第40話 (最終話)
それからちょうど1年が経過した。
何とか2回生の単位も取り終えることが出来て、その後俺と夕陽は無事、3回生へ進級していた。
そしてまた、夏休みが明けようとしている9月下旬頃・・・
「か~お~~る~~~♡」
いつものようにリビングのソファで、イチャイチャしながら甘えてくる夕陽を抱きしめて、キスをして、食べられそうになりながら、また微笑み合った。
「あのさ、再来月の付き合って2年記念日くらいにさ・・・父さんから貰ってた、旅行券使って泊まりに行こっか。」
「あぁ・・・そうだね、そういえば今の今まで忘れちゃってたや、頂いたもの・・・」
「ふふ、だろ?俺はず~っとどのタイミングかなぁって考えてた。・・・去年でもよかったんだけど、まだまだ学業に復帰した薫が、精神的にしんどそうだったからさ、遠出はちょっと負担かなぁって。」
「そっか・・・ありがとう。」
「へへ・・・。」
相変わらず幸せそうに頬を緩める彼は、また俺に埋まるように体中にキスを繰り返した。
最近は休みの日に、島咲さんちへ家事手伝いをしに行けるようになった。
3回生の秋ともなれば、皆就活を始める時期になっているけど、日下先生や夕陽とも相談して、とりあえず就活は見送ることにした。
夕陽のお父さんやお母さん、咲夜や美咲さんたちにも、これからについて少し助言を求めたりして、最終的に自分で下した答えとしては、
資格の勉強やバイトをしつつ、自分のペースでやっていける仕事を考え直そうという考えに至った。
ありがたいことに、家賃を免除してくれている美咲さんがオーナーのマンションに、引き続き住まわせてもらっていて
夕陽の両親から仕送りをもらいながら、自分の出来る範囲のバイトしかしていない。
夕陽はというと・・・いくつかインターンに行く会社を絞ったり、説明会に出向いたり、就活をスタートさせていて、時々俺から離れて出かけていくことが多くなった。
けど今は・・・夕陽が四六時中側にいなくても、取り乱したりすることはなくなっていた。
もちろんそれでも不安はあるので、いつでも夕陽や日下先生に連絡出来る体制を整えていて、俺自身、疾患の経験者である晶さんや、島咲さんから助言を受けたり、一緒に病気の向き合い方を話し合ったり、知識を重ねてきたことにより、去年より格段に症状は緩和してきていた。
何より助けになってくれたのは、高校生の頃から精神科医を目指して、医学部への入学を果たした小夜香さんだった。
参考になる書籍を貸してくれたり、症状の緩和のために対話を重ねてくれて、それはもうほとんどプロの医師と遜色ないレベルにも関わらず、彼女は無償で親身になって俺の症状に向き合ってくれた。
さすが島咲一族というべきか・・・小夜香さんの知識量と、患者への向き合い方や、的確な助言は、お父様と同じく、医者としての天性の才能を感じずにはいられなかった。
「ありがとうございます、小夜香さん」
島咲家にて、また新しい書籍を手渡されて礼を言うと、彼女は可愛らしい笑みを見せた。
「ふふ、薫さん相変わらず私への敬語、治らないんですね。」
「・・・あぁ・・・えっと・・・・癖みたいなもので・・・」
「うん、その方が薫さんが自然で、らしさならそれでいいんです。」
残暑が厳しいこともあってか、以前顔を合わせた時にも気付いたことを、彼女に投げかけた。
「あの・・・小夜香さん、具合悪いですか?」
「え・・・」
化粧をしている女性の顔色は、そこまで変化に気づけないものだけど、何となくいつもと違うような気がしてならなかった。
「・・・・えっと・・・大丈夫です。」
小夜香さんにしては珍しく、笑顔で誤魔化して流そうとしていた。
「・・・そうですか・・・」
言いたくないことを無理に尋ねることも出来ず、もしかしたら生理かもしれないし、それ以上の言及を避けた。
そして帰宅して夕飯の支度をしている頃、夕陽が帰ってきて他愛ない今日の話を報告し合っていた。
「・・・・」
「薫どしたぁ?」
エプロン姿の俺を後ろからハグする夕陽は、甘えるように耳にキスを落とした。
「ん~・・・・ちょっと小夜香さんが、具合悪そうだったんだよね・・・」
「え・・・そうなのか?まだまだ暑いし・・・夏バテかな?」
「かなぁ・・・」
そこまで気にかけることでもないかもしれないけど、親子でとてもお世話になっているので、咲夜の心配性が移ってしまった。
その時徐にスマホから着信音がして、菜箸を置いてテーブルの上のそれを取ると、咲夜の名前が表示されていた。
「もしもし」
「よ、今大丈夫?」
「・・・うん・・・」
「・・・ん?何?まずいならかけ直すけど・・・」
「ううん、大丈夫だよ。どうかした?」
「いや、まぁ・・・小夜香ちゃんから時折話は聞いてるけど、久しく会ってないから元気かぁ?っていう伺いの電話かな。」
「・・・えぇ?咲夜そんなこと気にするんだ・・・」
「は?お前俺を何だと思ってんの?連絡取ってねぇなぁって友達の心配くらい、俺だってするわ。」
ムッとした咲夜の様子が伝わってきて、何だかちょっと笑ってしまう。
「ふふ、ごめんごめん。最近は不調も少なくて、眠れてるし元気だよ。それもこれも、島咲さん親子のおかげでもあるけどね。」
「ふ・・・まぁあの二人はなぁ、ホント世話焼き一族なんだよ。更夜さんは晶にも美咲にも、我が子同然に気にかけてくれてるし、まぁ俺ら小さい頃から面倒見てもらってから、今更だけどな。」
「そうなんだ・・・。皆まとめて兄弟みたいに育ってきたんだね、やっぱり。」
「まぁな。・・・・朝野くんは?変わりない?」
「うん、咲夜の電話にいちいち焼きもち妬かなくなるくらい、余裕はあるよ。」
洗面所で手を洗う夕陽をよそに、冗談めかしに言うと、電話口で咲夜の笑い声が聞こえた。
「ははっ!それは安心したわ。」
「あ・・・あのさ、ところで・・・」
「あ?」
「ん~・・・先週お会いした時と、今日会った時も思ったんだけどさ・・・小夜香さん何だか、具合が悪そうだったけど・・・・大丈夫かな。」
咲夜は今年の春から小夜香さんと同棲しているし、変化に気付いていないことはないと思うけど、一応尋ねておくことにした。
「・・・・あぁ・・・・ふふ・・・ふぅん・・・お前そういうの気付くのか。」
「えぇ?どういうこと?」
「ふ・・・女性の体調の変化に敏感だったりするのかぁっていう意外性を感じてんだよ。」
「何それ・・・」
「はは、さっきのお返しだよ。・・・ま、大丈夫だよ。俺や更夜さんがついてて、小夜香ちゃんの体調不良に気付いてないわけないだろ~?」
「・・・だったら尚更、改善されてないのは問題かと思うけど?」
「んだよ・・・そんなに小夜香ちゃん気にかけてんの?今度は俺が焼きもち妬く番だぞ?」
「もう!そんな冗談はいいよ。」
「冗談ではねぇんだけど・・・。も~・・・、察しろよ・・・」
「・・・えぇ?」
夕陽がリビングへ戻ってきて、ソファに座り込んで困惑する俺を、小首を傾げて眺めた。
すると咲夜は、黙ってため息をこぼす俺に、同じく仕方ないと言わんばかりのため息を返していった。
「ふぅ・・・まだ報告するには早いから、美咲にも言ってねぇの。・・・・小夜香ちゃん妊娠中なんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・えっ!!!!」
「うわっ!・・・・うるさ・・・ビビるだろ!」
「え・・・あ・・・ごめ・・・・。え・・・・あぁ・・・そ・・・・そっか・・・。」
「ふふ・・・。まぁ入籍するのは来年の春を予定しててさ、っていうのは前から変わってないんだけど・・・一足早く出来ちゃって。更夜さんももしかしたら気付いてるかもしれないけど、まだ蓮くん産まれて半年も経ってないし、あんまり気にかけてないかもな。」
「・・・・はぁ~~~そっかぁ・・・・そっかぁ・・・。えと・・・・おめでとう。」
「ふ・・・・んだよ・・・ありがとな。」
「あぁ、そっか・・・言うのが早すぎるって・・・まだ安定期じゃないから、ってことだね。」
「そうだよ、察して。」
「わかった・・・。聞かなかったことにするね。」
「ふ・・・・ふふ・・・無理だろお前。絶対ニヤついてるだろ。」
「え・・・ふふ・・・だって蓮くんの面倒も時々見させてもらってるけど・・・・鈴蘭ちゃんの時からだけど・・・赤ちゃん可愛いし・・・・楽しみになっちゃうね、お父さん?」
「ふふ・・・まぁな。」
そんな会話を終えて、通話を切り、俺の様子に待ち遠しそうにしていた夕陽にも、こっそり報告した。
嬉しい報せがあった、でもまだ言えない、と。
夕陽は察するのが早いから、なるほど・・・と呟いて、また幸せそうに微笑みながら抱きしめてくれた。
「ふふ・・・薫はさ・・・・家族がほしいなぁって・・・・子供とか・・・思ったりする?」
「え・・・・ん~・・・・どうかな・・・。まだリアルにそういうことは考えてないかな。夕陽と年齢を重ねて、もっと大人になったら思うかもしれないけど。出産する女性は大変だよなぁって、年相応に思う程度かな。」
「ふふ、そうだよなぁ。俺はまた・・・先走る薫との幸せライフの妄想が・・・駆り立てられちゃったわ・・・」
「あはは!そっか・・・。夕陽の気持ちはいつだって嬉しいよ?」
またぎゅ~っと夕陽に抱き着いて、お互いを摂取し合うように匂いを吸い込んで、今日も一緒に居られることを、心底幸せに感じていた。
終わり