5 女の子だけなんだけど
実家に帰り着いた日は、昼の間は家族水入らずでのんびり過ごし、夜は家族と使用人だけが参加するパーティーを開いてもらった。
わたしが小さい頃に大好物だった食べ物を覚えてくれていた料理人がいて、懐かしい人や美味しい料理に囲まれて、幸せな一夜だった。
お嫁にいったお姉様も帰ってきてくれて、初めて義理のお兄様にもお会いした。
そして、お姉様のお腹には新しい生命が宿っているのだと教えてくれた。
「教えてくださっていれば、私から会いに行きましたのに」
「何を言ってるの。リンファは聖女様なのだから、本来なら、こんな風に親しげに会話することだって許されないのよ? だから、私から戻って来なくっちゃ」
「リンファ様に会いたがっている人達はたくさんいますから、僕達の家にリンファ様が来られたら、あなたに会いたいと言う方が押し寄せてくるに決まっています。そうなると、リンファ様は一歩も外に出られなくなり、ご実家に帰れなくなると思いますので」
「……そんな大げさな」
なんて、その時は笑っていたのだけど、実際、お義兄様の言っている事は当たっていた。
次の日の朝、私が実家に帰ってきたと聞きつけた貴族から、数えきれないくらいの手紙が届いていた。
大きな木箱の中には手紙で埋め尽くされていて、すでに三箱もあった。
メイドから、危険物などが入っていないかを魔導具で確認してから、私に渡してくれると言われた。
――あんなにたくさんの人に会うだなんて無理だから選別しないと。
久しぶりに家族でとることになった朝食の席で、お母様が言う。
「手紙がたくさん来ているから、誰に会いたいかはリンファが決めれば良いと思うけれど、まずは、ランディス殿下にお会いしたらどうかしら? ずっと、あなたのことを気にしてくださっていたから」
「ランディス殿下?」
どんな方だったか思い出せなくて聞き返すと、隣に座っているお兄様が、何だかニヤニヤした笑みを浮かべる。
「セーフス国の第二王子殿下だよ」
「お兄様、悪い顔になっていますよ」
「いや、リンファの言葉を聞いたら殿下はどんな顔をするだろうと思って」
「どういうことですか?」
「殿下はリンファのことを忘れた日なんかなかったのに、リンファは忘れてしまってるんだから、女性とは冷たいものだなぁ」
「リンファ、あなたがいない間に、お兄様は複数の女性にフラれているの」
「母上、その話は自分の口から話すと言ったじゃないですか!」
お兄様が涙目になって叫んだ。
そんなお兄様を見てクスクス笑いながら言う。
「お手紙にはそんなことは書いてありませんでしたけど、お兄様にも色々とあったんですね。ぜひ、お話を聞きたいです」
「良い話じゃないけどな。とにかく、リンファ、お前は聖女様だから、セーフス国の王家にも戻ってきたことを連絡しておいたほうが良いと思う。王城に行けば、絶対にランディス殿下はお前に会いにくるはずだよ」
自信満々にお兄様が言うものだから、お父様にお母様、それからお姉様を見ると、三人共、首を縦に振った。
「わたしが小さい頃にお会いした方よね? わたしが覚えているのって、ランっていう女の子だけなんだけど」
呟くと、わたしとお義兄様以外は、なぜか納得したような顔になった。
◇◆◇
朝食後、すぐにセーフス国の王家に向けて、帰国した旨の手紙を魔法で送ってもらうと、返事の手紙ではなく、迎えの馬車がやって来た。
わたしを迎えに来てくれた馬車の中には男性が乗っていて、その男性が馬車から降りてくると、迎えに出ていた人達全員が頭を下げたので、わたしも慌てて頭を下げた。
「突然、おしかけてしまって悪い。父上が今すぐに、リンファに来てもらうようにと言うから迎えに来た」
お父様に話しかけた男性は、切れ長の目をした整った顔立ちの若い男性で、艶のある黒髪の短髪に、紅色の瞳がとても綺麗な人だった。
雰囲気がどこか、わたしの昔の友人のランに似ていた。
――そういえば、ランの名前って、本当にランだったのかしら?
ふと、そんな疑問がわたしの脳裏をよぎった時だった。
お父様と話をしていたランディス殿下が、わたしの方に顔を向けて、笑顔になった。
「リンファ! 久しぶり! 変わってないな」
「――は」
はじめまして、と言おうとしたけれどやめた。
明らかに、ランディス殿下はわたしの事を知っている。
そして、朝食時のお兄様のニヤニヤや、お父様達の反応を思い出すと、わたしが間違っていたのだとわかる。
元々、ランと知り合ったのはお兄様が学園で仲良くなって、家に連れてきてくれたからだった。
――ということは…。
女友達だと思っていたランは男の子で、この国の第二王子だったということを、今、初めて知った。