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二度目の春  作者: 理春
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第25話

夏休みの始まりが見えてきた頃、日下先生の診察や、お墓参りを終えたこともあってか、夕陽は以前より少し、無理のない穏やかな表情を見せるようになった気がしていた。


そして或る日の講義終わり、久しぶりに二人で図書室へと向かった。


「俺さ・・・図書室で薫と一緒に隣同士座って、何でもない時間過ごすの、すっげぇ好きなんだよなぁ。」


一緒に廊下を歩きながら、夕陽は嬉しそうに言った。


「そうなんだ。・・・俺もそうだよ。」


彼の顔を見上げると、はにかみながら大事に手を握り返した。


たくさんの本に囲まれた静寂の中は、俺にとってとても過ごしやすく、かつ大好きな夕陽が隣にいるとなれば、オアシスでしかなった。

最初に俺たちが出会ったいつもの席について荷物を置いて、本棚の間で小声で雑談したり、誰もいないのをいいことに、少しいちゃついてみたり

大きな窓の外に広がる景色で、季節や天気を感じながら、あれこれ話を巡らせては二人で課題をこなす。

そういう時間は、友人関係だった頃から続いていた。


あの頃から、夕陽が他愛ない話題を振って、彼がどんな人か知れていくのが嬉しかったし

何よりいつも、どこかに食べに行こうとか、遊びに行ってみようとか、一緒にやってみたい未来の話をしてくれる彼が、その時から好きだった。

恋愛感情程じゃなかったかもしれないけど、先の話を楽しみにしてくれるというのは、今まで得られなかった感覚だったから。


いつも通り長机の席に腰を掛けて、荷物を置くと、夕陽は腕を組んで机に突っ伏し、俺の顔を覗き込んだ。


「か~おる♡」


愛おしそうに目を細める夕陽は、机に置かれた俺の手を取り、指を絡める。


「なあに?」


「・・・今、誰もいなそうじゃね?」


「・・・?うん・・・まぁそうかも。元々そこまで人が集まる時間帯ではないね。日が落ちてくると、皆帰るし・・・。空きコマの時間だと、仮眠とか勉強目的で来てる人はわりといるけど・・・。」


夕陽はまたニヤリと口元を上げて、体を起こして顔を近づけた。


「そうじゃなくて・・・」


そのままキスされて、思いのほか深く重なったそれが、次第にどんどん激しくなっていった。

止めようと抵抗する手を握られて、本当に誰も来ないかと、視界の隅の出入り口が気になって仕方がなかった。

それでも愛情込めて重なる唇が、気持ちよくて心地よくて愛おしくて、頭をボーっとさせていくし、体のあちこちを夕陽の大きな手が這い回って、情欲を促すような手つきに、流石に唇を離した。


「ゆ・・・ひ!」


「なあに~?」


幸せそうに頬を撫でてくる夕陽を、叱る気にもなれないし、恥ずかしくて顔に熱が集まるのを感じていると

途端、視界は俯瞰に切り替わった。


「うふふ♡も~・・・そういうのはおうちでするの。」


軽く夕陽の頬をつまむと、また甘えたような笑みを浮かべて抱き着いて来た。


「ふふ・・・あ~・・・我慢出来なくてちゅーしちゃった・・・。せっかく図書室来たのに、やっぱもううち帰りたくなったなぁ・・・。」


「うん、いいよ、もう帰ろ?」


「え、いや・・・でもここで課題やりたかったんだろ?」


「夕陽とまったり二人でいられるなら、ここでもうちでも一緒だもん。誰か来るかもって心配になるなら、おうちに帰った方がいいでしょ?」


夕陽は更にデレデレと口元を歪めて、また二人して荷物を持った。


廊下を出ると、さっきまで雲に隠れていた夕日が赤々と窓から差し込んでいた。


「ふふ・・・夕陽、綺麗だね♡」


幸せそうに歩く彼に言うと、夕陽はそっと俺の腰を抱いて歩いた。


「も~~・・・ほら早いこと帰ろ。我慢出来ずに襲っちゃうぞ?」


ゆっくり階段を降りていくと、下の階からはサークルの活動中なのか、いつもより賑やかな声が聞こえていた。

皆慌ただしく何か作業に追われてるのかなと思いつつ、廊下からまた次の階段に差し掛かろうとした時、色んな声が聞こえる方に視線を奪われていた俺は、不意に誰かとぶつかってしまった。

謝ろうと視線を返そうとした時、あろうことか足がもつれて、そのまま階段を背にバランスを崩した時は、もう取り戻せない体勢で落ちる瞬間だった。


あ・・・これまずい・・・


「薫!!!」


夕陽の叫び声が耳に入った時、もう怪我するのは確実だと脳内で諦めていた。

でも仕方ない・・・自分の不注意なんだから・・・

でも瞬間、がし!っとぶつかった男性に腕を掴まれ、すごい力で引き寄せられた。

視界が回ったと思うと、さっきいた場所に尻もちをついたけど、同時に目の前の光景で全てを悟った。

俺を咄嗟に助けた彼は、自分の体を投げ出して俺を引き戻したのだと。

立場が逆になったスローモーションの中、灰色の髪をした同じ学生であろう彼は、階段の向こうへそのまま落ちて行ってしまう。


そんな・・・!


自分が怪我をするより、誰かが怪我をする方が嫌だった。

けど座り込んだまま、どうしたらいいのかわからない。

そんなことを考えていた矢先、隣にいた夕陽が勢いよく階段に飛び出した。

俺が目を疑うよりも先に、叫び声をあげる暇もなく、夕陽は落ちていく彼を片手で支えて手すりをもう片方の手で掴み、そのまましゃがみ込んで階段の途中で着地した。


え・・・え・・?・・・・え!?

どういう身のこなしだったらそういうことが出来んの・・・???


わけがわからないけど、二人とも落ちることなくその場で息をついて、一つ投げ出された鞄だけが、ドサ!と音を立てて階段下に落ちた。


夕陽 「はぁ・・・・大丈夫っすか?」


「いや・・・何してる・・・・あんたこそ・・・」


二人の声が聞こえてハッと意識が戻ったように階段を降りた。


「夕陽!!・・・大丈夫!?二人とも・・・」


「薫・・・だいじょぶだよ。・・・なんとかな。」


体を起こした青年は、よく見るとどこかで見たことあるような気がした。

その後落ち着いて3人一緒に1階まで降りると、彼は改まって深く頭を下げた。


「ありがとう・・・。ぶつかって悪かった。怪我は?」


「大丈夫です。これでも鍛えてるんで。・・・薫も大丈夫だな?」


「うん・・・。俺もちょっとよそ見しててぶつかっちゃったので、本当にすみませんでした。俺も助けてもらっちゃったし・・・。」


「いや・・・ぶつかったのは俺の不注意だ・・・。怪我がなくてホントに良かった。」


申し訳ない気持ちを抱えていたけど、彼の方が暗い表情を落として悔しそうだった。

すると夕陽が、気まずそうにする彼に問いかけた。


「・・・あの、もしかして片目見えてない・・・ですか?」


え・・・・


思わぬ指摘に、改めて整った顔立ちを見ると、右の瞳は綺麗な澄んだ青をしていた。


「ああ・・・右目は失明して見えてない。だからこそ人一倍気をつけてたつもりなんだ。少し気が緩んでたのかもしれない・・・。次がないように気を付けるよ。・・・それじゃ・・・」


「はい、俺も十分気を付けます。」


失明・・・。視界が片方しかない人に、ぶつかっちゃったんだ・・・


「・・・悪いことしちゃったな・・・」


どこの誰かもわからない人にぶつかって、それがたまたま障害を持った人だなんて、自分の不注意さが情けなかった。

よそ見しながら歩いてたのは事実だし。


「薫、大丈夫だよ。たまたま起きた事故なんだから、こういうこともある。っていうか・・・薫に怪我なくて、ホント心底安心したよ。」


心配気に俺の頭を撫でる夕陽に対しても、罪悪感を覚えた。


「うん・・・。助けてくれてありがとう。」


あのまま彼が大怪我をしたら、俺は一生自分を責める結果になっていた。

俺が怪我をするのを防いでくれたのは、見ず知らずの彼で、俺がぶつかった相手を救ってくれたのは夕陽。

俺だけが二人に助けられてしまったんだ。


「・・・か~おる、さ・・・もううち帰ろ。」


気を取り直すように俺の顔を覗き込む彼が、一瞬ぎこちない表情を見せた。


「・・・・うん。」


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