服は着ていてよかったと思う。もし着ていなかったら全裸のまま放置されて凍死するところだった。

 もし運よく現地人がいても、

『気が付いたら、何も持たず全裸で寝てました』

 なんて奴を信用するはずがない。


 だがそんなことを言うにしてもこんな所に人が通るか?


 岩々は直線に沿うように一つの道を作っていた。幅はおよそ100メートル弱だろうか。

 歩むべき方向は二つに限定される。どちらも似たような変わらない風景が続いている。正直、どちらでもいいが、呑気に悩んでいる暇などないと身体が訴えていた。これはヤバい。本当に死ぬやつだ。あと持って三時間くらいだろう。なんとなく、月が照らしたような右の方を向いて歩こう。


 急ごう。


 裸足で校庭を走るような痛みが懐かしい。既に足の指先は感覚が消失し、綺麗な足の裏は赤く滲んでいた。気に留めず、ゴールがあるか分からないマラソンを続ける。

 休めば死ぬし、休まなくとも死ぬかもしれないそんなギャンブルをしている。一歩一歩、すぐに休みたくなる気持ちを押し殺し、呼吸するごとに飛び出そうな左脇腹を右手で力を籠めて抑える。


 ――呼吸もその場しのぎになる頃、体感で一時間ほど経っただろうか。15キロは走っただろうか。普段運動しない訳ではないが、ここまで追い込むことはそうない。自分の底力に正直驚いている。


 だが、残念なことに景色は一向に変わらない。


 少し変わったことがあるとすれば道の節々に木の棒が落ちているということだ。なぜ落ちているのか分からない、最近まで木々が生い茂っていたのだろうか?周囲を見渡してもそんな面影は見受けられないが。木の棒をよく見てみると焦げているともとれる跡がみえる。

 乾燥しているため、集めて火を起こせれば、温まり一時一命を取り留めることもできるだろう。火を起こせればだが。勿論ライターなんて持ち合わせていない。煙草なんて吸わないし。今時ライター持ってる人は珍しいし。

 そんな邪念を振り払い、また走り続ける。


 ――汗も完全に冷め、筋肉が悲鳴を上げ始めた。

 左足の脹脛が攣ったようだ。自分の身体ではないように言うことを聞いてくれない足を引きずるような形で前に進む。まだ二時間と三十分弱だろう。口の中で鉄の味がする唾液を飲み干す。


 ――風景に変化は訪れない――


 ――何かが折れた気がした。足が動かない。腕も。身体中が疾うに限界を超えていた。


 なんでこんなことをしているんだろうか……


 なんでこんなことになったのだろう……


 誰がこんなことを……


 理不尽な思いを感じ不満がこみ上げてきた。人に怒りを覚えることはまずない子供の頃はあっても、大人になってからはない。だが大人の今だからこそ、子供のような感情が沸き上がってきた。

「許さない――」

 静かにそうつぶやいた。



 身体中に青紫色が広がっているのに今になってやっと気づいた。

 指先を見てみると黒くなり始めている。

「凍傷か……」

 立っているだけでも異常だが、到頭火事場の馬鹿力も使い切ったかのように前のめりに膝から崩れ落ちる。目の前には木の棒が乱雑に散乱している。無駄なくせに。

 もう無理なんだと。もう助からない。辺り一帯が無人、助かる訳がない。この寒空の下、月光に照らされながら寂しく死んでいくのか……

 人生独りぼっちだったが、いつかは心開ける人に出会えると待っていた。愛し愛されるようなそんな理想を。

 走馬灯のように過去が蘇ってくる。

 最後に寝る前自分が口にした、 

「――いっそ、異世界にでも飛ばされたい」

 この一言が頭に残る。最悪な願いだ。異世界なんてごめんだ。


 それでも、

「異世界でも魔法でもファンタジーでもいいから、助けてくれよ」

 掠れた声でそんなことを口にする。容態は急激に悪化している。本当にもう……



 声が出なくなる前に、一縷の望みを託して人生最後の試みをする。


 ――あと数分で完全に消える命


 ――この命の灯火をイメージし




「ファイァボール」




 ――詠唱をする。


 力を使い果たしたかのように全身の動きが停止する。瞼は閉ざされ、意識は消え、次第に呼吸が止まり、残されたのは心臓の鼓動だけだ。

 最後に口にしたものは最も有名な魔法の一つ、文字通り火球を放つ典型的な魔法。


 それは発動せずに失敗した……






 ……かのように思われた。



 放たれた火球は狙い通り木の棒へと燃え移り、連鎖的に次の木の棒に燃え移った。周りを囲う炎は暖炉のような役割を果たし、身体を温めた。直前、止まった呼吸もタイミングが幸いし正常に戻った。だが意識はまだ戻らないようだ。ほぼ不眠不休で走り続けたのだから当然といえばそうだろう。


 ――二十分後、完全に体温が元に戻った、一命を取り留めた。だが凍傷による怪我はもう医療による治療は不可能だろう。切断するしかない。

「あつい……熱い……」

 ――身体が焼けるように熱い。なんだ?

 いや、そういえば……そうだ……身体が凍えるほどの寒さで……生きてる?

 それより、これはなんで燃えているんだ?ファイアーボールが成功したのか?それ以外、考えられない……試してみるか。


「ファイアーボール」


 冷静に唱える、出来ると信じ、炎をイメージする。


 イメージが具現化する。どこからか火球が飛び出る。


 今ので確定した。


 全く理解できないが、目の前でそんなことが起こったのだ。認めるしかない。

 ここは魔法が使える。つまり……異世界ということだ。


 理由はいくつかある。

 まず目の前に広がる風景、電気なしのこの広大な自然、最低でも日本ではない。外国だとしても移動に時間がかかるだろうし、寝ていた場所に人がいたという痕跡が一切なかった。それに昏睡状態だったとしても、起きる時間がズレたらそのまま凍死していたし、起きるとき段階的に寒くなったというのもある。人為的に運んだという可能性はゼロに近いだろう。

 なら転移ということか……

 そう最後に言った

「――いっそ、異世界にでも飛ばされたい」

 この言葉が関係してくるだろう。飛ばされたというのが転移という意味だろう、非現実的すぎて受け入れられないが最も可能性が高い。


「ファイアーボール」


 火球が真っ直ぐに飛ぶ。


 魔法が使えるのだから人体程度の転移など容易いだろう。

 それと魔法は一つしか使えないのか、使える魔法には上限があるのか、まず魔法とは、と色々と疑問に思うことは多いが、とりあえずは……


 この傷を治さなくては……


 凍傷と火傷、身体中の皮膚という皮膚が凄惨な姿に変わっていた。指先は黒くなり動かない、足は肉離れを起こして歩けない、上体はさらに酷く炎によって肌が焼かれ爛れ肉が見えている。


 朧げな記憶を頼りに治癒魔法を唱える。


「ヒール」


 何の変化も現れない。

 なぜか上手くいかない、自分は直せないのか、それとも魔法が発動していないのか、魔法発動にはなんらかの手順が必要なのか。


 では今度はファイアーボールで試してみよう。


「ファイアーボール」


 火球が空を切る。

 繰り返していくうちになんとなくだがコツがつかめてきた。魔法は、呼吸に似ていて、成功すると、息を吐くようなイメージで身体から何かが抜けていく感じがする。反対に失敗すると何も感じない。恐らくは一日での使用制限があるんじゃないかと思う、

 ヒールを唱えたときは何も感じなかったから、魔法が発動していないのだろう。


 ファイアーボールを連射したらどうなるかやってみよう。

「ファイアーボール」

「ファイアーボール」

「ファイアーボール」

 唱えること三度、法則通りなら三つの火球が飛ぶはずだ。


 火球が宙を舞う。


 一つだ。三度唱えたはずが火球の総数は一個。考えられるのは一つだけ……詠唱は関係ない。魔法の発動条件は詠唱ではなくほかの何かだ。それならヒールが不発の理由も分かる。

 では別の何かとはなんだ?

 イメージ?

 とりあえずやってみよう


「ファイアボール」


 イメージするのは同時に三つの火球。


 三つの火球が射出される。成功だ。だが少し、元の火球より小さい。イメージが甘かったからだろうか。


 今の実験で魔法の発動条件が分かった。

 それを踏まえて――



「ヒール」


 逆再生のように怪我を巻き戻すイメージを持つ。


 何かが抜けていく感じがする成功だ。


 だが同時に――


 激痛が走った。

 身体炙られるような痛みとなくなった神経を無理やり作り出す痛み。長時間、甚振った痛みをたった数十秒に凝縮した痛み。

 一秒でも早く中断したい、声にならない絶叫を巻き散らかす、意識が遠のき、気絶することは魔法が許してくれない。気絶するようなら魔法で意識が戻る、そんな永遠にも感じられた時間がやっと終わった。身体は完全に治り、魔法は成功したが、意識は放心状態のようだ。精神が壊れていないだけで凄いほうだが。






 数分後意識が戻り始めた




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