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二度目の春  作者: 理春
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第28話

それから月日が流れて、大学生活二度目の夏休みに突入した。

去年はどうしてたかな・・・たくさんバイトしてた気がするし、デートの帰りに階段から落ちて怪我したっけ・・・

ふとあれからもう1年経ったと思うと、早いなぁと実感がわいた。


いつものようにリビングでパソコンを開いて、バイト中の夕陽を待ちながら、司法試験の勉強をしていた。


去年は三つのうち、二つの予備試験に通っていた。

後、口述試験だけだった・・・。


「はぁ・・・」


正直今の自分の状況では、一番難しい試験内容と言える。

聞かれた問題に対して、口頭ですぐ答えるっていうのは、ペーパーテストより緊張するし、それを簡潔に要約して説明出来なきゃならない。

少しでも精神状態が乱れてしまえば、人格が切り替わったり何も言えなくなってしまったりするかもしれない。

けど大学院まで行くお金がないなら、司法試験を受ける方法は、予備試験を受かること以外になかった。


だけど去年みたいに、絶対受からなきゃ・・・とは思ってない。


日下先生は、毎日通学出来ているだけで素晴らしいと言ってくれた。

今まで出来ていたことが・・・

例えばそれはバイトだったり、勉強だったり、人付き合いだったり・・・

それらは俺にとって、精神疾患の症状以上に困難を極めることになった。

ソワソワして落ち着かなかったり、手が震えたり、早く帰りたいと思ってしまったり・・・

毎日当たり前に身支度をして大学に向かうということも、朝起きた瞬間に億劫で、体が動かない時もある。


そういう日常を、上手くこなしているように見えるのは、夕陽がいてくれるからだ。

出来るだけ同じ講義を取って側にいてくれて、しんどくなれば「大丈夫」と声をかけて、静かな場所に移動してくれる。

出来ないことに情けなくなって落ち込んでも、心身ともに支えてくれる。


逆に言えば・・・夕陽がいないと俺は・・・


パソコン画面を閉じようとした時、ふとEメールが届いていることに気付いてページを開いた。

ほとんど使っていないパソコンのアドレスになんて、誰が送ってくるんだろう。

適当な企業の迷惑メールかな・・・。


ボーっと開いて受信箱を覗くと

そこには、忘れかけていた父の名前があった。

「父さん」とは登録したくなかったので、送り主の欄にフルネームが表示されていた。


柊 清次郎


それが父の名前だった。

今もその名前なのかはわからないけど。


その時頭の中がピリっとショートした気がした。


「・・・はぁ・・・はぁ・・・」


途端に涙が溢れて、広いリビングにいる自分が不安で仕方なくなる。

体が拒否反応でも起こすように、小さく震えだして、思い返しそうになる実家の風景をかき消すように、辺りをキョロキョロした。

そのうちじんわり汗が滲みだして、心細くて涙はこぼれた。


「う・・・・夕陽ぃ・・・・」


俺ははみ出し者だ・・・


家でも学校でものけ者で・・・

どこにも帰る場所なんてない。


「違う・・・・もう違う・・・」


鼻水をすすりながら、傍らに置いていたスマホを手に取った。

夕陽が俺に言い聞かせてくれたから、今ならわかる。

頼ってもいいんだって・・・。


「もしもし、薫?どした?」

「グス・・・・ゆ・・・ひ」

「薫?どうした?どこにいる?」

「う・・・・グス・・・帰ってきて・・・」

「わかった、待ってろ。このまま通話繋げとくからな。」

「うん・・・」


情けない生き物の面倒を見させてごめんなさい・・・


心の中でそう思った。


結局植え付けられたものは変わらなくて

俺の精神は障害だらけだ。


頭の中はだんだんとくらくらしてきて、視界が回った。

何度も挫けそうになる自分を、夕陽が立て直してきてくれたのに・・・

夕陽がいるから、意地でも強く生きていこうと思ったのに・・・


「何で・・・・・・・・ほっといてくれないの・・・」


メールを開くことないまま、その場に倒れて気絶した。


どれくらいそうしていたのか

そのうち何やら声が聞こえてきて、ボーっとした頭が聴力だけを戻していく。


「どうしよう母さん・・・薫・・・目ぇ覚まさない・・・救急車呼んだ方がいいかな?」

「落ち着いて夕陽、顔色が悪いだけでちゃんと呼吸はしてるんでしょう?」

「うん・・・」


電話越しのお母さんの声まで聞こえたけど、何より驚いたのは夕陽の弱々しい声だった。


「日下先生は仕事中で電話繋がらなかったんだ・・・どうしよう・・・薫・・・」

「夕陽、とりあえずお母さんこれからそっちに行くから。大丈夫よ。苦しそうにしたり、体に異常を感じたら救急車呼びなさい、わかった?」

「うん・・・わかった・・・」


目を・・・開けたい・・・


「薫・・・大丈夫だからな。」


どうしてか頑なに目を開けることは出来なかった。

そのまま意識は遠ざかって、ふわふわ夢の中にいるような、妙な感覚になる。


このまま死ぬのかな・・・・


何も見えなくて感じないそこで

僅かに夕陽の顔が浮かんだ。


「薫・・・」


夕陽・・・


「何度生まれ変わっても・・・必ず見つけるから・・・一緒になろうな。」


夕陽の唇の感触がした、ハッキリと。


一つ瞬きをすると、目の前に夕陽の顔があった。


「・・・・薫っ・・・!」


涙を一杯に溜めた夕陽の顔が目の前にあって、頬に落ちてきた。

泣きながら俺を抱きしめる夕陽の隣に、安心したように笑顔を見せるお母さんもいた。


心配かけたことが申し訳なくて、力いっぱい抱き着く夕陽に同じ力を返せなかった。


その後元気のない俺にいくつか具合を確かめるように、お母さんに質問をされて、問題なさそうだと夕陽に言い聞かせていた。

それから二人は何か話していたけど、あまり会話が耳に入ってこず、俯いて黙ってばかりいると、お母さんは気を遣って静かに帰って行った。


「薫・・・夕飯何食べたい?」


ベッドの上で未だ座り込んだまま、自分の意気地なさや情けなさに押しつぶされそうだった。

ハッキリと、心が折れた瞬間だった。


「・・・心配かけて・・・ごめんね・・・」


「・・・いいよ、別に。そんな気ぃ遣う仲じゃないだろ?今更。」


夕陽はベッドの側にしゃがみ込んで、俺の頭を撫でた。


わかってる・・・。

夕陽は全部を受け入れてくれること。

どれだけ愛されているかなんて、毎日実感してるし

日下先生が言っていたように、俺たちは一蓮托生だって。

でも・・・それでも考えずにはいられなかった。


夕陽が俺と一緒じゃなくて、普通に生きていけば・・・


「夕陽・・・・」


「・・・・ん?」


「俺じゃない誰かと・・・一緒に生きていくこと・・・考えたことある?」


「ないよ。」


「・・・・・俺・・・・父さんからメールが来てて・・・その中身も読んでないのに・・・苦しくなってどうしようもなくなったんだ・・・。」


めそめそする自分が嫌いなのに、涙は勝手にこぼれた。


「俺・・・そんなことで・・・夕陽の家族である自信・・・無くなっちゃったんだ・・・。夕陽が・・・他の誰かと一緒になってたら・・・・もっと普通に・・・・こんなめんどくさい奴の面倒なんて見る必要なく・・・・結婚出来たかもしれないのに・・・」


「薫、もうやめて。」


俯いた俺を覗き込むように、夕陽は顔を近づけて優しくキスした。


「薫・・・自分は何にも悪くないのに、自分を責めんのはよくないよ。」


「・・・俺は何度もそういう風になる弱虫なんだよ・・・。」


「そっかぁ。でも俺はその弱虫な薫も愛してるよ。」


「いつかきっと・・・・・俺の事しんどいって思うよ・・・」


「思わないわぁ・・・思うわけないじゃん。・・・・まぁでもそうだよな、薫の精神状態じゃあ、そう思っちゃうよな。薫の事しんどいなんて思わないけどさ、薫がそう思っちゃうの否定はしないよ。自分に自信なくなると、何もかんもダメなんだわ~ってなるよな。」


夕陽はまるで、友達の悩みを聞くように優しく諭した。


「でもきっと・・・薫は俺がダメになって落ち込みまくって・・・薫の恋人失格だよなって言っても、そんなことないよって、言ってくれるよな。」


「・・・・・だって・・・・夕陽は・・・・」


「俺だって薫と同じだよ。少なからず重いトラウマ背負ってさ・・・思い出すことがあると苦しくなるし、落ち込むこともある。でも今は薫と一緒に居られるから、もうほとんど辛くないけど。だって・・・朝陽を亡くして傷ついてた部分を、薫はわかろうとしてくれたし、寄り添ってくれたじゃん。俺には薫しかいないだよ。薫はさ・・・もっともっと俺に対して傲慢になっていいよ。俺がいなきゃダメだなんだな~つって。」


「・・・・夕陽・・・」


「大丈夫だよって・・・何度でも抱きしめて言うから。」


夕陽の温もりが

いつもあるその当たり前になった温かさが

尊くて失くしたくないもので

今度は大きな背中にしがみつくように腕を回した。


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