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二度目の春  作者: 理春
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第21話

お父さんとお母さんに、朝陽さんの命日の際また伺う旨を伝えて、夕陽の実家を後にした。

両親の前で必死に虚勢を張っていた彼が、気持ちが崩れて吐露したことを思いながら、相変わらず嬉しそうに手を繋ぐ夕陽と帰路についた。

そして美咲さんが以前話していたように、お互いを支え合うだけでは、全てを乗り越えられないのだとわかっていた。


「ねぇ夕陽」


「ん?」


昨日少し雨が降っていたせいか、若干水たまりがある歩道をゆっくり歩きながら切り出した。


「提案があるんだけど・・・」


「・・・なあに?」


「・・・今度日下先生のところに、受診しに行くときさ、よかったら・・・夕陽も診察受けてみない?」


「・・・」


夕陽は俺をじっと見つめたまま歩を進めて、やがて一つ瞬きをして前を向いた。


「・・・そうだなぁ・・・。・・・実はさ、朝陽が亡くなってから・・・ちょっとだけ精神科、通院してたことあんだよ。」


「・・・そうなの?」


「うん・・・。学校通い直した頃くらいかな・・・。まぁホントマジでちょっとだけだけど・・・。その時はなんていうか・・・先生が話してることとか、応対の仕方とか・・・業務的で気に食わなくてさ・・・母さんにそれ話したら、もうそこはやめとこうってなって・・・他も探したけど・・・ま、金もかかるし、勉強もあるからってんで、なぁなぁになって・・・って感じ。」


「そうだったんだ・・・。・・・でも、日下先生は、すごくいい先生だと思うよ。」


「うん、そうだよなぁ。・・・そうだな・・・ちょっと受けてみようかな。薫がそうやって俺のこと心配してくれんのも、なんか嬉しいし。」


いつもの笑みで落ち着いた様子に、俺も頷き返した。


「夕陽が俺に言ってくれたようにさ・・・わかんないこととか、不安なことはこれから先もいっぱいあるかもしれないけど・・・自分の至らなさとか、折り合いが付けられない気持ちとか・・・そういうのはゆっくり一つずつ、一緒に向き合っていこう?」


「うん・・・そうだな。」


自信なんて持てない人生でいい。

夕陽を失わないために、隣に居られる自分であり続けたかった。


彼と出会った時の自分は、いつもどこか生き急いでいて

トラウマや不安をかき消すために、勉強に打ち込んでいた。

心が揺らいだり乱されることを恐れて、誰かに愛されない自分がコンプレックスだったのに

いずれ虚しくなるとわかっていながら、見ないふりをしていた。


けどそんな生活の中、夕陽が俺を好きだと言ってくれたから、今の未来がある。

夕陽は俺が欲しかったもの全て与えてくれた。


「ただいま。」「おかえり。」と言える関係性

「大好きだよ。」と言えば「俺もだよ」と返してくれる、優しくて愛おしい言葉

同じ屋根の下で、同じものを食べる温かさ

他愛ない話をして笑い合える空間

心も体も預けて、安心して眠りにつける場所

そして何より・・・


「俺は薫と結婚したいって思ってる。」


家族になりたいという強い想い。


夕陽に出会って俺は、失ったものなんて何一つなく

与えられてばかりだった。


同じうちに帰ってきて、鍵を開ける彼の後ろ姿を見ているだけでも、俺は幸せだ。


「・・・ん・・・?薫?どしたぁ?」


一緒に玄関に上がろうとしている俺を振り返って、じんわり涙が浮かんだ瞳を、夕陽は覗き込んだ。


元の自分に戻りたいと思っていた。

けど・・・・違う・・・。


「夕陽・・・」


「ん~?」


優しく微笑んで、キスをして、そっと抱きしめてくれる彼にしがみついた。


「俺・・・・・・・たくさん勉強してきたんだ・・・今まで・・・」


「うん・・・知ってる。」


「夕陽もたぶん、同じくらいたくさん勉強したんだと思う。」


「ふふ・・・薫程じゃねぇよきっと。」


「天気が悪い日も・・・・誰かから嫌がらせを受けても・・・部活に先輩が姿を見せなかった日でも・・・・体調が悪い日も・・・・俺・・・・親の仇みたいに毎日勉強してたんだ。」


「・・・・そうなのか・・・・。・・・・俺も・・・・そうかもな・・・・」


「何かに・・・憑りつかれたみたいにさ・・・・・何も他に考えないように・・・・」


「うん・・・わかるよ。」


「目に見えて成果が出て・・・日本一難しい司法試験を・・・在学中に受かってやるって意気込んでた・・・。普通に平穏に生きてる人たちが・・・出来ないことをしないと、存在してる意味を感じなかったから・・・」


「・・・・そうか・・・」


「でも俺はずっと・・・寂しかったよ・・・・。心は空虚なままだった・・・報われなかった・・・誰も・・・ただいまもおかえりも言ってくれなくて・・・・寂しいって打ち明ける相手も・・・いなかった。」


「・・・薫・・・・」


「夕陽がね・・・・名前を呼んでくれるだけで・・・・全部が報われた気持ちになるんだよ。」


「ふふ・・・・・うん・・・・」


お互い涙を流しながら、まるで今日話したこの時間を忘れないようにと、誓い合うように唇を重ねた。


「夕陽・・・・」


「ん?」


「・・・・元の自分に戻りたいって・・・あの時言ったけど・・・」


「うん・・・」


「そうじゃなくて・・・・夕陽を・・・夕陽の心を、いつまでも守って生きていける自分になりたい。」


「・・・ふふ・・・。それが薫の新たな目標?」


「・・・うん。」


また嬉しそうにくしゃっと笑みを見せる彼を、もう一度大事に抱きしめた。


その後お昼ごはんの用意を二人でしながら、「一緒にキッチンに立つのも好きだ」と告げると、夕陽はまた照れくさそうに笑って、俺のおでこにキスをした。


いつでも俺のことを考えて、俺のためを思って考えて行動してくれる夕陽が、不安や負担で重くなってしまわないように、少し重荷を背負える自分になりたい。

俺を守ろうとする彼が、俺を護るために自分の心を犠牲にすることないように。



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