第5話 虚無の瞳
【中央区・士官学校】
ザハルは爆発音と戦闘機の影から状況を認識した。
セイレーンには、近づくものは例え宇宙ゴミであっても見落とすことのない、高機能レーダーが搭載されているはずだった。
しかし、何の警報もなく大軍が攻め込んで来ている状況。そしてシエルの失踪。その二つに何かしらの因果関係があることは自明であった。
「現時点を以て、諸君ら全員をこの士官学校卒業とする!」
学長の指令に、狼狽える卒業生たちは一斉に注目した。
「これより諸君らは戦士だ!サーレの戦士に狼狽は許さん!逃避も許さん!何より敗北を許さん!ならば今すべきことは何か!!」
「っ…敬礼!!」
マックの声で全員が学長に向かい敬礼した。その声は僅かな震えがある。教官ですらこの事態に動揺を隠しきれないのだ。
「今!この瞬間!我ら教国は危機に瀕している!だが絶望ではない!なぜなら今我らは生きており、その両手には敵を屠るための武器を握ることができるからだ!この瞬間貴様らを遊ばせておく余裕などない!戦うのだ!武器を取れ!これまで育ててもらった教国に恩を返すのだ!」
「「「はっ!!!!」」」
この瞬間、卒業生は新将校となった。ブルーが携帯通信機から信号を受け取り、耳を傾ける。聞き終えると、ザハルに声をかけた。
「学長、我々士官学校に指令が」
「ふむ、話せ」
それは、教国軍指令本部からの伝来であった。
「新兵たちに任務を与える。各避難所の護衛任務と、逃げ遅れた者の避難誘導。奏士部隊のみ、本体に合流し、敵兵力の殲滅に当たれ、と。同時並行して先刻指令したシエル・ベスマンの確保も遂行せよとのことです」
ザハルは一瞬眉を上げた。いかに優秀であるとはいえ、新兵に与えるには危険すぎる任務だ。
ザハルは若い頃は格闘家、老後は兵士という経歴を持つ。格闘家から軍に行くものは多く、指令本部にも知り合いが多い。
彼らの事を疑いたくはなかったが、強い違和感を感じる采配であった。
「諸君!聞いての通りだ!初任務が実戦となるが、臆するな。諸君らは、我が中央士官学校を卒業した将校なのだ!」
「敬礼!!」
「「「はっ!!!!」」」
新将校たちは、3分後、軍用装備着用の上、再度広場に集合することとなった。
その後奏士科は、訓練用機械獣使用の上、中央軍司令部に。工兵は機械獣の最終メンテナンスを行った後、兵士と共に現場に急行する。
作戦概要の解説があったが、内容は避難所に急行して安全を確保し、各所を回りながら避難民の誘導及びシエルの捜索をすると言う、現場に主な判断が求められる内容であった。
ランデは指示を受けた後すぐにガレージへ行き、機械獣の整備を行った。日頃から訓練の一環として整備しているため、もともと状態はほぼ万全と言える。
全長3メートルほどの四足歩行の獣型戦闘機、機械獣。奏士は機械獣に跨る形で騎乗し、機銃と手にした剣で戦闘することとなる。しかしガレージにある機械獣は訓練用のため実弾を搭載していない。工兵の仕事は、実銃への取り替えだった。
3機の整備を終えた後、最後にモモの機械獣を整備した。その傍でモモは不安げな表情をしていた。
「ランデたちは、G地区に行くんだよね…」
「うん。振り分けはある程度出身地を考慮してくれているみたいだ」
工兵は基本裏方だが、このような緊急時には前線に補充されることもある。最低限の整備兵を残し、残りは戦地で避難誘導に当たることとなっている。
「私たちはきっと中央区の防衛になると思う。機械獣を集中させるはずだから。けど、他の地区の守備は兵士と対空砲が基本のはず。だから…」
「心配しないでモモ。みんなは必ず守るよ」
ランデはモモの言葉を遮る。空軍に対して地上から対抗する時点でかなり無謀だ。
軍本部の駐屯兵が戦闘機を駆り出してはいるが、すでに被害はG地区に収まる規模ではない。全体をカバーする事は不可能。新兵に回す戦闘機などあるはずもない。
危険度は非常に高い任務だった。
ランデの指摘通り、モモは孤児院の家族の心配をしていた。しかし、それと同じくらいにランデの心配をしていることに彼は気づかない。
「みんなもだけどランデ、あなたは大丈夫なの?」
「…?問題ないよ」
ランデは機械獣に実弾を搭載し、動作確認をする。モモの機械獣は突貫作業だが、実戦仕様となった。
「ううん、おかしいよ。なんでそんなに、普通でいられるの…?」
冷や汗の一つも流さず、淡々と作業をこなし、時にモモに向けて笑顔さえ見せるその様は、普段であれば朗らかな少年であるが、この状況においては異質であった。
モモからしては、とても新兵の振る舞いには見えなかった。
「僕、何かおかしいのかな」
「おかしいってわけじゃないけど…でも、不安だよ」
モモは無表情で自分を見つめるランデから目を逸らし、俯いた。このまま目を合わせていたら、吸い込まれそうな不気味さがあった。
「…整備、終わったよ」
「あ、うん…」
ランデは脚立から降り、作業着を脱ぐ。その下には戦闘服、ビームスーツが着用されていた。
「じゃあ行くよ。モモ、無事を祈ってる」
ランデはそう残し、倉庫を後にした。その背中に、モモは昨日のランデを思い出していた。
朝起きた時、彼は家にいなかった。外泊していると何事もないようにコーダが言っていたが、こんな事は初めてだった。
帰宅した後のランデは異様だった。
立ち振る舞いそのものは普段のランデと変わらないように思えた。しかし、どこかぎこちない。
何か行動する前に、一瞬何かを考えているように思えた。加えて寝る前、モモは窓から1人外気に触れていたランデを見た。
そこに孤児院の子供、シータが、眠たげに近づいていく。
「ランデ…?もう寝なきゃだよぉ…」
トイレに起き、外にランデがあるのを見つけて来たのだろう。
「…そうだね。一緒に戻ろうか」
シータの頭をランデは少し屈んで撫でた。シータは目を擦り、ランデの表情を見て驚愕した。
「わ、わあああああ!!おばけ!!」
半泣きで駆けていくシータ。何事かとモモはランデを見るが、特別異変はない。当然幽霊の姿も見えなかった。
「え…?」
モモは立ち上がったランデを見て、思わず声が出た。
その表情は完全な虚無。何も見ていない。何も感じていない。空洞のようだった。
この顔を見たのは、しかしこれが初めてではなかった。
ランデと共にコーダの孤児院へ引き取られた時、彼はいつも同じように虚無を写していた。
初めは両親を失った自分と同様に、家族を失った傷から立ち直れていないのだと思っていた。親近感すら覚えていた。
しかし、歳を経た今ならわかった。その瞳には、喜びや怒りは愚か、悲しみすら宿っていなかったのだ。
傷ついた周囲とは違う。彼は傷つくことすらできなかったのだ。
しかし、その記憶も10年以上前のもの。今となっては、その朗らかさに嘘を感じることはなく、暗い目をすることもなくなったように思えていた。
そんなランデを、モモは気になるようになっていたのだ。
「…ああ、こうだった」
するとランデは一人呟き、優し気な笑みを浮かべ始めた。窓ガラスに写る自分の表情を見ていたのだ。
モモはそのあまりに異様な様に、声をかけることができなかった。ここで話しかければ、何かが大きく変わってしまうような、そんな予感すらした。
まっすぐ自室に戻り、布団に潜り込んだ。何か怖い夢を見ていたような気分だった。
しかし、翌朝になれば、ランデはどこかぎこちなさを感じさせるが、自然さが大幅に増していた。
どこか安心していた。やはり昨日のは見間違いか何かなのだろうと解釈し、自分を納得させた。
だが、今自分に背を向けるランデは、昨日のランデと同じような虚無を感じさせる瞳を見せた。
何かが起きたはずだ。その心をモモは知りたかった。
接触し、パトスを交わすことでその心の内を明かし合うこともできる。しかし、手を伸ばす勇気がなかった。
「モモ、大丈夫?」
「うわああっ!?」
「そんなに驚かなくても…」
そんなやりとりを遠目に眺めていたベルンは、モモの肩を優しく叩いた。予想外の驚きっぷりに、ベルンは少しだけ悲しそうな顔をしている。
「ごめん…ちょっと色々起こりすぎてて」
「そうだな。ベスマン教官の失踪や人類の襲来。何か嫌な感じだ」
「…そうだね」
ベルンはランデを見なかったらしい。機械獣の整備中に自分の軍備を整えていたのだろう。
「俺たちは数少ない奏士科の同期になるんだ。こんな時こそ…一緒に頑張ろう」
「うん。ありがとう、ベルン」
モモは整備済みの機械獣に乗り込んだ。ベルンも自身の機械獣に飛び乗る。これから中央区軍本部に合流し、機械獣部隊の指揮系統の中で動くことになっていた。
ベルンは起動ボタンを押す。白地の機械獣に、起動の証拠である青色のラインが輝いた。
「奏士科新兵、発進!」
ベルンの掛け声で機械獣部隊は一斉に飛び立つ。青いラインが光線のように一直線に軍司令本部へと向かっていった。
「サーレも…君も、俺が守って見せる」
小さく呟いた声は、誰に届くこともなかった。
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