第2話 表彰式
ーーーーサーレには、唯一信奉する宗教があった。
エルツは太陽がない常夜の星だ。しかし、その昔エルツが属する惑星系にも地表を照らす太陽があったのだと言う。
神話のごとく語り継がれるその伝承に、サーレは憧れからか、もはや空想かもわからない太陽を神として崇める様になった。
曰く、太陽神は長い眠りの中にあり、復活の時を待っている。それが叶い、エルツに朝が来た時、全ての不幸は消え去り、この世は楽園となる、とのことだ。
日輪教はサーレの生活、文化に深く根付いている。最も大きな価値基準と言ってもよい。人類史で言うところの中世キリスト教さながらだ。
サーレのほとんどが入信しており、教会の神父等、関係者になれることは教国では大変な栄誉とされている。教養の高い者であれば教会を就職先とすることもできるが、そのレベルの教育を積み上げるにはやはりそれなりの家柄も必要であるため、特に地方の教会などは世襲で代々受け継がれることも多い。
コーダも父が教会の神父であったが、人類のエルツ襲撃によって死亡。その後セイレーンに再建された教会を、コーダは受け継ぐことにしたのだ。
このような教会はセイレーンの各所に作られており、戦争によって大量に増加した孤児の養育施設として提供されていることも多い。
しかし、コーダの元で育った子供たちは、不思議と皆大抵士官学校に入学していた。
確かに両親を人類に殺された子供がほとんどであり、恨みから兵士を希望する者は多い。
しかし、士官学校は入学段階で適性が試され、優秀なものだけが軍の幹部候補として育成される機関だ。それにほとんどの子供が入学しているということは、驚愕の成績と言える。
それにはコーダが行う特別な訓練が関係しており、それは士官学校に入った後も続いた。加えて士官学校の鍛錬もこなさなくてはならない毎日は、心身ともに非常に負荷が高いものであった。
その日々はようやく終わり、彼らは兵士となる。
ランデは微笑んだまま。キースはにやけ顔。モモは仏頂面。それぞれな表情で中央区画にある士官学校へ向かう。
すると、その通学路を1人歩く猫背の華奢な少年が目に入った。それに真っ先に気付いたのはキースだった。
「お、エドガー!おはよう!」
キースの大きな声に少し驚いた彼は肩を少しびくつかせ、それからゆっくりと後ろを振り返った。
「お、おはようみんな…」
そばかす顔に眼鏡と茶色のくせ毛が印象的な少年、エドガー・スペンサー。
いつも何かに怯えているような態度を取るが、彼は工兵課でもダントツの成績を誇るトップクラスの技術者でもある。
中でも工学は得意分野であり、将来は技術開発局への就任を有望されている期待の星だ。
入学当初はその気弱な物腰からか、いじめの標的にもなってしまいがちだった。
そこでランデたちが助けに入り、仲間に入れたことで、誰もエドガーにちょっかいをかけることができなくなった。そのきっかけとなったランデには、エドガーは半ば信奉にも近い感情を向けている。
挨拶を終え、再び俯くエドガーの肩を、キースが強く叩いた。
「どうしたんだよ暗い顔して」
「不安、なんだよ…これからが」
肩を抱く様にするエドガーを見て、キースは肩をすくめる。
「おいおいこんな日にそんなこと教官の前で絶対言うなよ?下手するとその場で殺されちまうかもだぜ?」
「ええ!?怖いよ…」
「キース、エドガーをあまり怯えさせないで」
ランデがキースを制する。エドガーは顔を明るくし、キースから隠れるようにランデの横に立った。
キースはその様にため息をついた。
「ったく、女の子みたいだな。あいつもお前のライバルかもだぜ?」
「あ゛?」
「すみませんでした」
キースはモモに話を振ると、呪いでも籠っていそうな目で睨み付けられた。
クラメルのキスを見てからずっとこの調子だった。気づけば1人でぶつぶつと何かを呟いている。誰が見ても、とても卒業式という晴れの舞台を前にした生徒とは思えない様相だ。
あの後、クラメルは逃げるように走り出してしまったため、現状ことは進んでいない。しかし、鈍感なランデでもさすがにクラメルの好意をもう無視することはできない状態にある。
モモはランデがキスをしてしまった事実に対する嫉妬と、それをどう思ったのか、これからどうする気なのかという心配で、心はごちゃごちゃになっていた。考えれば考えるほど不機嫌さは増し、顔も仏頂面から戻らなくなる。
そんなやりとりをしている間に、彼らは校舎の目の前にたどり着いていた。
セイレーンの居住区は縦長の楕円形となっており、全九区画に分かれている。
楕円の中心には中央区という、居住区の心臓部分があり、その周りを8分割した扇型の区画がある、といった構造だ。
名称は中央区を除き、セイレーン前方からABCと時計回りに続き、G区画まで存在している。
ランデたちの孤児院はG区画に設立されている。特に何の変哲もない住居エリアだ。強いて言うならば一般のサーレが通う教育機関があることと、教会の設立数が比較的多いくらいなものだった。
対し、主要な公共施設などは基本的に中央区に存在しており、軍部の幹部候補を育てる士官学校もその一つだった。
当然、そんな都会の校舎前ともなると、未来の英雄を見に来たサーレと、多くの卒業生たちが集っていた。
「おはよう。朝から騒がしいな、キース」
その喧騒の中で、ランデたち一団に声をかけたのは、赤みがかった茶髪をツーブロックに整えた少年。切長な緑の瞳は、誠実な印象を相手に与える。
「ベルン、おはよ」
「おはようモモ。…なんか元気ない?ランデとエドガーもおはよう。みんな変わらないな」
「別に卒業するからいきなり別人になるわけでもねぇだろうて」
キースが茶化したように笑う。するとベルンは驚いたように目を丸くした後、少し寂しそうに笑った。
「ふっ…そうだな。なんだか俺もナイーブになってるみたいだ」
ベルンは首を振って額に指を添えた。ベルン・リーズベットは奏士科始まって以来の天才と称されるほど、機械獣の扱いに長けた生徒だ。
しかし、それを誇示することもなく、常に冷静でありながらも、友に見せる優しい側面は、学友、教官共に魅了している。
ベルンは時計を見て、どこか寂しそうに笑った。
「感傷にも浸ってられないな。そろそろ時間だ。整列しないと」
「うん…教官もなんだかピリピリしてるから、急がないと」
ベルンとエドガーの声に頷き、一同は卒業生の列に並んだ。
入学から三年。卒業生の列に並ぶ、戦士候補として濃密な時間を過ごした150名の若者たちは、皆これからの新時代に対し、期待と不安の入り混じった複雑な表情をしていた。
「全員、敬礼!!」
教官の声に、皆一斉に敬礼をする。
卒業式が始まろうとしていた。暗い表情の者の中には、この時になってもシエル・ベスマンがとうとう現れなかったことへの落胆が主な理由の者も多い。
壇上に上がったのは、高圧的な指導が生徒感で不評であったスキンヘッドの大男、マック・ブルー教官であった。
教国のシンボルともいえる、真っ青な軍服を着たブルーは、その巨体もあって強い威圧感を相手に与える。
「では、これより第13期士官学校卒業式を行う!まず、卒業時点での最終成績を発表する!」
卒業式で最終的な成績上位者が発表されるのは通例であった。各兵科によって上位三名が表彰されるのだ。
「まずは工兵科!第一席、エドガー・スペンサー!」
「は、はっ!!」
名を呼ばれた者は壇上の前に立つこととなる。エドガーは意外そうな顔をしたが、マックの顔が怖かったため、おどおどしながらそそくさと移動した。
教官としては、彼の自己評価の低さを改善できなかったことが悔やまれるばかりであったが、それをエドガーが理解することは終ぞなかった。
「第二席!ランデ・ベルーゼ!」
「はっ」
ランデもエドガーと同様に工学が得意であり、専攻は工兵科だが、類稀なる剣術のセンスも持ち合わせた文武両道タイプだった。
整備兵も戦艦に乗れば戦闘の機会は多い。艦内の防衛戦をすることはもちろん、過去にはパイロットを失った戦闘機に整備兵が乗って戦いに出たことは何度もあり、戦える工兵は評価が高くなる傾向があった。
事実、その戦闘技術は兵士科の中ですら上位に立てる程のものであった上、工兵として兵器への造詣が深いことも重なり、将来を強く有望視されていた。
行動も品行方正。まさに優等生だ。
「第三席!ユクシア・ロー!」
「はっ!!」
ユクシアは小柄な白髪の少女であり、基本的には並みのスペックだが、機械獣の調整が抜きんでて得意であったため、この順位となった。
3名は壇から見て一番右手に並び立った。
それを見届けると、ブルーは兵士科の列を見る。
「続いて兵士科!第一席、ドル・ヒースレイヤー!」
「はっ!!」
ドルは赤髪を坊主頭に丸めていることから苛烈な印象を持たれがちだが、よく見ると少し垂れた目は優しげであり、実際温厚な少年だった。誰とでも仲良く話す才能を持った男であり、士官学校同期全体のまとめ役でもある。
戦士としても優秀であり、戦闘機の操作において卓越した技術を持っていた。加えて剣術では三大流派の一つである金獅子流において既に段位を獲得している天才だ。
「第二席、キース・ランベル!」
「おし!…はっ!!」
ガッツポーズを取ると、キースはブルーに睨まれた。
キースもまた高い剣術の才能を持っており、加えて恵まれた体格故に格闘技術も高い。
また、サーレの持つ固有の能力、“法術”においても高い出力を持つハイスタンダードな人材だった。
「第三席、ログ・シャーレ」
「はっ!!」
ログは戦闘機操作の一対一では基本負けなしという才能を持った、丸眼鏡をかけた出っ歯な少年だ。
兵士科の3名は、反対に壇から見て左手に並んだ。
「最後に、奏士科!第一席、ベルン・リーズベット!」
「はっ!」
ベルンは堂々と前に出た。
奏士科はそもそもパトスの量が多い者しか入れず、その時点で才能は約束されているようなものだった。
その中でもベルンは異彩を放っており、いずれは教国屈指の奏士となることを確約された存在だと言われている。
それを裏付けるのは、その高い学習能力だ。座学、兵術、単体戦闘技術など、その全てにおいて教官の教えを吸収し、教えた教官すら上回る結果を見せてきた。
「第二席、モモ・ランベル!」
「はっ!!」
モモはパトスの出力だけで言えばベルンに並ぶ程の才覚を持っており、放たれる攻撃の一つ一つが必殺の一撃となるパワータイプの奏士だ。本人があまり向上心が高くないところがネックではあるが、彼女もまた将来を有望視されている。
「第三席、ルーク・タイラー!」
「はっ!!」
ルークは奏士科内でのハイスタンダードタイプであり、筋骨隆々とした大柄な男だ。出来ないことはほぼなく、志も高いが、逆に突出した何かが無いことに悩みを抱えていたりもした。
奏士科の3名は壇の目の前に並び立った。
「諸君!今前に並び立つ戦士は、未来を担う国の誇りだ!だがしかし、そうでない者はその背中を忘れるな!追い越して見せろ!そして今前に立つ者は、後ろに追われていることを決して忘れるな!」
「「「はっ!!!!」」」
一同が敬礼し、マックはそれに返礼してから壇上を降りた。
こうして表彰式は終わりを迎えたのだった。
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