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二度目の春  作者: 理春
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第26話

不注意の事故を引き起こしてしまった夕方、まだ若干落ち込んだ気持ちを抱えながらも、夕陽に気を遣わせないように努めた。

けど大学を出てマンションまでのわずか10分程の帰り道で、夕陽に抱いていた違和感が増していく。


「ねぇ・・・」


「ん~?」


夕陽は何でもないように手を繋いだまま俺に視線を向けるけど、とりあえず家に帰るまで問いただすのはやめた。

玄関の前に着いて、夕陽は大きくため息を落としつつ鍵を取り出した。


「・・・っ!いって・・・・」


動きを止める彼の代わりに、差し込もうとした鍵をそっと取って、夕陽の腰を支えた。


「やっぱり・・・夕陽どこが痛い?すぐタクシー呼んで病院いこっか?」


「だいじょぶだいじょぶ・・・。ちょっとした打撲だってたぶん・・・。全然骨とかに異常ないレベル。」


辛そうにする夕陽を支えながらうちに入って、とりあえずソファに座ってもらった。

荷物を置いて寝室に駆け込み、あまり使ってはいないけど救急箱を取り出した。

夕陽の顔色を窺うと、しんどいのを隠していたのか、さっきより苦しそうに表情を歪めた。


「もう・・・隠さないでよ・・・。夕陽、とりあえず上の服脱いで。手足はどう?」


「ん・・・。不覚だわ~こんなことで怪我するなんて・・・。」


夕陽は腕を上げるのを辛そうにしたので、シャツを脱ぐのを手伝って、背中を確認した。

そこにはほんの少しだけ打ち身になった痣が出来かけていた。


「腕は・・・上げるの辛い?関節痛めたんじゃないかな・・・」


「ちょ~っといてぇなぁくらいだな・・・。」


「でも・・・念のために病院行こう?夕陽が俺の立場だったら断固連れて行くよね?」


そう言うと彼は、ぐうの音も出ないという表情で了承した。

とりあえず応急処置で湿布を貼って、腰も痛そうにしていたので急いでタクシーを呼んだ。

ギリギリ診療を受け付けてもらえて、整形外科にて診察を受けた夕陽は、レントゲンなどもろもろの検査を受けた。

結局のところすべての検査結果に異常なく、軽い打ち身と、関節痛だけだったようで、湿布と痛み止めを処方された。


院内の待合室のソファに腰かけて、夕陽は軽く腰をさすった。


「いてて・・・。骨全然だいじょぶで良かったわ。」


「そうだね・・・。夕陽・・・あのさ・・・」


「ん?」


「・・・夕陽がしてくれたことは立派だったと思うけど・・・」


言葉をどう選ぶべきか、手をこまねいていると、夕陽は隣で軽くため息を落として、優しく頭を撫でてくれる。


「わかってるよ、薫の言いたい事・・・。俺だって薫が同じようなことしたら・・・もう二度としないでくれって言いたくなるよ・・・。なんつーかさ・・・・・人の事言えないよなぁって思っちゃったわ・・・」


「・・・え・・・?」


夕陽は胸の内にある思い出を噛み潰すように言った。


「ほら・・・朝陽はさ・・・見ず知らずの親子を助けて・・・」


あ・・・・


「いやぁ~似た者兄妹か?ダメだなぁ・・・・。だってさ、あの人の場合はさ!俺の大事な大事な薫を、身を挺して助けてくれたのを見たからさ、俺だって体が動いちゃったんだよ。んでも・・・薫には怖い思いさせちゃったよな?ごめん・・・。」


「謝らないで・・・・」


喉元で涙をあふれるのを必死に堪えた。


「立派なことをした朝陽さんを、褒めてあげたいって夕陽も思ってたはずだよね・・・。でも家族としてそんな風に犠牲になってほしくなかったっていう気持ち、俺も今ならわかるよ。確かに怖かったし、息が出来なかった・・・あのまま二人とも落っこちてたらって思うと・・・。でも助かったからこそ言えることだけど・・・夕陽はすごいことしたんだよ。咄嗟に助けられるなんて、誰も思わないよ。誰かを守ろうと動ける夕陽を誇りに思うから・・・。だから・・・そうやって、自分の気持ちすり減らして、俺の気持ちまで守ろうとしなくていいんだよ。」


夕陽の大きな手を強く握ると、意外にも彼は鼻水をすすりながら、堪えていた涙をボロボロこぼした。

静かに皆が清算を待つ受付前で、小さな音で流れるテレビの音声に隠れるように、嗚咽を漏らす夕陽の腰に手を回した。


夕陽が抱えてたであろう複雑な思いが、何度もじわじわ溜まっていたなら、涙にして吐き出してほしかった。

俺がハンカチとポケットティッシュを手渡すと、夕陽は照れくさそうに笑みを落として、さっと涙を拭って前を向いた。


「薫・・・ありがとな。」


少しスッキリした表情でお礼を言う夕陽は、また甘えるように頭をスリスリこすりつけた。


そして翌日

数か月ぶりに咲夜からメッセージが来た。


「え・・・。夕陽~」


洗面所で顔を洗っていた夕陽に、リビングから声をかけると、彼はひょこっと顔を出した。


「な~に~?」


「昨日階段でぶつかっちゃった彼さ・・・咲夜の友達だったみたい。」


「え、マジで?」


「うん、桐谷さんって言うみたいだけど、改めてお礼をしたいから会えないかって。」


「はは・・・そんな気ぃ遣ってもらわなくても平気だって伝えといて。『気持ちだけ受け取っておきます』つって。」


「うん・・・」


咲夜に返信すると、短く「わかった、伝えとく。」とだけ返って来た。


その数日後、空きコマの時間帯を利用して、また夕陽と図書室へと赴いた。

夕陽の怪我はほとんどよくなって、軽く打ち身の痕があるくらいで、ほぼ完治していた。


「夕陽は体の治りが早い人なんだね。」


手を繋いでまたウキウキ図書室へと入ると、夕陽は得意気に言った。


「まぁな。これでもバリバリスポーツマンだったから。怪我なんて日常茶飯事だし、どれくらいで治るかとかもだいたいわかるし、応急処置とかもある程度学んでたから、問題なっし!」


「そっか・・・そうだよね。」


いつもの長机に荷物を置いて、キョロキョロ辺りを見渡しながら本棚の間に入って行く夕陽を見ながら、ふと思い立つ。


夕陽は中学を卒業してから空手はもうやってないって言ってたけど・・・

またやりたいとか・・・思ったりするのかな。


引退した理由は、あらぬ疑いをかけられて、その風評被害で推薦校を絶たれたためで、高校生からは別の部活に取り組んでいたと聞いた。

少しだけネットで調べたことがあったけど、幼少期から注目されていたようで、中学生で国内1位になるほどの選手だったのなら、その後の活躍もかなり期待されていたに違いない。

それ程までの才能に恵まれていたスポーツを、どうして簡単に辞めてしまったんだろう。

当時の記事でも憶測は飛び交ったみたいだけど、推薦校である強豪校への進学が絶たれたことは、夕陽自身の素行の悪さがあったわけじゃないし、単なる学校での揉め事に巻き込まれただけだと、きちんと釈明されていた。

彼を知れば知る程、風評被害だけで諦めるような人には思えなかった。


そんな風に疑問に思い続けてはいたけど、もし触れられたくないことだとしたら、恋人や家族という立場を利用して、不躾に尋ねるは違うと思った。

かと言って勝手に彼の両親に理由を聞くのも、コソコソしてる気がしていけない気がする。


夕陽の後を歩いて、彼が本を探す隣で、何となく目の前の本を手に取って眺めていると


「か~~おる♪」


夕陽が小声で呼ぶので視線を向けると、本棚の間で壁にもたれたまま、ちょいちょいと手招きした。

誘われるまま側に寄ると、ぐいっと腰を引かれて、声を発する間もなく唇を奪われて、抵抗も虚しく気持ちよく重なるそれに身を預けた。

けどその瞬間、夕陽はパッと離れて俺の肩に手を置いた。

彼が驚いて俺の後ろに視線を向けていたので振り返ると、この間ぶつかった桐谷先輩が立ち尽くしていた。


「・・・・悪い・・・邪魔した・・・」


気まずそうに謝る彼に、俺も夕陽も申し訳なくなって平謝りした。


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