第6話
スマホを開いてメッセージを確認すると、それはとても簡潔にこう書かれていた。
「私がお父さんに薫さんと朝野さんの話をしたら、話したい事があるから電話を繋げてほしいって言われたのですが、都合がつく時間聞いてもいいですか?」
「えっ・・・」
島咲さんが俺たちに?
頭の中が?で溢れて、特に予想もつかないので、夕飯前で今は時間があるし、そのまま小夜香さんに手が空いている旨を返信した。
すると数分後に今からかけてもいいかと連絡が来たので、了承してソワソワした気持ちを抑えながらスマホを眺めた。
そしてパッと画面は着信画面に切り替わって、ドキ!っと跳ねた心臓を落ち着かせるように息をついて、そっと画面をタップする。
「も、もしもし・・・」
「柊くん、突然すまないな・・・。」
「い、いえ・・・こんばんは。・・・えっと、それでどういったご用件で・・・」
「・・・実は柊くんと朝野くんが、美咲くんが育休に入るために、近々バイトがなくなることを知ってな」
「・・・あ・・・はい・・・あのでも・・・特に島咲さんが気に病まれることでは決してありませんので・・・」
「まぁそれはそうなんだが・・・もし美咲くん宅の仕事が全て終わったら、折り入って頼みたいと思うことがあって、電話で伝えようと思ったんだ。」
「頼みたい事・・・?バイトですか?」
「まぁそうなるな。けれど週に何度も頼むようなことじゃなくて、そこまで君たちにとっては稼ぎになるいい話ではないんだ。」
それを聞いてチャンスだと思った。
自分の部屋からリビングに戻った夕陽は、ソファで畏まって電話をしている俺を不思議そうに見ていて、俺もチラリと彼を見た。
すると夕陽は小首を傾げてニコリと微笑む。
「あ、あの、ちなみに詳細はどういった内容でしょうか。」
「実は週に一度か二度・・・曜日は特に指定しないんだが、ハウスキーパーに来てもらいたくてな・・・。」
「ハウスキーパーって・・・所謂お手伝いさんですか?」
「ああ、美咲くんのうちでしていた仕事をそのまま頼みたいと思った。というのも・・・うちはそれなりに部屋数があって掃除する場所も多いんだが、小夜香は平日は学校に行って家では勉強していて、週末は最近咲夜くんのうちへ泊りに行っているんだ。今年3年生で受験時期だし、家事や炊事を気にせずに勉強に集中させてやりたくてな。その分俺がやればいい話なんだが、何分今までの仕事と同時進行で、開業の準備もしていてなかなかに忙しいんだ。・・・それで柊くんたちの話を聞いたんで、良かったら頼めないものかと思い至った。」
「なるほど・・・そうだったんですね・・・。」
俺が集中して島咲さんの話を聞いていると、夕陽は飲み物を淹れたカップを持ってきて、そっと俺の近くに腰を下ろした。
とりあえず提案を聞くことは出来た。後は自分が無理なく出来るかどうかを、慎重に考えたい。
「あの、お話はわかりました。すぐにお返事出来なくて申し訳ないんですけど、夕陽と話し合ってからまたご連絡差し上げてもよろしいでしょうか。」
「ああ、もちろん構わない。聞いてくれてありがとう。」
「いえ、こちらこそわざわざお気遣いいただきまして、ありがとうございます。ではまた小夜香さんの方にはなりますけど、ご連絡させていただきます。」
島咲さんは丁寧に言葉を返して電話を切った。
なんというか・・・元財閥の当主と思えない程、腰が低くて丁寧な人だなぁ・・・。
通話を終えて、小夜香さんにまたお返事するタイミングで連絡を差し上げる旨を送り、ふぅと緊張の糸が切れてソファにだらっと体を預けた。
「どうした~?誰から~?」
夕陽は改めて俺の隣に座って俺の肩を抱いた。
俺は島咲さんに提案されたハウスキーパーの件を説明した。
「なるほどな。俺は全然問題ないと思うよ。」
「うん・・・ただその、夕陽は塾講のバイトを見つけてたみたいだし、そこまで頻繁にお願いされるバイトでもないと思うからさ・・・俺一人で行ってみたいんだけど・・・どう思う?」
夕陽は俺をじっと見て、視線を動かして少し考え込んだ。
「そうだなぁ・・・。俺は薫が身体的にも精神的にも無理なく、自分のペースで働ける仕事ならいいと思ってる。聞いた限り島咲さんは美咲さんたちと親しい間柄みたいだし、何より俺は小夜香さんをちょっと知ってるし・・・良い人なんだろうなっていうのはわかるから、薫の症状とかを理解した上でお願いしてくれてるなら、大丈夫かなぁとは思う。」
「うん。俺も島咲さんとは2回ほどお会いして話したことあるし、信頼出来るいい人だと思うよ。」
俺がそう言うと、夕陽はわずかに不服そうな顔をして、またふっと微笑んだ。
「なら・・・大丈夫かな?仕事の詳細を聞いてみて、薫のことを話してみて、万一薫がしんどい状況になった時、俺が居なくても対処してくれる感じなんだったら、働きたいっていう薫の意志を尊重するよ。」
「うん・・・ありがとう夕陽。」
ニッコリ微笑んだ彼にそっと抱き着いた。
「夕陽大好き・・・」
「ふふ・・・俺も~~大好き~~♡あ~・・・頬が緩む・・・。」
夕陽の暖かい胸の中でぎゅっとされながら、耳元で聞こえる鼓動さえも愛おしく感じた。
「ね・・・さっきちょっとだけ不満そうな顔したでしょ。」
そっと顔を上げて問いかけると、夕陽は自覚がなかったようにポカンとした。
「え?いつ?」
「島咲さんの話をした時だよ。」
すると夕陽はスンと眉を下げた。
「あ~・・・まぁ・・・あれだろ?薫具合悪かった時、車で送ってもらったことあるって言ってたし、後・・・買い物の時か・・・。んで~・・・薫さ~・・・カッコよかったって言ってたじゃんか~~。」
「そうだね。」
「知ってるよ?俺だって・・・三大財閥の元当主なんだからさ、ネットで検索したらいくらでも画像は出てきたから、めちゃくちゃにイケメンだったわ。おまけに外科医だっけ・・・あんなどっからどうみてもカッコイイ人がさぁ・・・薫と二人っきりでいたりすると俺だってさ~~・・・不貞腐れるわけよ。」
「そうなんだ・・・。でもあれかな、おうちにハウスキーパーしに行ったら、小夜香さんが居らっしゃらない時に伺うわけだし、家で二人っきりにはなるのかもね。仕事してる間は関わらないと思うけど・・・。」
夕陽はそっと俺のおでこにキスして、ニヤリと笑った。
「わざと俺に焼きもち妬かせようとしてんな~?」
「ちょっとだけね。でもたぶんそうなるよ。」
「どうなんの?」
「焼きもち妬くことにはなるよ。でも別に不安にさせるつもりないよ。」
「ふ・・・急にイケメンなこと言うじゃん。」
「そう?当たり前だと思うけど・・・。カッコイイ人がいる空間で働ける~ラッキー色目使っちゃお~って俺が思ってるとでも思った?」
「全然思ってない。でも薫が意図してなくてもさ、ドキっとしちゃうだろうなぁって思う。」
「しないよ。夕陽だったらするの?可愛い子がバイト先にいたらさ・・・」
「・・・しない。」
「ちょっと間があった~。」
「ちょっと想像してからのしない、だよ。あ~可愛い子だな、くらいだよ。そこに何の感情も生まれない。」
「俺ももちろんそうだよ。俺たちはもうそんなことでお互いを疑ったり、不安にさせたりする仲じゃないでしょ?」
何だか前も似たような会話をしたなぁと思いながら言うと、夕陽はいつも通り安心した笑みを見せた。
「ふふ・・・だな・・・。それが心底嬉しいんだよホントに。でもさっきは仕事の話だったからさ、無意識に嫌な顔しちゃったのかもしんないけど無自覚だったわ。ごめんな?」
「いいよ、俺は焼きもち妬いてる夕陽が可愛いから聞いただけだし♪」
そう言ってまた抱き着くと、大きな手でぐりぐり頭を撫でられた。
「やっぱそうかよ~~も~~可愛いから全部許しちゃうんだぞ・・・それすらわかって言ってるんだろうけどな!」
幸せそうにする夕陽に癒されながら、また美咲さんからの繋がりで、お世話になってしまう人が増えちゃったなぁと思った。
でもまぁ頼りにされるのは嬉しいことだし、誰かの役に立てることなら恩返しにもつながるだろう。