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二度目の春  作者: 理春
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第31話

島咲さんのうちへ辿り着いて、招き入れられた俺たちは、静かで広いリビングへ通された。

小夜香さんは留守のようで、元々親子二人暮らしでも十分に大きな家は、一層に静寂に包まれている気がした。

俺は手伝いで何度も来ているリビングだけど、案の定夕陽は、美咲さんのうちに初めて訪れた時同様、緊張した面持ちで出されたコーヒーに視線を落としていた。


「わざわざすまないな。」


向かいに腰かけながら、低く落ち着いた声が響いて、俺も夕陽もハッと顔を上げた。


夕陽 「いえ、こちらこそ・・・お忙しいのにお時間作っていただいて、ありがとうございます。いつも薫がお世話になってます、えと・・・・」


夕陽はちらっと俺に視線を向けて、見つめ返すと少し気恥ずかしそうに頬をかいた。


「えと・・・薫の・・・婚約者の朝野と申します。」


頭を下げた彼をじっと見つめる島咲さんは、落ち着かせるように優しい笑みを見せた。


島咲しまさき 更夜こうやという。ご存じかもしれないが、島咲家元15代目当主だ。今は一介の医者で、家の裏の診療所で内科、小児科医を勤めている。」


「・・・存じてます。お世話になるより前から、小夜香さん共々、何度か薫がお会いした際に、お気遣いいただいて、助けになってくれたみたいで・・・ちゃんとお礼申し上げたいなと思ってました。その節はありがとうございます。」


夕陽が軽くぺこっと頭を下げると、島咲さんはかぶりを振って、本題とばかりに切り出した。


「それで・・・改まって用件というのは?」


薫 「あの・・・」


俺は出来るだけ簡潔に、自分の精神疾患のことを含め、今までの夕陽との暮らしを伝えた。

以前日下先生と旧知の仲ということもあり、俺について伝え聞いていることが多かったためか、島咲さんは頷きながら静かに聞き入れて、時々質問をしながら理解を示してくれた。


「朝野くんと薫くんが望むなら、もちろん俺は構わない。美咲くんのうちでそうしていたように、出来る範囲の家事手伝いをしてくれたら、それ相応の賃金を払うつもりだ。」


「!・・・ありがとうございます。」


ほっとして思わず声が揃って、夕陽と二人で頭を下げた。

顔を上げると、島咲さんは何やら思案するように視線を外して、口元に手を当てていた。


「あの・・・?」


しばし黙っていたのでそっと声をかけると、またグレーの瞳にじっと視線を返されて、思わず息を飲んだ。


「・・・薫くん」


「はい・・・」


「現状君にとって優先されることは、心身ともに健康で過ごせる日々であると思う。本来なら親御さんの援助を受けながら学生生活を送るであろう年齢で、早くから独り立ちを強いられてしまっているなら、これから先の焦りも不安も大きいだろう。日下先生からある程度二人に関することは聞いているし、身寄りのない薫くんを支えるために、自分の生活形態を変えてきた朝野くんも、時には薫くんの精神安定のために、学生生活を離脱しなければいけなくなるやもしれん。」


夕陽も俺も静かに島咲さんの言葉に耳を傾けていた。


「だが大学生活は、あくまで人生の選択肢を増やす目的とともに、将来的な自身の方向性や、特性を理解し、興味あることに取り組み、理解を深め、社会に出る時、何を起点として仕事をこなし、活動していくか思案するための時間として費やされるものだ。逆に言えば、自分のやりたい事が明確に決まってしまえば、必ずしも卒業しなくてはならないというわけじゃない。けれど学生生活という貴重な日々で、交友を深め勉学に取り組み、思い出を作る時間は、大人になってから得られるものとは違う、尊いものだと思う。・・・何が言いたいかというと・・・二人の意思を尊重することは変わらないが、そこまで躍起になって、お金を得ることに一生懸命にはならなくていいと思っている。」


「・・・援助を受けて生きることが当前だって話・・・ですか?」


夕陽が考えながら問いかけると、島咲さんは優しい表情で見つめ返して、それはまるで夕陽のお父さんとお母さんと同じような、我が子に対するそれだった。


「そうだな。・・・お節介なことを言ってしまえば、薫くんが必要とする金銭的援助は、親御さんの代わりとして、俺がしてもいいと考えてる。」


思わぬ言葉に、俺も夕陽も呆気に取られた。


「もう少し薫くんの特性を把握したいとは考えているけど、話を聞いたところによると、学力も高く、パソコン作業もこなせるなら、将来的に仕事場を斡旋することは可能だし、疾患の関係で外で働くことが嫌なら、このまま使用人として正式に雇うことを検討しても構わない。薫くんがやりたいと思える仕事を、大抵は紹介出来る立場であるし、取得したい資格があるなら、先行投資と思って、必要な資金を出してやれる。」


「へ・・・あ・・・・え・・・」


思わぬ展開に言葉が出て来ずにいると、夕陽が助け舟を出してくれた。


「島咲さん・・・お気持ちはありがたいんですが・・・薫が混乱してるので・・・」


「すまない・・・。」


思わぬ申し出に、しばし二人で黙っていると、島咲さんはポツリとこぼした。


「見込みある若者に目をつけるのは、間違ってるんだろうか・・・」


またそっと島咲さんの様子を窺うと、次に何か提案出来ることはないだろうかと考えているような、落ち着いた表情を見せながらいた。


薫 「あの・・・島咲さん」


「ん?」


「・・・俺はその・・・一族の方たちの感覚がよくわかっていないから、島咲さんの申し出に困惑していて・・・。雇っている使用人が今までたくさんいたとは思うんですが、その人達の暮らしは全員支えてこられたんですか?」


「ああ、もちろん。・・・一族が持つ財産は、使用人やその家族に分配されるものでもあるんだ。」


「え・・・島咲さんの家族じゃなくてもですか?」


島咲さんは当然のように頷いた。


「ああ、それは当主となるものの責務の一つであったから。・・・まぁそれはさておき・・・大昔からそうだが、パトロンを得るというのはいいことだと思う。自分の適性や才能を生かすために、ゆっくり学生生活を送りたいなら、先立つものはいつでも必要だからな。」


その言葉を聞いて解った。

島咲さんにとって学生の俺にかかるお金は、元当主の立場からすると、大した金額じゃないんだ。

そして彼の言う先行投資というのは、将来的に自分の役に立ってくれる者に使う言葉。

だけど島咲さんからは、利用してやろうという企みや、悪意は感じない。


薫 「・・・島咲さん・・・」


「何だ?」


「咲夜や・・・美咲さん・・・島咲さんが残された一族の財産をもって、現在どういうことをしているのか、尋ねても大丈夫ですか?」


同じく黙っていた夕陽も、俺の質問を聞いて島咲さんを見据えた。


「・・・薫くんは本当に賢い子だな。」


島咲さんは安堵するような笑みを落として、かいつまんで説明を始めた。


島咲さんは代々、医療従事者の家系に生まれたこともあり、所有している土地や財産を、国内の医療施設の充実を図るために運用しているらしい。

当主をしながら会社経営をしていた経験もいかして、あらゆる会社からの手助けを得ながら、足りていない医療従事者を育てる目的として、新しく医療専門学校を各地に建てることも考えているとか。

美咲さんは、高津家が医療機器メーカーの会社だったこともあり、過疎化が進んでいる土地に新しい診療所の設立と、医療機器の支援、そして医者を派遣し、子育てに必要な施設にも重点的に力を入れ支援しているとのこと。

咲夜は、一族が保有している土地で、使用されてない別荘地などを、必要としている分家の方たちに貸し出したり、地方の地域復興のために、観光施設としても運用しているらしい。


その他行っている事業の全てを説明するとなると、数時間かかってしまうと言われたので、とりあえず話はそこまでとなった。

何より俺が驚いたのは、さして年齢も変わらないのに、咲夜も美咲さんも、多大な責任を負って、自分たちのお金を動かしていること。

別世界の人間だと感じてきたのは、そもそもそういう責任を負える程の、胆力の違いからかもしれない。


「生き急ぐことはない。」


知り合いにならなければ、一生知ることもなかったかもしれない事業内容に、戸惑う俺と夕陽に、島咲さんは言った。


「何かを始めることも、何かの課程を終えることも、生きている限りいつでもいいんだ。人間誰しも、明日を生きていられる保証なんてないが、少なくとも今、どうするべきか、何を優先すべきかと、考えて選択することが出来る。薫くんが無理なく朝野くんと共に、通学できるならそれが理想だ。だがしんどくなって足を止めてしまっても、親代わりに支えになろう。」


改めて真っすぐ口にする島咲さんに、純粋な気持ちで尋ねたくて口を開くと、人格が替わっていることにすら気付かなかった。


「どうして・・・?どうして自分の子じゃないのに・・・そこまでするの?」


「・・・俺がそうしたいと思ったからだ。」


「でも・・・でもね、嬉しいけど・・・でも・・・・お・・・・・俺のお父さんだった人がね?学費に使いなさいって・・・お金送ってくれる予定なんだ・・・」


「そうなのか。それは何よりだな。」


「でもね・・・・ホントは・・・・使いたくないんだ・・・」


俯いてそうこぼすと、夕陽はそっと俺の背中を撫でた。


「お父さんは・・・ホントは優しい人かもしれないし・・・病気の時いっぱい頑張って働いてくれてたし・・・家には帰ってきてくれなかったけど・・・悪い人じゃないことくらいわかってるし・・・俺の事・・・大事にしてくれてたのも知ってる・・・。でも・・・・・・でも・・・ずっと寂しかったから・・・今更どうしたらいいかわかんなくて・・・」


「なるほど・・・・。親である責務から目を背けたのに、中途半端に愛情を返してくるということか?」


「あ・・・・」


何も言えずにいると、夕陽が小さく声を漏らした。


「そうです、その通りです。勝手なんですよ。結局優しい薫の心に付け込んで、エゴ押し付けてるんです。」


キッパリ言い放った夕陽の顔を見上げると、また俺に優しく微笑み返した。


「薫くん・・・朝野くんは、家族がどうあるべきか、『守る』ということがどういうことか、きちんと解っている人だ。そしてそれは薫くんもわかっているであろうと思う。・・・・君を混乱させて苦しめる過去を作った親御さんのことは、考えたくなければ考えなくていい。」


その言葉は、一瞬悲しいと思ってしまったけど、同時に優しささえ感じて嬉しくもあった。



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