第33話
夕陽と一緒に近くの神社へとお祭りに向かう当日、買い物帰りに二人で雑貨屋さんに寄り、生まれて初めて風鈴を買った。
「綺麗だねぇ・・・」
チリン・・・チリン・・・と清涼な音を時折ベランダで奏でる風鈴は、透明な丸いガラスに金魚の絵柄があしらわれている。
「涼し気な音だよなぁ。なんかばあちゃんちを思い出すな・・・」
「ふふ、夕陽は田舎のイメージなんだね。あんまり住宅街で付けてるお宅ないもんねぇ。」
「だな・・・。あのさ薫・・・お盆時期は母さんたちと実家に帰るし、薫も一緒に来てほしいんだけど・・・」
思わぬ提案に、どうするべきなのかと少し思案した。
「・・・ばあちゃんに薫のこと紹介したいしさ、婚約者だって・・・。父さんの実家は大阪だから、遠出することになるけど・・・。薫、新幹線とか大丈夫なら・・・。というか帰省してる間、薫を一人で残してくの嫌だしさ・・・。行かないならもちろん俺も行かないで、置いてったりしないけどな。」
そう言って夕陽はいつものように、隣り合うソファでぎゅっと抱きしめてくれる。
「ふふ・・・ありがとう・・・。もちろん行くよ。夕陽のご家族に・・・挨拶しときたいし。」
「へへ♪やったー♪んでもあれだぞ?気ぃ遣い過ぎて薫が疲れちゃったら元も子もないんだから、絶対体調面でも精神面でも無理はしないこと!多少予定がずれても問題ないし、父さんと母さんにも話しておくから。薫の無理のない予定を立ててもらえるようにって。」
「うん、ありがとう。どういう予定にして行くべきかは、また実家に帰ってお父さんたちと相談しよう。」
「ん、だな。」
気を取り直すように笑みを返すと、夕陽は一つ俺の頭を撫でてキスしてくれた。
「・・・浴衣姿の薫と出かけるんだって思うと・・・今からニヤニヤ止まんない・・・」
「ふふ、そんなに?」
「うん・・・。」
時間になって二人して準備万端に荷物を整えた。
暑い中歩き回る準備は怠れない。ただでさえ体調を崩しやすいから。
本来浴衣で外出となれば、鞄なんて持たずにほぼ手ぶらで出かけるものかもしれないけど、現代ではそうもいかない。
そう思いながら二人で何とか着付けの動画を見て奮闘しつつ、お互いの浴衣を整えながら着替えを終えた。
「何とか様になったかな!どう?夕陽・・・」
巻いた帯をしっかり貝ノ口結びにして振り返ると、夕陽は口元に手を当てて神妙な顔つきをしている。
「・・・ダメ?」
「いや・・・・・・・・・・・はぁ~・・・・・・・・・・やべぇ・・・・可愛い・・・・・・・・・・・」
可愛い・・・・
「そっか・・・。ちょっとカッコイイとも言ってほしかったけど・・・」
「えっ!!や・・・いや・・・・・カッコイイ・・・・・・・そうだな、女子から見たらたぶん、カッコイイと思う!」
「ふふ・・・。夕陽も似合ってて素敵だよ。」
紺色の落ち着いた色味と、スタイルのいい夕陽に似合う大柄が、年相応に爽やかさを演出していた。
「そ~お~?♪」
「うん、さすが美咲さんの見立てだね。」
「ふふ・・・薫もめっちゃ似合ってる。」
ぎゅっと抱き着いてさっそく甘える彼を、上目遣いで見上げると、時々見せる恥ずかしそうに口元を結んで目を逸らせてしまう。
「んな・・・可愛い薫を独り占め出来んだもんなぁ・・・。果報者だよなぁ俺。」
白地で格子柄のシンプルな浴衣は、小柄な自分にあまり身長を感じさせないちょうどいいものだった。
美咲さんは島咲さん程和服に詳しくないから、そこまで見立てに自信がないとおっしゃっていたけど、初めて着た俺たちは自然と背筋が伸びる気分で、清涼に着こなせていると思う。
「行こっか。」
照れた様子でまごまご言う夕陽の手を取って、いざ蒸し暑い外へと繰り出した。
「やっべ・・・・あつ・・・・」
玄関の鍵をかけた時点で低い声を漏らす夕陽に、思わず笑ってしまった。
「んふww暑いねw」
「何だよ~~w」
「汗かいてもふき取りシートあるし、冷たい飲み物もあるよ?飲む?」
「いや、まだ大丈夫。・・・それよりさぁ・・・」
エレベーターまで下駄を二人して鳴らしながら、薄暗く日が落ち始めた空を眺めた。
「知り合いに会っちゃったらどうする?」
「知り合い・・・咲夜と小夜香さんとか?」
「うん。先輩らは家近いはずだし、来る確立高いか・・・?」
「ん~・・・別に挨拶したらいいんじゃない?」
「・・・俺はぁ・・・可愛い浴衣姿の薫を独り占めしたいからぁ・・・先輩には会いたくないんだよ。」
口先を尖らせながら、そんなことを言うもんだから、またこっちまで頬が緩んだ。
「んふふ♡そっか、じゃあ見つけても声かけずに距離取ることにしようか。咲夜だって可愛い小夜香さんを独り占めしたいだろうから、話しかけられたくないかもしれないしね。」
「だな・・・。・・・そうだよなぁ・・・先輩って何となく似てるとこあんだよな・・・」
「ふふ、そうだね。でも恋人に対して一途なのはすごくいいことだよ?」
そんな会話をしながらマンションを出て、初詣の時に一緒に歩いたのを思い出しながら、いつもの神社へと向かう。
道中同じく祭りに向かうであろう若者や、家族連れが見えて、何だかワクワクした気持ちが増してくる。
夕陽と繋いだ手をぶんぶん振りながら歩いていると、彼は隣で度々ニヤニヤしながら俺に話しかけた。
「ふ・・・薫ウキウキしてんなぁ~♡可愛いなぁ~♡」
「・・・だって夕陽と浴衣着てお祭りデートなんて嬉しいんだもん。」
「・・・・・はぁ~~~~~♡」
夕陽は長めのため息を落としながら、繋いだ手に力を込めた。
「も~俺は今IQ2しかない・・・語彙力は失せたし・・・薫が可愛いしか考えられない。」
足取り重くなる夕陽をぐんぐん引っ張って歩いて、神社の近くまで来ると、お囃子の音が聞こえて、提灯の灯りが目に入ってくる。
「わ~~!!すごいよ!夕陽!みてみて~~!」
何度も訪れてるはずの神社は、夜だと雰囲気も変わり、黄色い明りに照らされた屋台が並んで、賑やかな人達の喧騒も、お囃子と一緒にBGMになっていた。
釣られて嬉しそうにする夕陽の手を引いて、俺たちは端から順に屋台を見て回った。
そして食べたい物を探しながら休憩出来る場所を探すために、神社の奥へと歩き進めていると、ベンチが並ぶテントの下から視線を感じてパッとそちらを見た。
「・・・・・リサ・・・・」
立ち止った俺に気付いた夕陽も、一緒にそちらを振り返った。
思わず名前を口にしてしまったことを後悔するよりも、かつて一緒に過ごした浴衣姿の彼女に、目を奪われてしまっていた。




