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二度目の春  作者: 理春
34/40

第34話

よく見ると彼女の隣には、かつて見かけたことのある、咲夜の友達が一緒に座っていた。

何も言えずに数秒見つめ合っていたら、一緒に居た夕陽は二人に向かって会釈を返して、俺に声をかけた。


「薫、行こ。」


「あ・・・うん。」


また人込みの中を手を繋いで歩き出して、ようやく自分の緩んだ気持ちに気が付く。

不意に見かけたにしても、また夕陽の前で「リサ」という名前を口にしてしまった。


俺は何でこうも・・・


自分の至らなさを情けなく感じながら、黙って手を引く夕陽の背中に、何と声を掛けたらいいのか必死に考えた。

けどその矢先、呼び止める声が聞こえた。


「薫さん!朝野さん!」


二人して通り過ぎようとしていた屋台の側を振り返ると、笑顔で手を振る小夜香さんがいた。


「あ・・・こんばんは。」


一緒に居た咲夜も、気だるそうに手を挙げた。


小夜香 「こんばんはぁ!奇遇ですね。二人とも浴衣姿素敵!」


薫 「ありがとうございます。小夜香さんも・・・素敵ですよ、よくお似合いです。」


照れくさそうにはにかむ彼女に、寄り添うように立った咲夜は、俺と夕陽を交互に見やって言った。


「美咲からもらった浴衣でしょ?見立てバッチリだねぇ。」


薫 「うん、わざわざ似合うものを選んでくださったから・・・。恥ずかしくなく着られてるかな。」


帯に扇子を刺して、少し派手な帯締めを付けた咲夜は、美咲さんが言っていた専用の浴衣なのかもしれない、高身長とスタイルも相まってモデルのような風格を漂わせるほど似合っていた。


咲夜 「大丈夫だよ、綺麗に着られてる。朝野くんも・・・」


咲夜が夕陽をパッと見やると、彼は瞬間的に真顔になって、またすぐに貼り付けた笑みを見せた。


「・・・薫たちにまで遭遇するとは思わなかったけど・・・可愛い小夜香ちゃんに二人が見惚れるの嫌だし、それぞれデート楽しもうね。・・・じゃ。」


早々に会話を切り上げて小夜香さんの肩を抱く彼は、俺たちにペコっとお辞儀して、小さく手を振る彼女とゆっくり人込みへと消えて行った。

残された喧騒の中で、チラっと夕陽を見上げると、彼はいつもと違う何故か妙に落ち着いた大人っぽい笑みを浮かべた。


「薫、奥の方までいってみよっか。」


「あ・・・うん。」


また大事に手を繋いで歩くと、煌々と灯りを放つ屋台の上で、吊り下げられた綿菓子の可愛らしい袋の数々に目を奪われた。


「わぁ・・・」


「・・・買う?綿菓子。」


「えっ!・・・いやでも・・・ああいうのって小さい子用だし・・・」


「いいじゃん、こういうのは思い出だよ。俺もちょっと甘い物食べたいしさ。」


そう言って夕陽はさっと屋台に向かって、手早く綿菓子を購入した。

抱えられる程大きな袋を受け取って、何だか童心に返った気持ちになる。

夕陽は満足そうに俺の手を取って人並みから外れ、本殿から離れた場所までやってきた。

神社の人達もいない建物の裏で、じゃりじゃり歩く音を鳴らして、古びたベンチに腰を掛ける。


薫 「ふぅ・・・ここ涼しくて落ち着くね。」


「そうだな、休憩できる穴場だな。」


さっそく綿菓子の袋を開けてみると、大きくてふわふわで、ピンク色がぎゅうぎゅうに詰まっていた。


「わぁ!すごい・・・。初めて食べるかも。」


「あ、そうなん?まぁ今じゃ・・・綿飴ってあんま身近に売ってないか。・・・薫、あーんしてよ。」


「ふふ♡いいよ・・・はい、あ~ん。」


少しちぎった柔らかいそれを、顔を寄せる彼の口元へと運んだ。

パクっと俺の指も一緒に咥えた夕陽は、咀嚼する間もなく一瞬で食べてしまって、少しキョトンとしていた。


「ふふ!美味しい?」


「ん、美味い・・・。てかすぐ消えちゃうなぁ。当たり前か。」


同じくちぎって塊を俺の口へ持って行く夕陽は、一瞬何だか寂しそうな表情をしている気がした。

もぐもぐしてじっと見つめ返す彼に言った。


「・・・どうしたの?」


「ん~?・・・何でもないよ。」


「・・・・あの・・・」


さっきの一連の流れを思い出して、どう切り出そうものか考えた。


「薫、いいよ、謝らなくて。」


思わぬ先手を取られて、言葉に詰まる。


「『ごめん』なんて謝られたら・・・まるで薫が・・・未練あるみたいに聞こえるし・・・」


「いや・・ちが・・・自分の配慮の足らなさを謝りたくて・・・」


「・・・だったら尚更いいよ。悪気はないんだから。」


「悪気はないけど・・・でも・・・夕陽を嫌な気持ちにさせちゃった自分が情けないんだ・・・。」


「何でぇ?・・・嫌な気持ちになるっていうのはさ、俺が極度の焼きもち妬きだからじゃん。薫が今更・・・・・・・佐伯先輩や、高津先輩に対して、何か思う所があるとか、そんな風に誤解はしてないよ。」


「・・・・うん・・・」


「・・・俺が・・・気にならないように努力したらいい話なんだからさ。」


夕陽はそう言ってまた、綿菓子を一つまみ取って口に入れた。


「・・・朝陽も・・・この大きい袋に入った屋台の綿菓子ねだってさ、父さんに買ってもらってたの、思い出したよ・・・」


「・・・・そうなの?」


「うん・・・・。でも今は・・・薫と一緒に綿菓子食べて、祭りの雰囲気楽しんで、生き生きしてる薫を独り占めしてさ・・・幸せで仕方ねぇの。」


「・・・・うん。」


「そりゃ・・・・モヤっとはしたよ?・・・・んでも・・・薫の笑顔見たらさ、どうでもよくなんの。俺に笑いかけてくれてる薫が、隣にいてくれて・・・他の事なんてどうでもいいんだよ。そうだろ?」


そっと夕陽の顔が近づいて、胸がきゅっと絞まる想いを抱えながらキスを交わした。

舌が絡まって、一緒に食べた綿菓子の甘さが、体中に広がっていくような気持ちのいいキス。

息をついて唇が離れると、浴衣姿の夕陽が、一層に色っぽく見えて、カッコよくて・・・


薫 「俺も・・・・・」


「ん?」


「俺ももっと夕陽を独り占めしたい・・・。夕陽・・・もっと・・・」


浴衣の袖を掴んで、また唇を寄せると、夕陽の大きな暖かい手が頬に触れて目を閉じる。


「これ以上はダメ~。」


「・・・何で?」


「・・・んな・・・物欲しそうな目ぇされて・・・我慢出来る程紳士じゃないんだよぉ。」


ぎゅっと抱き寄せられて、夕陽の癖毛が首元をくすぐる。


「もぉ~・・・薫はさぁ~~・・・」


「夕陽・・・大好き・・・」


「コラ・・・・泣くぞ?メソメソしていいんか?」


「ふふ・・・だって好きなんだよ。夕陽が一番浴衣似合っててカッコイイよ。」


「・・・・んなこと・・・」


夕陽はスッと立ち上がって、手を差し出した。


「食べたいものいっぱい買ってさっさと帰ろ。俺の独り占めしたいってのは、浴衣姿の薫を、家の中だけで堪能したいってことだからな?」


「ふふ♪そうだね、買って帰ろう。」


自分の余計な気持ちを飲みこんで、俺のために気遣いを働かせて、気持ちを切り替えて俺の幸せを考えて・・・

自然に、もしくは努力してそうしてくれる夕陽を、大事にしたくてたまらない。

宣言通り次々に屋台を廻って、目についたものを買った彼は、足早に神社を出て帰路についた。


夕陽 「もっといっぱい色々廻りたかった?」


夜道を歩きながら申し訳なさそうに彼は尋ねた。


「ん~・・・たくさん廻るのはやっぱり疲れが溜まると思うし・・・全部廻りきれないだろうなぁと思ってたし・・・。何より雰囲気を楽しめて、夕陽と綿菓子食べて・・・ちょっと大人なキスしたっていう思い出が出来たから・・・十分だよ?」


「・・・・そっか。」


また少し照れくさそうにしながら、前を向いて歩く夕陽は、カランコロン一緒に下駄を鳴らしながら言った。


「言っとっけど・・・今夜は寝かさねぇからな・・・。」


不貞腐れたように言い放つ様に、次第に心臓が高鳴って、同時に繋いだ夕陽の手からまた熱が伝わって、俺まで恥ずかしくなってくる。


うちまでの道のりにこんなにドキドキするのは、彼に告白したあの夜を彷彿とさせたからだ。


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