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二度目の春  作者: 理春
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第8話

夕陽と二人で家に帰って、何だかまだ落ち着かない気持ちのまま、お風呂上りにスマホを眺めていると、察したのか彼はそっと俺の隣に座った。


「か~おる。・・・晶さんを自分のお姉ちゃんみたいに気にしてんなぁ?」


夕陽はこつんと俺と頭をくっつけて、おでこにキスした。


「そうかも・・・。産まれたらすぐに報告ください、なんて厚かましくて言えないからさ・・・妙にこっちが緊張しちゃうよね。」


「うん・・・まぁでもよくあることだよ。早めに産まれる子もいれば、遅く産まれる子もいる。ホントに性格が出るんだよ。おっとりされてる晶さんに似てるんじゃないかな。」


「そっか・・・。ちなみ夕陽は早かったの?遅かったの?」


お母さんが元助産師である夕陽は、当然自分の話は散々聞かされたと言っていた。


「俺は予定日前日だったらしいよ。ゆっくり陣痛が来て、何時間かかけてさ、夕方頃に産まれた。」


「・・・そっか・・・だから夕陽なんだね。」


俺がそう言うと、彼は幸せそうに顔をクシャっとして微笑んだ。


「そうだよ?前も話したような・・・。」


「ふふ・・・そうだよね。・・・じゃあその・・・朝陽さんは朝に産まれたから?」


夕陽の妹である朝陽さんは、一昨年の夏に交通事故で亡くなってしまっている。

けど今年こそは命日に一緒にお参りしたり、色々手伝いたくて、わざとらしく話題を避けることもしたくなかった。

夕陽は特に顔色を変えずに言った。


「ああ、そうだよ。朝陽は~・・・確か夜から陣痛が来て、朝方になった頃に・・・って母さん言ってたかな。まぁでも・・・あれだよ、先に産まれた俺に名前を合わせようとしたんだろうけど、ちょっと悩んだらしいなぁ。」


「そうなの?」


夕陽は苦笑いしながら、頬をポリポリとかいた。


「ほら・・・苗字が朝野だからさ・・・朝野 朝陽って・・・漫画のキャラみたいじゃん?」


「あ~・・・そうかもね。でも・・・普通に可愛らしい名前だよね。」


「まぁな・・・。でもまぁ結局、女の子は結婚したら苗字変わるじゃん?だからいいかなって思ったらしいわ。」


「・・・なるほど、そっか・・・。」


喉が渇いたのでお茶を淹れにキッチンに立ちながら思った。


確かに女性は結婚すれば苗字を変えるチャンスがある。

でも・・・朝陽さんは女子高生の時に亡くなった。結婚するということは叶わなかったんだ。


「夕陽・・・あの・・・本人も名前のことってそんなに気にしてらっしゃらなかったのかな。女の子って名前でからかわれたりしたらあれだし・・・でもきっとそういうことなかったんだろうね・・・」


冷やしていた緑茶を冷蔵庫から出しながら、グラスに夕陽の分も注いで彼を見ると、まるで聞こえていないように焦点も定まらずボーっとしていた。

その様子を見て途端に怖くなった。暗く落ちた夕陽の瞳が何も映していなくて、俺は慌てて彼の元へ戻った。


「夕陽ごめん・・・ごめんなさい。」


俺が駆け寄って隣に座ると、夕陽はハッとしてまたいつものように俺を見た。


「ん?何が?ごめん、聞いてなかったかも・・・。」


「・・・あ・・・えっと・・・何でも・・・」


どうしてもデリケートなことを、どう触れていいものか悩んでしまう。

迂闊なことを言って、思い出させたりして、夕陽を傷つけたくない・・・。

俺が俯いていると、夕陽は俺を抱き寄せて頬にキスした。


「な、薫・・・自分の気持ちは何でも言ってくれていいんだよ。大丈夫だから。」


「・・・あの・・・夏になって・・・朝陽さんの命日がきたら、俺も一緒にお参りしに行きたい。」


震えそうになる声を抑えながら目を見て言うと、夕陽は少し黙って見つめ返してから、またいつもの優しい笑顔になった。


「うん・・・ありがとな。」


「ゆ・・・夕陽・・・」


「ん~?」


「夕陽が俺にそうしてくれるように、同じくらい気持ちを共有してほしい。夕陽は・・・優しいし気遣いが出来るから、俺を甘やかして安心させてくれるから、ついつい自分のことを後回しにしてると思う。夕陽が俺と一緒にいるためにしてくれてるたくさんの努力に見合うくらい、俺も夕陽と一緒にいられる努力をするから・・・。だから・・・寂しいとかつらいとか・・・漠然とした不安とか・・・何か溜まってるストレスとか、そういうものがあったら教えてほしいし、話してほしい・・・。」


自分の気持ちを伝えきると、夕陽は大事そうに俺の手を握って指を絡めた。


「ありがとう・・・。薫は十分に一生懸命尽くしてくれてるよ。」


夕陽はそう言うと、ゆっくり瞬きしてまた暗い視線を落とした。


「俺が共有出来る気持ちってのはさ・・・どろどろしたどうしようもない愚痴とか、懺悔とか・・・そういうのだよ。そんなこと考えても仕方ないこと。例えば・・・・朝陽が死んだ日・・・・俺・・・・最後どんな会話したのか、思い出せないなぁとか・・・そういうこと。」


「うん・・・」


「人間ってホント都合良いよな?目の前にある幸せに胡坐かいてさ・・・。仲のいい家族・・・当たり前に朝食を作ってくれる母親がいて、当たり前にいってらっしゃいって言ってくれる父親がいて・・・『お兄ちゃん早くして~。』って一緒に登校するために急かす妹がいて・・・そんな日常の中の愛情ある会話がさ、俺の家庭だった。」


「うん」


「いつまでも続くって思ってたわけじゃないけど・・・そんなこと意識して過ごしてなくて・・・突然奪われて、突然幸せが無くなって・・・そういうことが起こりうるのも日常なのに・・・知りたくなかったなぁ・・・って。でも可哀想なのは死んじゃった朝陽なんだよ。愛娘を亡くした父さんと母さんなんだよ。俺じゃない・・・。」


「・・・どうして?夕陽も同じくらい朝陽さんを愛してたんだから同じだよ。亡くして悲しいって思う気持ちに、上も下もないよ。ずっと傷ついてるのに、俺よりも・・・って考えることないよ。」


夕陽は無理やり切り替えるような笑顔を見せて、また表情を歪めてその目いっぱいに涙をためた。


「そうかもな・・・。俺さぁ・・・ずっと朝陽が死んでから、死人みたいに毎日を生きてたんだよ。偏差値そこそこの地元の高校に行ってたけど、高3の夏に朝陽が死んで・・・その夏休みから、死に物狂いで・・・寝食忘れて勉強したんだ。他に何も考えたくなくて・・・。受験勉強に明け暮れなきゃ、生きていられなかった。苦しそうにしてる親を見てるのもつらかった。挙句の果てには体調崩してぶっ倒れてさ・・・まぁ二人に怒られたけど・・・。そっからはちゃんと規則正しい生活しながら勉強してたんだよ。そしたらさぁ・・・成績爆上がりして・・・テストで5教科全部9割以上獲れたんだよ。」


夕陽はこぼれた涙を適当にふきながら無理して笑った。


「そうなんだ、すごいね。」


「ふふ・・・それでも薫の学力の足元にも及ばねぇだろうけど・・・。せっかくなら国立目指すかって思ってさ、父さんと母さんに相談して、法学部に入ることにした。・・・朝陽の事故のこともあって、法律のことちょっと気になり始めてたからさ・・・。まぁいいとこ就職出来たらそれでいいやって思ってんのもあるけど。んでも大学に入っても一月くらいはさ・・・マジでどんな感じで通ってたか全然覚えてない。慣れるために必死だったのかもしんないけど、それ以上に・・・自分が受験合格して、無事大学生活を手に入れられてさ・・・俺はこれからも、朝陽が叶えられなかったことを叶えて大人になっていくのかよって・・・。」


「うん・・・」


「そんな時だよ・・・薫を初めて講義室で見かけたの。」


夕陽は少し照れくさそうに笑って、俺の頬を指で撫でた。


「な~んか・・・可愛い子がいんなぁって目についてさ・・・。もちろんちゃんと男だってわかってたけど、それからず~~~っと薫のことばっか考えてた。まだ名前も知らないのに・・・話しかけたいな・・・どんな声で話すんだろ・・・どんな子なんだろって。」


「ふふ・・・そうだったんだ。」


「そうだよ~?薫に夢中だったよ、話しかける前から。自分でもそんな一目惚れっていうか・・・そういうきっかけの恋したことねぇから・・・戸惑ってた。けどさ・・・たまたま同じ学部にいて同い年で、たまたまが重なってんのにひよることねぇだろって自分に言い聞かせて・・・そっからだよ。俺と薫のラブストーリーが突然に始まったわけよ。」


夕陽はふざけるように言いながら、甘えて俺に抱き着いた。


「ふふ・・・夕陽大好き。」


彼はぎゅ~っと力いっぱい抱きしめて、またぐすっと鼻をすすった。


「これ以上泣かせんなよぉ・・・。」


これからも永遠に夕陽の居場所になりたい。

温かくて優しい彼が、傷つかない世界を作ってあげたかった。



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