第4話 瓦礫の下に
【G地区・ランベル修道院】
「一体なんだ…?重力障害か?ふざけやがって…」
人類襲来の衝撃で家が崩れ、聖堂にいたコーダはその瓦礫の下敷きとなっていた。
幸運なことに、かすり傷で済んでいる。なんとか瓦礫を退かし立ち上がるが、同時に激しい強風に襲われた。軽い小物などはその風に運ばれて、宙へと飛んでいく。
その先を見ると、天に大穴が空いていることが確認できた。そして、唸る様な無数の駆動音の反響に、この事態は決して重力障害などではないと悟る。
忘れもしない。何故ならコーダは中将として何度も戦線に立ち、何度も全ての戦闘機に刻まれている星一点の星条旗を目にしてきたのだ。
「…人類…っ!!」
見間違えるはずもない。自身の真上を通過する戦闘機は、間違いなく人類ーーユーステヒア帝国のものだった。
「くそっ!」
コーダは周囲を確認する。そのほかの家屋棟も、コーダの教会同様倒壊していた。衝撃波とセイレーンの天井の大きな破片が降りかかっていたからだ。
「なんだってこんな時に!畜生!」
コーダはあたりを見渡す。同じ様に、天井の破片によって多くの家屋が倒壊し、煙を吐いていた。
「せんせー!」
絶望しかけたコーダに、幼い少女が駆けてきた。
「お前ら!無事だったか!」
駆け寄ってきたのはメイスと、彼女と同年代の少女が2人に加え、まだ赤子の男児が1人だった。
「メイス、みんなを連れて避難所へ向かえ!俺は他のみんなを助ける!」
「は、はいっ!」
指示を受け、メイス達はコーダが指を指した先、避難区域となっている初等学校へ走った。
コーダはそれを見届けると、崩れた家屋へ向かった。
瓦礫をかき分けながら空を確認する。戦闘機たちはG地区上空を念入りに調査している様子だった。
「狙いはなんだ…?」
奇襲の備えなどしていなかった。サーレの殲滅が目的であれば、まずは中央区を潰し、指揮系統を奪うのが最も合理的なはず。
「まさか…いや、だとしても誰が…?」
思慮を巡らすコーダ。そこに爆撃の音が響く。
G地区に隣接しているA地区、F地区で空爆が開始されていたのだ。
止まらない絨毯爆撃。これでは地上にいる民の生存は絶望的であった。
「奴らの狙いがなんにせよ、急がねぇと…」
コーダは子供たちに、万一何か攻撃や大事故が起きた際は避難所に移動するよう指示している。
そのための安全なルートも複数暗記させていた。しかし、全員が逃げられたとは考えにくい。
瓦礫を退かし、掘り起こしていく。すると、リビングにあった大テーブルの端が目に入った。
「…せい」
そこからかすかに声が聞こえた。コーダはテーブル周りの瓦礫を集中的に退かしていく。
「先生!」
「クラメル!」
テーブルの下にいたのは、クラメルと他5名の幼子たちだった。とっさに逃げ、下敷きになるのを回避できたのだ。
コーダの救出に一瞬安堵した表情を見せたが、クラメルはすぐに真っ青な顔をしてテーブルの下を指さした。
「先生、シータとルクスが!」
クラメルが指差す先には、瓦礫に下半身を潰された12の少女シータと、頭部から血を流し目を閉じた10の少年、ルクスが横たわっていた。
ルクスは、すでに息絶えていた。頭部に瓦礫が直撃し気絶。そのまま失血死したのだ。
シータはまだ息がある。とは言えこちらも出血が多い。このままでは長くないことは確かだった。なんとかクラメルが生命維持を続け、かろうじて命を繋いでいた。
「ユミン!みんなを連れて避難所へ!俺とクラメルでシータを助ける!」
「せんせい!ルクスは!?」
ルクスのそばに寄り添っていた、彼と同年代の少女ユミンは、三つ編みにした茶髪を血で濡らしながら、必死な顔でコーダを呼ぶ。
「後で先生が運んでいく!だから早く行け!」
心配の声に応えることも、家族にも等しい友人の死を受け入れる心を教えることも、この余裕のない状況では不可能であった。
死を理解し、受け入れられる精神は、この場ではクラメルしか持っていない。クラメルは子供たちの背中を押した。
「行って、みんな。お姉ちゃんもすぐ行くから」
「うん…!」
子供たちを見送り、コーダは瓦礫に触れた。
「これは重いな…クラメル!生命維持を続けてくれ!」
「はい!」
クラメルは瞳を閉じる。
シータからは流血はなく、その身体は薄紫の光に包まれている。
サーレにのみ許された特殊能力、“法術”の発生には、必ず紫の光が輝く。
自身の心をパトスという電磁波に転換し、それを接触した物体に流すことで自身の意志を反映させる力、法術。紫の光は、パトスの色だ。
クラメルはシータの血管をパトスによって操作し、強引に結合させることで、出血を防いでいたのだ。
「よし、動くぞ!」
コーダが巨大な瓦礫を動かし、シータの全身が露になった。
白く細いシータの足はあらぬ方向に曲げられ、潰れたことによる出血は辺りを赤黒く濡らしていた。
「っ…!クラメル、行くぞ!」
その惨状に息を吞んだが、ここで立ち止まる余裕はない。コーダはシータを抱え、避難所へ走り出そうとする。
「先生…あれ…」
しかし、シータは空を指差し、手を震わせたまま動かない。
その先には、避難所の方へゆっくりと落ちていく無数の落下傘。
「上陸部隊だと…!?」
冷や汗がコーダの頬を伝う。殲滅が目的であれば絨毯爆撃を可能な限り続け、機械獣が出てから行動を起こせばいい。
間違いなく、帝国は“何か”を探している。そして、それが暴かれることも、奪われることも、破壊されることも、考えられる全てがコーダにとっての最悪の事態であった。
「クラメル!シータの足の血管を全て捨て、上半身のみで循環させろ!そして一緒にここで待機するんだ!」
「そんな!?それじゃシータは…」
クラメルは声を震わせながら、シータを見る。高熱が出ており、滝のような汗をかいていた。
この状態で下半身の血管を捨てれば、シータは二度とその両足で立つことはできなくなる。
「明日足が無くなっていたとしても、生きてさえいれば何とでもなる…!それに、今から避難所に連れてくよりはここにいた方がまだ安心だろうよ…!」
コーダは目を強く瞑りながら言い放つ。その様子に、クラメルは涙をぬぐい、シータに処置を施した。これでシータの下半身は壊死していくことになる。
その代償に、延命は図ることができた。しかしそれもそう長く続かない。医療機関にすぐにでも見せる必要があった。
「待ってろ。必ずみんなを助けて、ここに助けを呼んでくる」
クラメルは頷く。それを確認すると、コーダは2人を置いて避難所へ駆け出した。
「無事でいろよ、お前ら!」
コーダは腰に下げた剣を握りしめた。
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