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6 必要ないという考えなのよ

 城に向かう馬車の中、向かいに座っているランディス殿下は、かなり不機嫌そうだった。


 彼はわたしと会うのを楽しみにしてくれていたのに、当のわたしは、すっかり彼のことを忘れていたからだ。


 いや、正確にいうと、女の子だと思っていたというのが気に食わなかったらしい。


「あの、ランディス殿下」

「なんですか、聖女様」

「今だけでかまいませんので、昔のようにお話をさせてもらうことをお許し願えませんか?」

「お好きにどうぞ。今だけじゃなくても結構です」


――子供じゃないんだから!


 不機嫌そうな顔で言うランに謝る。


「ごめんなさい。忘れたわけじゃなかったの。あなたのこと、本気で女の子だと思っていたのよ。ランのことを忘れたことはなかったわ」


 ランは大人になった今でも綺麗だけれど、子供の頃は女の子としか思えないくらい美人だった。


 あの時の彼は髪も長かったから、余計に女の子だと思い込んでいた。


「そのわりには手紙もくれなかったな」

「あなただってくれなかったじゃない!」

「送ってたよ。でも、返事がなかった」

「送ってくれてた?」


 そんなことは一切知らなくて聞き返すと、ランは驚いた顔をする。


「知らなかったのか?」

「ええ。もしかすると、家族以外の男性からの手紙は見せてくれていなかったのかもしれないわ。一応、わたしとサウロン陛下は婚約者だったから」

「そうか……。そう言われてみればそうだよな。それなら悪かった」


 ランも冷静になってきたのか、ちゃんとわたしの目を見て謝ってくれた。


「そんなにわたしに忘れられてたことがショックだったの?」

「そりゃそうだろ」

「どうして? 別にわたしのことを忘れても良かったのに」

「どうしてって……」


 ランが白い頬を少しだけ赤くさせて答える。


「リンファは忘れてるみたいだけど、約束したからだよ」

「約束? わたし、あなたと約束なんてしてた!?」

「……そんなことだろうと思った。もういいよ。忘れたままでいい」

「ちょっと、ラン! 謝るから話してよ。今からでも間に合うなら、約束を守るわ!」


 向かいに座っているランは、わたしの顔をまじまじと見つめたあと聞いてくる。


「本当に?」

「本当よ! あ、でも、殺人とかは無理よ?」

「聖女にそんなことを頼むわけないだろ」


 ランは呆れた顔をして言ったあと苦笑する。


「リンファの一生にかかわることだから、やっぱり思い出さなくていい」

「わたしの一生? 子供の時の話だったとしたら、結婚の約束、とか?」


 女の子同士だと思っていても「お嫁さんになって!」と言われていたら「いいよ」と答えていた可能性が高い。


 そして、それは当たっていたようで、ランは長い足を組みかえて言う。


「リンファにとっては、大した約束じゃなかったんだろ」

「ごめんね。でも、七歳児の記憶と十歳児の記憶を一緒にしないでよ。それに、わたしはあなたを女の子だと思ってたんだから」

「指切りまでしたのに」

「ごめんなさい!」


 両手を合わせて謝ると、ランは小さく息を吐いてから、頭を下げてくる。


「俺もつまらないことで拗ねてごめん」

「ランは十年も忘れずに覚えてくれていたのに、忘れてしまっているわたしが悪いわ。許してくれてありがとう」

「……リンファは、やっぱり聖女なんだな」


 ランが苦笑するから首を傾げる。


「そうかしら? あなたが真剣に怒っていたから悪いと思っただけよ。わたしが覚えているあなたは、真面目で優しかったから、それだけ傷つけてしまったんだとわかるもの」

「褒めても何も出ないぞ」

「王子様に見返りなんか求めないわ」


 笑うと、ランも笑顔を見せてくれた。


 一見、冷たく見える彼だけど、笑顔は気持ちが温かくなるくらいに可愛くて、昔の彼を彷彿させた。


「ところで、リンファは本当にアウトン国から追い出されたのか?」

「ええ、そうよ。必要ないと言われたの」

「聖女を必要ないだなんて言う奴がいるのか」

「普通はそう考えるわよね。でも、サウロン陛下や、アウトン国の元老院はわたしは必要ないという考えなのよ」

 

 サウロン陛下からされた話をランに話すと、彼は眉根を寄せた。


「何を考えてるんだ」

「でしょう?」

「……リンファに見せたいものがある」

「何かしら」


 ランは、黒色の上着のポケットから手紙を取り出した。


「これは一通目の手紙だ」

「一通目?」

「ああ。本来なら、聖女の身の振り方は、国際会議を開いて決めるものなんだが、アウトン国はそれを守らずに、勝手にリンファを追い出した」

「そう言われてみればそうよね。わたしはアウトン国だけの聖女じゃないんだもの」


 自由気ままに動ける立場ではないのよね。


 納得していると、ランは話を続ける。


「リンファの家に届いたものを、君の御父上がこちらに転送してくれたんだ」

「私に先に見せても意味がないものね」

「とにかくサウロン陛下からの手紙を読んでみてくれ」

「わかったわ」


 ランから手紙を受け取って目を通してみると、そこには驚くことが書かれていた。



『怠慢な聖女にチャンスをやろう。今すぐ、アウトン国に戻ってくるように、お前の出番である』


 その文面を読んだところで、怒りがこみあげてきて、声を上げそうになってしまった。


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