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二度目の春  作者: 理春
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第24話

7月10日、朝陽さんの命日。

改めて夕陽と一緒にご実家に伺って、お墓参りの準備を整えて家を出た。

お父さんが運転してくれる車に乗り込み、終始他愛ない会話をしながら、時折お母さんは朝陽さんの話を聞かせてくれた。


「本当にお兄ちゃん子でねぇ、小さい頃、どこへ行くにも夕陽の後をついて行ってね?ヒヨコみたいで可愛かったわぁ。」


「そうなんですか・・・。」


夕陽も懐かしそうに笑みを落として、一緒に買ってきた朝陽さんの好物だという、手元の和菓子の包みを眺めた。


「そ~そ・・・。んでも時々どんくさいからさ・・・よく転んで怪我するし・・・我慢して泣かないんだけど、俺が抱っこしたら途端に泣き出したりさ。」


「ふふ・・・特別夕陽には甘えてたのかな?」


「まぁそうかもな。母さんと父さんには子供らしく甘えてたけど、俺には我儘言ってもいいっていう甘え方してたわ。」


後部座席で夕陽は、甘えるようにコツンと俺に頭をくっつけた。


母 「ふふ・・・下の子だしね、甘えるのが上手な子だったわ。」


懐かしくページをゆっくりめくるように、朝陽さんのエピソードを聞いて

会ってみたかったな・・・という気持ちを、思わず口に出しそうになってやめた。

亡くなられてから何十年も経ったわけじゃない。

家族の中にある深い傷に、俺が気安く触れていいわけではないから。


やがてお父さんが運転してくれていた車が、綺麗なくぐり戸の前を過ぎ、近くのパーキングへと入った。

囲いからわずかに背の高い墓石の頭が見えて、都心から離れた郊外、喧騒から逃れた空気はとても静かだ。

降り立った俺たちはお供えを持って、大きな木々たちに囲まれたそこまでゆっくり歩いた。

夕陽が差し出してくれる手を取って、少し嬉しい気分になりながら、お母さんたちの後を歩いてくぐり戸を抜ける。

鳥のさえずりと厳かな雰囲気が、自然と深呼吸させて、たくさん並ぶ墓石が視界に広がった。

祖父母の実家を訪れるということも経験したことない俺は、ご先祖様や身内の墓参りに行くなんてことは、この歳で初めてのことだ。


「ここだよ、薫くん。」


夕陽に似て背の高いお父さんが、手招きをして墓石の前にしゃがみ込んだ。

シンプルに『朝野家の墓』と刻まれたそれは、ピカピカつやつやした綺麗な墓石で、お供えをするスペースに、わずかに季節を感じさせる枯れ葉が舞い落ちていた。


「俺、水汲んでくるわ。」


夕陽が桶を持って歩いていく背中を見送って、お母さんは手際よく枯れ葉や埃を払って掃除を始める。

何をするべきか悩んでいると、お父さんがさっと俺に仏花を手渡した。


「薫くん、そこに・・・頼んでもいいかな。」


「あ、はい!」


慎ましく束ねられた仏花のビニールを解き、小さな花瓶にそっと刺した。


「夕陽が持ってきてくれるお水、後で入れてちょうだいね。」


「はい・・・」


お母さんは優しく微笑んで、そっと俺の頭を撫でる。


「・・・朝陽さん・・・」


綺麗な赤や白の花を添えると佇まいが変わるもので、そこが彼女の場所であるかのように錯覚させた。

死んだ人がどこへ行くかなんてわからないし、お盆になればうちに帰ってきてくれるなんて謂われも、本当かどうかなんて知れない。


「あの・・・俺・・・恥ずかしながら、身内のお墓参り初体験で・・・何をどうして、自分がどうあるべきかわからなくて・・・ごめんなさい。」


たまに穏やかに吹く風に紛れる程、わずかな声で呟くと、隣に立つお父さんは「ん~」と腕組みして言った。


「どうあるべきか・・・かぁ・・・。それは難しい質問かもしれないなぁ・・・。でもね、個人的にだけど・・・お墓ってのは、残された身内のためにあるもので、亡くなった本人への供養もあるとは思うけど、お祈りする場所を設けたものだと、私は思うんだよね。」


「そうねぇ、行き場のない家族の気持ちを、一つにまとめて置いておく場所なのかもしれないわね。」


二人がしんみり言う言葉に、「そうか。」と妙に腑に落ちて、そのうち夕陽が桶を持って戻って来た。

お水をどう使うんだろうと俺が覗き込んでいると、夕陽は杓子で水を取りながら作法を教えてくれた。

最後に花瓶にも水を注ぐと、パッと感覚が切り替わった。


「えへへ、朝陽ちゃんに似合いそうなお花可愛いね!夕陽!」


「ふふ、そうだな。ちょっと奮発していい花買ったからな。」


お父さんとお母さんはまたニコニコしながら俺を挟むように両脇に立った。

4人で手を合わせて、頭の中で何をどう言えばいいのかわからないけど、3人には言えなかった想いを伝えた。


朝陽さん・・・贅沢なことを言うと、貴女に会ってみたかった。

俺のことを・・・どんな風に迎えて、どんな風に声をかけてくれるのか・・・いったいどんな人なのか知りたかった。


ゆっくり目を開けて、また荷物を持って俺たちはその場を後にした。


帰りの車内で、晩御飯の話など、この後の予定を立てる3人に混じりながら、俺は尚も亡くなった朝陽さんのことを考えていた。

遺影で顔は知っているものの、映像などは観たことがないので、どんな雰囲気でどんな声なのかは知らない。

また、そういうものがあるかどうかも、尋ねたことはなかった。


16年という、あまりにも短い生涯を終えてしまった朝陽さん

以前夕陽が話していた通り、彼女は高校を卒業することは出来ず、その後の叶えるはずだった未来は絶たれた。

今気づいたけど、夕陽は今年成人式に出席していない。

俺の体調や精神疾患のこともあって、それどころではなかったのかもしれないけど・・・

夕陽がこれから先、自分が年を重ねる度に、朝陽さんのことを思って自責の念にかられないようにしてあげたい。


ボーっと窓の外を眺めていた俺に、夕陽は心配そうに顔を覗き込んだ。


「か~おる。疲れちゃったか?」


「・・・ううん、大丈夫。」


「・・・ふふ・・・大丈夫なんて言葉で、気ぃ遣わなくていいんだよ。わかってるよ、薫のことは。」


夕陽は運転席と助手席で会話をしている二人をよそに、そっと俺にキスした。


「ありがとな・・・家族になってくれて。・・・一緒に朝陽のこと、想ってくれて・・・。」


溢れてくる涙を堪えたかったけど、抱きしめてくれる夕陽の温もりに勝てなかった。



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