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二度目の春  作者: 理春
36/40

第36話

夕陽の大学ノートを見つけた翌日

いつものように彼と朝食を食べて、一緒に家事をする幸せな時間を過ごしながらも、どうしても考え込んでしまう瞬間があった。

けど夕陽はきっとそんな俺を見逃さないだろうし、余計にどうしたんだろうと考えさせてしまうのはわかっている。

心配をかけてしまっていると、俺に感じさせることもないように、彼は気付いていてもあえて声をかけたりしない。


「か~おる♡コーヒーいる?紅茶?」


「・・・あ・・・うん、紅茶にしよっかな。」


「ん。」


今更何度目なんだろうってのもわかってる。

夕陽はこんな俺に度々「大丈夫だ」と言い聞かせてくれる人だ。

一度だって俺の不安に対して、ため息をついたことはない。


けどそれさえも、俺のせいで出来上がってしまった彼なんじゃないだろうかと思った。


あんなにびっしり書き込まれたノートを、ずっと書き続けていた。

きっとパソコンに書かなかったのは、一緒に課題をすることが多いから、俺の目に入れないため、気付かれないようにしていたから。

憑りつかれたような好きな気持ちに、夕陽は振り回されてるんじゃないだろうか。


俺は・・・夕陽のものでいいのかな・・・?


目の前のローテーブルに、湯気の立つ紅茶をそっと置いてくれる彼が、いつものようにソファの隣に腰かける。


「・・・薫は今何考えてるんだろうな~。」


一口紅茶を飲んで、ニッコリ俺に微笑む彼に、何と言ったらいいのか思いつかない。


「・・・・・」


しばらく黙り込んでいたけど、夕陽はそれ以上詮索することなく、俺の頭をそっと撫でた。

彼の優しい手の感触が心地よくて、無意識に涙がこぼれた。


「・・・薫・・・?」


夕陽はそっと頬に伝う涙を拭って、抱きしめるようにキスした。


ずっと一緒に居たいと、幼稚な気持ちで思いながら、そのまま何も深く考えずに生きていけたらいいんだろうか。

夕陽の暖かい鼓動と、腕の力を感じながら、自分の気持ちの制御を考えることも出来ない。


自分自身の不安じゃない・・・

夕陽の人生をこれからも巻き込み続ける覚悟が、俺にはまだないんだ。

彼が買って誓ってくれた婚約指輪に、自分の気持ちが見合ってないんだ。

夕陽だけを信じて、生きていこうと思ったのに。


「薫・・・あのさ・・・」


みっともなくすすり泣くことしかしない俺に、夕陽の低い声が聞こえた。


「出会ってからもう、1年以上経つわけだけどさ・・・俺去年より、薫のこと少しは解ってやれてると思うんだよ。」


「・・・グス・・・うん・・・」


「んでもまだ付き合って1年も経ってなくてさ、それなのに生き急いで結婚してほしいとか言っちゃって、プロポーズして・・・指輪買っちゃったんだけどさ・・・もしかして・・・薫にはそれ重かったりするかなって・・・。俺の独りよがりだったりするかなって。」


「・・・う・・・そんなこと・・・」


「薫は優しいからさ・・・。弱い自分を認めて、俺の手を離してあげなきゃとか、思っちゃう人だろ?・・・・・でももう・・・俺自身も弱っちい人間だって、薫もわかってくれてると思うし、何にも焦らなくていいって、島咲さんも言ってくれてたろ?・・・生きていく上で何度も心折れることはあるかもしんないけどさ、俺は・・・薫が居てくれる限り、何度でも頑張ろうってなれんの。だからさぁ・・・」


そっと体を離した夕陽が、目を真っ赤にして同じくらい涙をこぼした。


「何を思ってんのか・・・教えて・・・」


「・・・・あ・・・・その・・・・・」


「うん・・・・」


覚悟はどうやったら心の中にストンと落ちるだろう。

彼を守りたいと思ってたはずの自分が、何度も弱くなる気持ちに振り回されて、彼を手放そうとする。

島咲さんに言われた言葉を、少しずつ思い出した。


「夕陽の・・・・パートナーでいられる・・・・自信がまだなくて・・・・」


「うん」


「でも・・・・今日より・・・・明日は・・・胸を張って、夕陽の隣にいられる気持ちを持ちたい。」


「えへ・・・うん。」


「でもちょっとずつしか進めないんだ・・・」


「いいよ~?」


「・・・・夕陽あの・・・・」


「ん?」


「夕陽が書いてる・・・ノート見ちゃって・・・」


「ノート・・・?・・・あ~!薫のこと記録してるあれね。」


「うん・・・・。何か・・・いっぱいいっぱい夕陽に色々考えさせちゃってる気がして・・・」


「なるほど・・・。でもそれはさ・・・愛ゆえの俺の・・・その、薫が好き過ぎる故の趣味の延長というか・・・そういう気持ち悪い部分だから・・・気にしないでほしいけどな?」


「・・・・好き過ぎる延長・・・・」


「そだよ・・・」


夕陽はバツが悪い様子で頬をかいて、側にあったティッシュで鼻を噛んで、俺にも渡した。


「趣味・・・・あ・・・そうだ、夕陽」


「ん?」


「俺もあの・・・夕陽とのことをね?日記みたいに小説を・・・その・・・色々書いていこうかなってずっと書いてるやつがあって・・・」


「え、マジで?」


「その・・・かなりその・・・エッチなシーンも細かく書いちゃってて・・・部分的には官能小説みたいだけど・・・」


「え・・・是が非でも読みたい。」


目の色を変えて真顔になる彼を見て、何だか可笑しくなって笑ってしまった。


「ん・・・ふふ・・・・うん・・・・読んでほしいと思って・・・書いてたんだ・・・内緒で・・・」


「・・・薫あのさ・・・これは別に、俺が薫のこと好きだからとか、忖度してとかじゃない意見だから聞いてほしいんだけど」


「・・・うん」


「個人的に客観視して・・・前より人格が変わることも少なくなってきたし、落ち着いて来てるとは思うんだよ。でも薫の中で何度も何度も、不安と焦りを繰り返してるのも傾向としてわかってる。精神疾患が重なってるから、ひと月やふた月で、劇的に変わるなんてことはありえないし、少しずつしんどい歩みの中で、薫も俺も変わっていってると思う。」


「そうだね・・・そうだといいな。」


「・・・元の自分に戻りたい・・・とか、俺を護れるような強い気持ちを持つ人間になりたい・・・とか、薫の気持ちや決意を聞いてた時さ、あ~・・・もしかして薫は今まで、『こういう人になるんだ!』って目標を明確に立てて、そこに一心不乱に辿り着くまで、自分の気持ちが折れないように生きてきたのかな・・・って。」


夕陽の言葉に、自分でも驚くほど腑に落ちたような、的を射た意見に思えた。


「ほら・・・最初に出会った時は、弁護士になるために勉強してるって教えてくれたろ?お母さんが弁護士だからっていう理由も大いにあると思うけど・・・それも薫の中で指針にしたいことの一つだったんだよな?」


「うん・・・」


「薫はもしかして・・・・波に揺られるみたいに、身を委ねて何となく流れに任せて生きていく・・・みたいなこと、したことないんだろうな・・・。俺はわりと、中高生の頃、特に何にも重要なこと考えずに生きてた時は、流れに身を任せてた方なんだよ。もちろん空手も、勉強も自分の意志でやってはいたけど・・・。空手に執着心がないのはさ、何となくやってたからなんだよ。何となく出来ちゃったんだ。」


「・・・・・そう・・・なの・・・。何となく・・・日本一になるのすごいね・・・」


改めて感心しながら言うと、夕陽は苦笑して頭をかいた。


「まぁ・・・・試合で負けた相手には到底言えないようなセリフではあるな・・・。薫はぁ・・・一生懸命だったんだろうなぁ、小さい頃からさ・・・。」


甘えるように頭を預けてくっつく彼の癖っ毛に、スリスリした。


「俺はもう・・・薫と一緒にいるといっつも幸せで夢心地でさ・・・一生このままの時間が続けばいいんだ・・・これからは、一生薫と一緒だから・・・何も怖いことなんてないんだ、とか思ってんの。」


「うん・・・♡」


「薫を失いたくなくて必死だから・・・あんなノート熱心に書いてるんだよ・・・。意味があるかどうかとかじゃなくて・・・ただただ薫のことを書き連ねたくて・・・薫といるためにどうしていたらいいのか、頭の中整理したくて・・・。」


夕陽は次第に眠たげな声になりながら続けた。


「・・・傍から見たら、薫に対して盲目になってる・・・とも捉えられるのかもな・・・。でもさ、俺は周りの目なんて気にならない・・・。俺の人生は薫のもので、薫の隣で生きていくことが俺の人生なんだよ。薫の・・・話を聞こうと思ってたのに・・・自分の気持ちを言わなきゃって・・・自分の話ばっかしちゃうな・・・」


夕陽は俺の肩に頭をもたげたまま、またポツリポツリ・・・自分の幸せを口にして、やがてそのまま寝息を立て始めた。

ふわふわの髪の毛にまたスリスリして、ゆっくり深呼吸しながら夕陽の匂いを胸一杯吸い込む。


「そっか・・・・・。身を任せていいんだね・・・。夕陽と日常を生きることだけを・・・・望んでていいんだよね・・・・。」


静かにそう口にすると、また涙が滲んで、覚悟よりも強い幸福感に満たされていった。


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