第2話
数日後、午前中に映画を観てからのランチという、久しぶりのデートらしいデートの計画を実行する日がやってきた。
「薫~~♡ま~た可愛くウキウキしてるじゃ~ん・・・可愛いなぁ・・・」
クローゼットを開けて服を吟味していると、夕陽は甘えるように後ろからハグした。
「どれにしよっかなぁ・・・」
「どれでも可愛いから大丈夫・・・。つーかさ・・・なんかさ・・・薫最近ますます可愛いよな・・・何で?」
「・・・何でだろうね?毎晩のように夕陽とエッチしてるからじゃない?」
「・・・ああ~~・・・・・・あ~~」
「・・・ん?赤ちゃんになっちゃったの?」
彼が買ってくれたシャツを取り出して、カーディガンを重ね着することにした。
「ばぶぅ・・・へへ・・・んなわけねぇだろ・・・ふふ・・・」
「ツボに入ってるね・・・。これとこれいいかな?どう?」
振り返ってニヤつく彼に服を見せると、夕陽はまた幸せように目を細めた。
「ん・・・可愛い・・・薫そういう明るめの茶色似合うもんな・・・。最高。」
「ふふ、じゃあこれで・・・」
俺がハンガーから服を抜き取ろうとすると、夕陽はさっと二つを俺から取り上げた。
「こちらでよろしいですか?ご試着されますか?」
「え・・・あ、もちろん。ふふ・・・そのままデートに着ていきます。」
「かしこまりましたぁ。じゃあ・・・」
夕陽はハンガーから服を外して、腰を屈めて俺の頬にキスした。
「お着換え手伝いますね?」
ニヤリと口元を上げる夕陽を硬直して見つめていると、彼はさっと引き出しから俺のズボンも取り出した。
「パンツはこちらとか合うと思うんですけど・・・いかがされますか?」
「ふふふ・・・・・・下も着替えるの手伝うの?」
「お望みなら♡」
「あはは!どこでそんな・・・ふふ・・・変なこと思いつくのまったく・・・」
「男同士だとあれだな・・・更衣室も、トイレも一緒に入ってもそこまで周りから違和感与えないのがいいよな。」
彼のいやらしい発想に可愛らしさを感じながらも、ふと思った。
「・・・ん?夕陽女の子とトイレでそういうことした経験が?」
俺が指摘すると、彼はわかりやすいものでビクっと顔をひきつらせた。
「ば~か・・・そんなことあったとしても薫に聞かせるかっての・・・。」
「・・・ふぅん・・・。今度出先で無理やり連れ込んでいじめてあげるよ。」
部屋着を脱ぎながらそう言うと、今度は彼が硬直した。
「おいやめろよそういう~~急にSっ気出してくんの~・・・」
半裸になって彼の服を引っ張って、背伸びして無理やりキスした。
「ドキドキした?」
夕陽は眉をピクっと動かしてジト目を返す。
「ったく・・・・も~・・・・。」
彼は頭をぐりぐり押し付けるように抱き着いた。
「常に薫の笑顔にドキドキしてるっての・・・。あ~~やっぱなし・・・俺めっちゃ気恥ずかしいこと言ってる・・・キモイレベル・・・。」
「ふふ・・・夕陽からかうの面白い。」
彼はそれからまんざらでもない様子でぶつぶつ文句を言いながら、マーキングでもするようにスリスリした。
なかなか進まない身支度を幸せに過ごして、家を出る直前に夕陽がさっとズボンのポケットにハンカチを入れたのが見えた。
「それ・・・俺があげたハンカチ?」
靴ベラを持ちながら夕陽は、長い足を折りながらニヤっと笑う。
「そだよ~?貰った直後は無くしたり汚したりしたくなくて使ってなかったけど、今は薫とどこでも一緒だから・・・俺も使うし、薫が困った時でも渡せるし・・・。」
「ふ・・・そっか・・・。」
笑みを返すと夕陽はさっと俺の靴を揃えて出してくれた。
なんだかんだ散歩や食事以外のデートは久しぶりだった。
いつもの彼の地元である駅まで行って、近くのショッピングモールに向かった。
今日は久しぶりの映画館。
手を繋いでモール内を歩きながら、目移りするショップにいくつか立ち寄ったりしながら、余裕をもって映画館の赤い絨毯が広がったロビーへとやってきた。
「なんか・・・思い出すね。」
俺が短くそう言うと、夕陽はいつもの笑顔でデレデレしながら言った。
「だなぁ・・・めっちゃ緊張してたなぁ俺・・・。映画館に入る前もさ、よし・・今日絶対告白すんぞ・・・って思いながらさ、薫のことチラチラ見てさ~。まぁ映画はちゃんと集中して観てたんだけど、その後も一緒にいてずっと楽しかったから・・・あ~もう家に行きたい!って下心しかなくなったもんなぁ。」
「ふふ、そうなんだ。」
チケットの購入を済ませて、飲み物はどうしようかと二人して悩んでいた時、一人の女性が声をかけてきた。
「夕陽?」
俺たち二人が同時にパッとその人を見ると、少し派手目な格好をした若い女性は、背の高い夕陽をじっと見上げた。
「久しぶり・・・卒業式以来だね。」
「・・・お~・・・久しぶり。」
彼女はチラっと俺を横目で見て、ジュースを手に持ったままニッコリ夕陽に笑みを見せた。
「友達と映画?うちも今日幼馴染と来てるんだ。てかさ、また身長伸びたんじゃない?」
「いや・・・あれからたぶん伸びてはないよ。」
夕陽のいつもより低い声のトーンと気まずそうにしている様子から、彼女が元カノだろうとすぐ察した。
綺麗な子だった。細い足が短いスカートから覗いていて、そこまでメイクは派手じゃないけどパッチリしている目にカラコンが入っている。
「全然連絡返してくれないからさぁ・・・てか夕陽T大だったよね?」
「おん・・・悪い、俺デート中だから・・・それじゃ。」
「え・・・デート?」
その時彼女は俺の姿をまじまじと見ながらも、明らかに軽蔑するような視線を向けた。
夕陽はさっと俺の手を引いて売店へと並ぶ。
「か~おる、何飲む?」
尚も背中から彼女の視線が刺さっているような気がした。
というか・・・あの疑うような目と、夕陽に対する色目・・・俺を邪魔者扱いするような視線が、かつて教室の中で味わった感覚を彷彿とさせた。
「薫・・?大丈夫か?」
気持ち悪い・・・・
胃が煮えくり返るような吐き気を覚えて、俺はよろけて夕陽の袖を掴んだ。
「薫・・・!トイレあっちあるからちょっと非難するか。」
手が震えて嫌な冷や汗をかいていた。
夕陽に肩を抱かれながら移動して、人の少ないトイレへ入った。
彼は個室のドアを開けて、俺の背中をさすりながら扉を閉める。
「気持ち悪いか?」
「ん・・・・はぁ・・・はぁ・・・」
久しぶりに押し寄せてくるような悪寒と、頭痛・・・吐き気がしたけど何も吐きたくなくて、それより先に涙が溢れた。
夕陽は優しく声をかけながらしゃがみ込む俺の肩を抱いた。
「うう・・・・夕陽の馬鹿ぁ・・・」
いつぶりかわからない俯瞰に切り替わって、ひたすらに無意識に口は動いた。
「え?」
「何で・・・浮気したような女と話すのよぉ・・・。気持ち悪い!何あの人!嫌い!あんな尻軽そうな女と付き合ってたの?信じらんない!あんなの夕陽に相応しくないもん!」
夕陽は呆気にとられたように少し黙って、震えながら泣く俺をそっと抱きしめた。
「ん・・・ごめんな?嫌な気持ちになったよな・・・。」
「最低!浮気する女ともう関わらないでよ!!夕陽は私のでしょ?!」
「そうだよ。もう見かけても話さないし大丈夫だよ・・・ふふ・・・」
夕陽の腕の中でまた自分に戻ってくると、彼は笑みを噛み殺すように俺の首元に顔を埋めた。
「何が可笑しいのさ・・・」
「ごめ・・・いや、嬉しくて・・・焼きもちかなぁって。」
「・・・・・焼きもちというか・・・彼女・・・俺にだったらまだしも、男とデート?って、夕陽のことまでゴミを見るような目で見たんだよ・・・。ホント夕陽女を見る目ない。」
「うん、ホントごめんなさい・・・。過去の俺が相当馬鹿でした・・・。」
トイレの一室で何をしてるんだろうと我に返って立ち上がった。
言いたい事をぶちまけてくれた人格のおかげで、さっきよりは気分はすっきりしていた。
「もう大丈夫?」
「うん・・・ありがとう。行こ。」
トイレから出てまた売店に向かいながら、辺りを少し警戒した。
「薫~ジュース絶対飲み切れないから、薫と一緒に飲んでいい?」
「・・・・うん」
どうやら付近に彼女は見当たらないので、もう劇場に入ったのかもしれない。
ため息をついて一先ず嫌な気持ちを切り替えようと深呼吸した。
夕陽とポップコーンも買って、隣同士座った暗闇の劇場内で一緒に食べた。
彼は時々甘えるように俺に顔を寄せて、映画が始まるまでのCMの間幸せそうに手を握ってくれた。
その後無事に映画を堪能して、満足感に浸りながら二人してカフェに向かった。
「いやぁ!やっぱあのシリーズはハズレがねぇよなぁ!」
「そうだね、今回は気合入ったCG演出良かったし、キャストもハマってた。」
「だよなぁ!はぁ・・・やっべあれはマジもっかい見たいかも。」
少年のように目をキラキラさせて感想を語る夕陽がなんか可愛い・・・
映画館の近くのカフェの店先、食品サンプルのメニューを眺めながら、夕陽が好きそうなものを見つけた。
「夕陽が好きなクリームついてる飲み物あるよ。」
「ああ、フロート系美味そう。薫何する?」
「俺は・・・さっきジュース飲んだし・・・お腹冷えそうだから・・・あ、パンケーキおいしそ・・・」
ランチもついでに済ませようかと話し合いながら確認していると、先ほどと同じ香水がしてハッとなった。
「あれ?夕陽じゃん・・・もしかして同じ映画観てた?てか身長高いからすぐ見つかる~。ねぇデートって言ってたけど冗談?この子男の子でしょ?」
捲し立てるように放たれる言葉と、今度は俺を哀れむような視線を向けた。
彼女は大人しく後ろで待つ青年と来ていたようだ。
「薫、行こ。」
夕陽は俺の手をさっと取って大事に握った。
「ちょっと!」
立ち去ろうとすると、尚も彼女は反対の夕陽の腕を引っ張った。
「何なのシカトとか!」
「触んな。・・・俺に何を期待してんの?」
その子を見たくなくて、振り返って冷たく言い放つ夕陽の背中を見ていた。
「・・・私は謝ったじゃん・・・何度も何度も!私はやり直したいって言ったじゃん!自分が悪かったってわかってる・・・もう絶対裏切るようなことしないから。ずっと今も好きなの、何で聞いてくんないのよ。」
少し涙声になった彼女は、俯いて長い髪を垂らした。
「薫、ごめんな?一つも話すつもりなかったけど、ちょっとだけ会話していい?」
夕陽はいつもと変わらない様子で言った。
「・・・うん・・・」
「何でしつこく声かけんのかはわかったけど、俺はやり直すつもりもなければ、許すつもりもない。それが因果応報ってやつだろ?ホントに好きだと思ってくれんならさ、もう関わろうとしないでよ。俺の知り合いとか友達にも、連絡して俺のこと聞きまわってるって聞いたけど、そういうのもやめてマジで。俺は俺で幸せにやってるからさ、じゃあ・・・」
顔を上げて夕陽を見る彼女は、顔を歪めてボロボロ涙を落とした。
それを見て何となく・・・リサのことを思い出してしまって、少し同情してしまいそうな気持を押し込める。
黙って歩き出す夕陽に連れられて、俺たちはショッピングモールを後にした。
「・・・ホントごめん薫・・・」
歩道を歩きながら夕陽は後悔したように言った。
「何が・・・?」
「せっかくのデートなのにさぁ・・・嫌な思いさせて・・・・マジで・・・」
「・・・・。」
どこを目的に歩いているのかもわからなかったけど、どこかでゆっくり落ち着いて話したい気分だった。
「夕陽・・・」
「ん~?」
「ラブホテルは近くにある?」
俺が何気なく言うと、夕陽は目を見開いて足を止めた。