第22話
夕陽の誕生日翌日の夜、俺は内緒で購入して仕舞っていたプレゼントを取り出した。
キッチンで皿洗いをする夕陽の後ろをそっと通って、いつも二人で寛ぐソファへ座り、ローテーブルにプレゼントを置くと、流水が止まる音がして夕陽が問いかけた。
「・・ん?なに?それ~」
「ふふ・・・プレゼント♡」
「え~~?マジで~~?」
相変わらずデレデレしながら、夕陽は側にやって来て目の前のプレゼントに触れた。
「これは・・・酒だよな。成人祝いでお酒にしたんだ?」
「うん、色々調べて比較的飲みやすいものを選んだつもりなんだけど・・・」
お酒のことは詳しくないけど、美咲さんや晶さんにこっそりアドバイスをもらって、甘めで飲みやすいシャンパンを勧めてもらって購入した。
「へ~~綺麗な色だな・・・楽しみ♪・・・んで?こっちは?」
小さな箱を持ち上げた夕陽は、開けてもいいかと問うように見つめるので、微笑み返すと、また嬉しそうに口角が持ち上がって、ワクワクしながら上の箱を持ち上げて開けた。
「・・・・これって・・・ペンダントか?」
「うん・・・。ロケットペンダント。注文したらね?写真とかを入れられる内側に、名前も入れてもらえたからさ・・・夕陽と・・・俺の名前一緒に掘ってもらって・・・・。よかったら・・・・二人で撮った写真とか・・・入れるのありかなって・・・」
ロケットペンダントは、海外で元々亡くなった人の形見などを入れるものだったと聞くけど、昨今では、恋人や家族の写真を持ち歩くためのものでもある。
夕陽がもし、朝陽さんの写真や形見を持ちたいのなら使えるようにと思った。
「あの、もちろん中身は写真に拘らなくていいものなんだよ。夕陽の好きなように使ってほしくて・・・。」
出来るだけ夕陽に気を遣わせたくなくてそう言うと、彼は大事そうに掌に乗せて眺めた。
丸い楕円型で銀色のロケット部分は、夕陽がそっと指で押すとカチっと簡単に開く。
「ありがとう、薫。」
夕陽はまたニマっと口元を持ち上げて、嬉しそうに隣に座って、軽く重ねるだけのキスをした。
夕陽 「えへへへ~~♡」
「ふ・・・なあに?」
「ん~?ふふ・・・愛されてんなぁって思って♡あ~・・・マジで幸せ。」
夕陽はぎゅっと抱き着いて、俺の頭を撫でた。
「全部全部好きなんだよ・・・。薫の全部。」
「・・・うん・・・俺も。」
「寝ても覚めても、薫が一緒に居てくれんの・・・当たり前じゃないし、生きて側に居てくれるって・・・実は奇跡的なことだろ?」
身内を亡くしたからこその言葉に、思わず喉元が苦しくなる。
「うん・・・」
夕陽はそっと腕を解いて、少し照れくさそうににやけながら、俺の頬に触れた。
「薫がさ・・・結構前・・・身の上話をしてくれた時・・・正直さ・・・なんというか、ちょっと上から目線な言い方になっちゃうけど・・・家庭環境が悪かったのに、礼儀正しくて、人に対して当たり強いわけでもないし、ぐれてるわけでもないし・・・そりゃ抱えてる気持ちがあるから、本当のところは色々悪態ついてる本心はあったかもしれないけど・・・なんつーか・・・何でこんないい子なんだろうなって思ったんだよ。」
「ふふ・・・そうなんだ?」
「うん・・・。だって・・・帰ってこない家族を、ずっと待ってる気持ちなんて俺にはわからないけど・・・想像したらすげぇ寂しいよなぁってわかるし・・・。ほら・・・朝陽はさ・・・死んじゃったから帰ってくることはないってわかってるけど・・・。んでも、薫の親は・・・生きてるのに・・・薫のことが嫌いなわけじゃないのに、帰ってきてくれなかったわけじゃん・・・。そんなん何でなんだろうって、ずっと思うよ俺だったら・・・もういいやって諦めんのもめっちゃつらいよな・・・。」
夕陽は自分の事のように悔しそうに視線を落として、うっすら涙を浮かべた。
「俺さ・・・薫には正直な本音を話したいから言うけど・・・。ハッキリ言って・・・薫が複雑な気持ちを抱えてても、俺は薫の親は・・・一生許せないと思う・・・。連絡なんてよこしてほしくないし・・・関わってほしくない・・・。薫が一番側にいてほしい子供時代に、独りっきりにして、何年も寂しい想いさせた親なんて、親じゃねぇよ。俺が一生側にいるし、薫が欲しかった気持ちは全部俺があげるし、両親に甘えたい気持ちがあるなら、俺の父さんと母さんは、存分に甘えてほしいと思ってるみたいだし・・・。身勝手な意見だけどさ・・・俺はそう思ってるよ。」
視線を落としたまま、悔しい思い出を語るように絞り出す夕陽は、側にある俺の手を大事に握った。
「・・・この手を・・・繋ぎたいなぁって・・・思っても勇気が出なかった時があったんだよ・・・。薫が微笑むだけで・・・つらいことなんて全部なかったことになった気がしたんだよ。薫がまた明日って言ってくれるだけで・・・まだ生きていけるって思えたんだよ・・・。それまで・・・何を思って何をしてても、心の中は空っぽだったのに・・・。」
そのうちポロポロ落ちる涙を、受け止めたくて頬に触れて拭うと、夕陽はまた幸せそうにヘラっと笑顔を作った。
「夕陽・・・」
「えへ~♡なあに~?」
涙の痕が残る頬にそっとキスして、また唇を押し付けるみたいに重ねた。
大事に大事に撫でるみたいに繰り返すキスが、そのうちお互いを食べるようなキスに変わって
そのままソファに押し倒されて、お祝いのシャンパンはテーブルに置かれたまま、何度も何度も愛し合った。
そのうち眠ってしまって、次にうっすら目を開けた時は、ベッドの上で俺の頭を大事に撫で続ける夕陽と目が合った。
「か~おる♡ふふ・・・かわい・・・」
癖っ毛を同じ枕に沈めて、愛おしそうに目を細める夕陽がいて、その笑顔に思わずキュンとする。
ニヤけそうになるのを堪えるように、もぞもぞ動いて抱き着いた。
「ふふ・・・な~に~?寝起きに抱き着いてくる薫可愛いんだが~♡へへ・・・。あ~・・・俺これから毎年、薫とラブラブイチャイチャな誕生日迎えられんのかぁ・・・幸せ過ぎんなぁ・・・。日頃の行いの賜物かな?」
「んふふ・・・そうだよ、もちろん。」
彼の胸の中でそう返すと、夕陽は大事に撫でてた手を止めてキスを落とした。
「もう日が暮れちゃったわ・・・。一緒に暮らし始めてから・・・何度目の夕暮れだろうなぁ。・・・俺の事考えてる~?」
「ふふ・・・うん、綺麗な夕日だね。」
「んふ・・・見えてないだろw」
「カーテンからオレンジ色が漏れてるのは感じるよ。今日天気よかったし・・・綺麗だよねきっと。」
「ん・・・。夕飯どうすっかなぁ・・・。あ、ちなみに置きっぱなしになってたシャンパンは、ちゃんと冷蔵庫入れといたから。食べた後一緒に飲む~?」
「俺は未成年だよ?」
「そうだけどぉ・・・俺は薫と一緒に飲みたいなぁ?」
また夕陽の顔を見上げると、一緒に布団の中で温まる体を寄せて、甘えるような笑顔が返ってきた。
「・・・もう・・・そんな風に言われたら断れないじゃん。」
「んふふ♡」
その後一緒に買い出しへと向かって、初めて夕陽のうちへ訪れた時を思い出して話していると、懐かしくなってたこ焼きを買って帰った。
「な~な~薫~」
シャンパンを注いで二人して少しずつ口をつけながら、拵えたおかずとおつまみ、たこ焼きをつまんでいく。
「なあに?」
頬張りながら尋ねると、夕陽はまた『可愛い』と言いたげな目をして俺を撫でた。
「いつも行ってた神社でさ、7月下旬に夏祭りがあるんだよ。去年は一緒に行けなかったから・・・デートしよ。」
「うん、いいよ♡」
二つ返事でオーケーすると、夕陽は満足そうに微笑んで、グラスに入ったお酒をぐいっと飲み干し、俺の頬にキスした。
「全部全部・・・思い出は俺とのデートで塗り替える予定だから・・・。これからもいっぱい出かけような♡」
幸せそうな笑みに頷くと、彼はまたデレデレしながら、俺におかずをつまんだ箸を向けて、「あ~ん」とした。




