人類史
本作の主要キャラの多くはサーレという地球外生命体になりますが、文章的に〇人とかのほうが自然な場合(一人ぼっち、二人、等)は単位として人を使っています。特に他意はないので悪しからず…。
「青い、星…?」
そう呟いたのは、名も残らぬ一介の研究員だった。
最後に、似た青い星を見たのはいつだったか。
人類が宇宙に進出して五万年。母星、地球については、記録すら貴重なものであり、一般人にとっては存在すら曖昧なものとなってしまっていた。それだけの時間が経過したのだ。
天体研究員ですら、地球については文献で多少知識を得ている程度だった。
しかし、超遠隔天体観測機を覗く研究者は、その青い星を見て言い知れぬ高揚感と、不思議な懐かしさを感じていた。
長く宇宙を彷徨い続けた人類は、悲願である第二の生息可能な惑星を発見したのだ。
ーーーー五万年前、人類は第三次世界大戦、通称終末大戦と呼ばれる、世界最後の地球での戦争を迎えた。
何か必然を感じさせる要因があったわけではない。人類は次の戦争で世界は終わると知りながら、回避できる戦いを回避せず、突き動かされるように戦いをやめなかった。
人は人を殺すために技術を磨き、その果てに、叡智の結晶である核兵器によって、地球を人が住める場所ではない何かに変えてしまった。
数々の国がなす術なく滅亡を迎える中、高い技術力を持つ超大国、米国は他国との国交を完全に断絶した上で、自国の技術を総結集し、居住型星間渡航船「セイレーン」を開発。
人口百五十万人のみを乗せ、セイレーンは宇宙へ飛び立った。
真っ先に地球の環境を破壊した国が、真っ先に地球から逃げ出したのだ。
ーーーー種の存続は我らが担う。箱舟に乗るのは自らこそがふさわしい、などとそれらしい捨て台詞を残して。
ただ、その技術力は本物だった。セイレーンは特殊磁場装置を搭載しており、ガスなどのエネルギーを主動力としない。磁力で動く船は、その副産物として、船内に重力をもたらした。
加えて特殊磁場装置は鉱石に特殊な加工を施して磁場を形成する性質上、エネルギー効率が非常に良い動力源であった。それ故に、小隕石を回収しては繋ぎ、なんとかセイレーンは長期の渡航に耐えることができたのだ。
そのほかにも、人口太陽、人口大気の開発によって植物の栽培、また巨大プールにて汚染以前の海を再現し、遺伝子組み換えを行われた魚類、およびプランクトンを放流。その他様々な努力によって、セイレーンは第二の地球として、人間の生息に適した楽園となった。
汚染の苦しみから逃れんと地球を脱出した米人が、脱出した先である宇宙船で地球らしい暮らしを得ることになるとは思わず、当時の米人は予定外の幸福を享受することとなる。
だが、セイレーン本来の目的である『居住可能な地球に代わる惑星の発見』は容易ではなかった。
ワープ技術などの高速移動手段は当時存在せず、移動速度が足りない。広い宇宙の中で銀河を渡るには膨大な時間を要した。
しかし、人類の寿命は長くない。10年、20年と経つ時と共に、人々には焦りが見え始めた。人類はもう二度と本物の大地に降り立つことはできないのではないか。その不安は次第に高まり、安定し始めていた情勢は次第に悪化していく。
加えて、セイレーンのキャパシティに対しての人口の増加、それに伴う貧富の差の発生によって、治安は年々悪化していく。セイレーン内で生産できる資源の限界が来たのだ。
そのうちにスラムの発生、浮浪者や乞食の増加、それによる伝染病の蔓延など、問題は山のように積み重なり、負の連鎖は歯止めが効かない域に達しようとしていた。
だが、民主主義と平和主義に染まりきり、特権階級に溺れた当時の米政府は、効果的な対策を打つことができず、現状を放置した。
改善の目処はいつまでも経たず、各地での暴動が絶えない地獄の様な日々が始まった。
そんな時代の特異点として現れたのが、クラム・ユーステヒアという青年だった。
ユーステヒア家はイギリス貴族の血流を継ぎ、戦前では莫大な富を持っていたものの、セイレーンで米政府が行なった社会主義的政策によって財産を失い、その後流れに流れスラムの浮浪者にまで成り下がった。その末裔がクラムであった。
一二で両親は飢え死に、彼は一人で生きねばならなかった。幸い体格に恵まれており、似た境遇の子供を従え、時に敵対グループすら吸収するうちに、スラムでは一大グループを作り上げた。
腕っ節だけでなく政治的手腕も持ち合わせていた彼は、自グループの子供全員に食事や武器が行き渡るシステムを構築。大人ですら彼に屈服するようになり、たった三年でゴロツキの少年はスラム街の王となった。
クラムの躍進は止まることを知らず、富裕層にすら強いコネクションを構築した彼は、満を辞して政府に対しクーデタを起こした。彼がまだ一八の頃だった。
「無能な政府に鉄槌を!セイレーンに新たな秩序を!」
咆哮する貧民達は、クラムによって確かな統率を持ち、その様は失われし軍を想起させた。
牙を抜きに抜かれ、戦闘などできようもない政府はあっさりと降伏。クラムはそれを無視し、政府官邸を原型をなくすほどに破壊してみせた。
そして、瓦礫の上で星が一つの星条旗を掲げた。州も星も法も貴族もない。自身単独の専制君主制の樹立を宣言した。皇帝クラム・ユーステヒアの誕生である。
内心それを不満に思う富裕層は多かったが、クラムに気に入られさえすれば自分の立場は安定する、といった観点から沈黙を決め込んだ。
しかし、その予想に反してクラムは送られた賄賂を全て破棄した。貧困の中育った仲間こそ、彼が守り、尊ぶべき存在。彼にとって富裕層はゴミか道具かの二択であり、優遇などもっての他であった。
削り取られる自身の財産に富裕層は焦り、国家転覆を画策するも、それこそがクラムの狙いだった。
自分に反抗心のある者達をあぶり出す為、わざと怪しい動きを見逃し、策謀の時間を与えたのだ。
その後は全ての敵対勢力、不穏分子を全て排除した。指定された者は家族に至るまで全て徹底的に処刑される。その様を見れば、誰も敵対しようなどと考えない。
こうして、多くの犠牲を出して革命は成ったのだ。
「どんな聖人も、人間である以上は間違える」
クラムの信条とも言える、性善説の否定。革命が完全なものとなってから、彼が管理社会の実現を目指すことは必然だった。厳重な法を整備し、その番人として親衛隊を創設した。怠惰、犯罪、暴力は厳しい取り締まりの対象となり、逮捕で済めば御の字。多くはその場で銃殺刑だった。
暴虐とすら思える厳しい親衛隊の管理は、セイレーン内の人口を大きく減らした。
人々は圧政を嘆いたが、皮肉なことに、結果として食料の安定供給は成功。加えて出産の管理をしたことで、急激な人口の増減もなくなった。
一日の食事量、職、何時に何をするか、誰と会うか。人類管理の幅は拡大を続け、人々の不満は募るが、数字の面では全てが好転しつつあった。しかし、その終わりは唐突であった。
皇帝クラム・ユーステヒアの崩御。
革命から15年。その死には諸説あるが、最も有力なものは過労死であった。不完全なままで終わった管理社会であったが、息子である後継者、アルティア・ユーステヒアは彼の政策を見事に引き継ぎ、政府が個人の全てを把握する、厳しくも平和な社会はついに完成に至った。
とは言え、反抗するものは彼の代には既に亡く、徹底的に敵対者の芽を摘んできたクラムの周到さが生きた結果とも言えた。
こうした平和は長く、万の年を超えてその王朝は続くこととなる。
しかし、それでも本来の人類の目標であった、居住可能な惑星の発見だけはどうしようもなかった。
資源が尽きさえしなければセイレーンは落ちないという、半ば洗脳に近いほどの徹底教育、騒ぐ大人の処刑などによって、誰しもがそのことを忘却するよう導くことしか、もはや皇室にできることはなかった。
数千、数万の年月が経つに連れ、人々は自分たちの母星の存在を忘れ、疑い、地球での歴史はやがて御伽噺にまで成り果てた。
ただただ宇宙を彷徨い続ける。そんな日々が、ずっと続くと誰もが思っていた。こうして優しい絶望の中で揺蕩う人類は、ある日唐突に転機を迎えた。居住可能な惑星の発見に成功したのだ。
皇帝は当時の優秀な科学者を選抜し、セイレーンの上陸に先んじて彼らを調査団として派遣した。その結果、驚くべき事実が発覚する。
なんと、その星には人類と酷似した生命が生息していた。加えてその生命には知性があり、独自の文化体系を作り出していたのだ。
調査団の団長であったジェームズ・キッドがその生物らと実際にコミュニケーションを試みると、さらに驚くべき事実が判明した。
彼らには、自身の心を反映して特殊な電流である“パトス”を生み出す第二の心臓、“心核”が存在しており、その電流を触れた物体に流し込むことで、対象に自身の心を反映させる“法術”を扱うことができたのだ。
また、直接触れ合いパトスを通わせることで直接自分の意思を伝え、コミュニケーションを取ることも可能だった。
この能力により、現住生物は調査団と触れ合うことで、調査団の言語、即ち英語を習得してみせたのだ。それはたった1日のことだった。
接触による情報伝達の精度は高く、気付けば辺り一帯のほとんどが英語を使いこなすほどの語学力を得ていた。
直接触れ合うことなく意思を伝える手段、「言語」を得たことに、現住生物は感激していた。プライバシー意識も雌雄もある彼らは、それなりに接触でしかコミュニケーションを取れないことに悩みを持っていたりもしたのだ。
原住生物は自らのことをサーレと自称しており、その母星のことをエルツと呼称していた。
こうして調査団を通して帝国とサーレたちは一時友好的な関係を構築することに成功した。この瞬間を記念して、彼らはこの時新暦である新星暦を開始した。
しかし、交渉を続けていく中で、皇帝は悩んだ。
エルツ自体の規模は地球よりはるかに小さく、月ほどの大きさしかない。海と陸の割合も地球と同じであり、陸も狭かった。
さらにその狭い陸地の半分は、人類では解析出来ない謎の放射性物質で汚染されており、人類は近づくだけでその身が溶解していく程だった。ここまで狭い地上の上に、サーレの個体数は1億体ほどであった。
何よりの決め手は、サーレが人類のエルツ植民にあまり好意的でなかったことだ。皇帝は調査団の制止を振り切り、共存を断念。サーレの意向を無視し、強引な植民政策に出ることとしたのだ。
これに抵抗するサーレとの間には亀裂が生まれ、エルツを巡った戦争が勃発した。新星暦5年のことである。
人類の歴史は戦争の歴史。
自然を愛する平和的な生物であるサーレが、磨きに磨いた殺しの武器の数々に勝てるはずもなく、為す術なく敗れ、サーレの数は激減した。
あまりに順調な侵略。皇帝リチャード・ユーステヒアは、予定より早くセイレーンのエルツ着陸を決行した。
しかし、その慢心こそが仇となった。
男は残党狩りのため。女はエルツ開発及び新拠点建設のため。人類のほとんどがエルツに上陸した時だった。
隠れ潜んでいたサーレが、手薄になったセイレーンを襲撃したのだ。
雪崩れ込むようにセイレーンに侵入し、瞬く間に駆動部を掌握。奇しくも地球を捨てて逃げたアメリカ人と同数の150万人のサーレを乗せて、セイレーンはエルツを離陸した。
彼らは母星を捨て、宇宙へ逃げ延びることを選択したのだ。
セイレーンの中にはまだ帝国臣民、特に子供が多く残っていた。当然そのまま宇宙に逃すわけにはいかない。帝国空軍はセイレーンを追ったが、その悉くは撃ち落とされることとなる。
追撃した空軍唯一の生き残りであるジャスティン・レイア少尉は帰還後、涙と鼻水を垂らしながら震えていたという。しかしそれは、任務失敗による帝国からの罰に対する恐怖ではない。彼は血の気を失った紫の唇で、自分たちを壊滅させた敵をこう呼んだ。
「悪魔だ」
呆れる者もいたが、地上で雲の向こうの空中戦を見ていた多くの兵士たちもこう残している。
「紫電を纏う翼を持った巨大な影が、叫びながら暴れていた。その近くに寄った戦闘機は、触れる前にぐにゃぐにゃになって潰された」、と。
だが、その化物はそのままエルツを襲うこともなく消えた。嘘かもわからぬサーレの脅威に不穏さを残しつつも、こうして3か月続いた『第一次エルツ戦役』と呼ばれる戦争は、多くのサーレの亡骸の上に終結した。
だが、サーレは逃げただけでは終わらなかった。
至天民と呼ばれるサーレの上位機関が、彼らの信奉する“日輪教”の教主となり、既存の教会を吸収しつつ、戦争の傷の癒えないサーレをまとめ上げ、軍を持った国家、神聖ザリア教国を構築した。
彼らの指導により、教国は科学及び戦闘技術を急激に発展させていくことになる。
そして新星暦10年。ついにサーレはエルツ奪還作戦を実行に移した。大艦隊を、宇宙にある帝国の拠点に進軍させたのだ。
急襲であったこと。予想外にサーレの技術が進歩していたこと。そして何よりも、サーレの航空型決戦兵器、『機械獣』が無双の強さを誇っていたことによって、帝国は大規模基地を壊滅させられるという大損害を受けることとなった。
焦った帝国は、取るに足らないと考えていたサーレを明確に敵とし、セイレーンの破棄を決定することとなる。
これを皮切りに、一つ一つは小さいものの、断続的に続く宙域の奪い合いが三年間続く。――『第二次エルツ戦役』が勃発したのだ。
長い戦いの最後は、リーヴァ宙域と呼ばれる、エルツに最も近い小惑星群を奪い合う決戦であった。
これに教国が大敗。軍の半数を壊滅に追いやられ、敗走したことで、第二次エルツ戦役は終戦となった。
エルツ防衛を成功させた帝国の勝利であった。
しかし、発令されていたセイレーンの破壊は失敗に終わり、再びサーレは宇宙へ逃げ、姿を眩ませた。
それから5年間、各地で小競り合いを起こしながらも、戦局は変わらない。
人類も、サーレも、この長く緩やかな戦いが、永遠に続くのではないかと思い始めていた。
しかし、この膠着状態は、人類の一手によって破られることとなる。
新星暦18年。人類はセイレーンを捕捉し、攻勢に出る。
第三次エルツ戦役が、開戦したのだ。
感想・レビューお待ちしてます!