表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二度目の春  作者: 理春
19/40

第19話

俺は無意識に体がパッと動いて、リビングのドアを開けて入った。


「お父さん!」


黙りこくった夕陽の背中が見えて、お父さんは突然呼ばれたことにビックリしながらも、入って来た俺に視線を向けた。

後に続いてお母さんも戻ってきて、二人の間の妙な空気に反応した。


母 「・・・夕陽?」


俺がそっと彼の側に座って、腕を絡めるように寄り添うと、夕陽は無表情なまま目を伏せていた。


あ・・・・


その時何故か無性に怖くなった。

夕陽の考えていることが、

手に取るようにわかる気もしたし、

彼を解った気になっていた自分に嫌気がさしたし、

お父さんの優しさを無碍にも出来ず、

素直に受け取ることも出来ず、

硬直している夕陽が、

何を思っているのか知るのが怖くなった。


けどそんな俺は所詮

自分を支え続けている夕陽が、

彼という存在が瓦解してしまうことを恐れてるだけだと知ってる。

そんな浅はかな自分が、大嫌いなのに

俺はずっとそれをしまい込んで隠している。


「お父さん?夕陽にお金のこと話したの?」


夕陽の様子に気を取られていた頃、少し会話をしていた二人の言葉がようやく耳に入った。

申し訳なさそうに言葉を探すお父さんをしり目に、お母さんは俺と同じように夕陽の隣に座り込んだ。


「夕陽・・・ごめんね。あなたに何かを押し付けたいわけじゃないの・・・。余計なお世話だったわよね・・・。だからね?受け取りたくない気持ちは、素直にそう言ってくれていいのよ。」


お母さんの優しく諭す声に、夕陽は次第にピクピクと口元をひきつらせた。


「・・・・・・・・・いや・・・・・別に・・・・余計だとは思ってなくて・・・・」


そして次第に彼の目にじんわり涙が溜まりだした。

俺が袖を掴む力を込めると、夕陽はハッとなって俺を見た。

するとみるみるうちに浮かべた涙を引っ込めて、いつものくしゃっと笑う可愛い笑顔を見せる。


「薫・・・そんな不安そうな顔しなくていいから。・・・・父さんも母さんもさ・・・・いや、俺がそうだからかもしんないんだけど・・・気遣い過ぎだって・・・。そりゃ・・・薫と婚約したけどさ、そのわりにはちょっと祝う金額が高いじゃん・・・な?薫・・・」


お父さんもお母さんも、少し困ったような表情をして尚も夕陽を心配していた。


俺の存在が・・・夕陽に無理をさせてる・・・


思わずゴクリと生唾を飲む。

ここで俺が彼の調子に合わせてしまったら、夕陽はこれからも気遣いを突き通してしまう気がした。


「ゆ・・・・・ふぅ・・・ふぅ・・・夕陽・・・」


「薫・・・大丈夫か?」


「夕陽・・・・大丈夫だから・・・」


「ん、そうか?・・・ちょっと部屋で休むか?」


「違う・・・。夕陽・・・俺にだけ話したい?」


「・・・え?何が?」


「俺にだけ・・・自分の気持ち・・・・話してくれてもいいし・・・俺はっ・・・二人にぶちまけたっていいと思うよ?だって!・・・・夕陽を産んで育ててくれた二人だから・・・大丈夫だよ・・・。夕陽、大丈夫だから。」


夕陽が、自分の気持ちを子供らしく二人にぶつけることで、更に二人に至らない親だ・・・と思わせてしまうことが怖いと思ってるくらいわかってる。

娘を亡くした両親に、追い打ちをかける自分の言葉を、気持ちを・・・封印してることくらい

俺にはずっとわかっていた。


夕陽は狼狽えるように瞬きをして俯いた。

するとお母さんは、涙を堪えながら鼻水をすすって、夕陽の手を握った。


「夕陽・・・・・ごめんね・・・・」


「んで・・・・・・謝んの・・・」


「夕陽・・・父さんな・・・普段通りでいてほしい、みたいな気持ちを・・・お前に態度で押し付けちゃった気がしてたんだ・・・。お金のことは・・・申し訳ないなんて思わないでくれ・・・。朝陽も夕陽も・・・大事な俺たちの子供なんだから・・・。」


震えながら、堪えながら、夕陽は俯いたまま涙をこぼした。

色んな気持ちが、夕陽の中で渦巻いてぐちゃぐちゃになって、形にならないそれらは、ずっと彼を苦しめる。


俺がそっと手を伸ばすと、彼はぐしゃぐしゃになった顔を上げて抱きついた。


「薫・・・・ごべん・・・・なぁ・・・ごめ・・・・俺・・・・薫のこと・・・長生きして一生守るって誓ってんのに・・・・朝陽が・・・朝陽が死ぬくらいなら・・・俺が代わりになればよかったんだって・・・何度も何度も思っちゃうんだ・・・。何度も・・・これからも・・・夏になったらきっと考えて・・・・こんなごと・・・考えたってなんも変わんないのにさぁ・・・・ごめ・・・・」


潰れんばかりに俺を抱きしめる夕陽の背中を、力いっぱい抱きしめ返した。


夕陽の中で

一人きりでずっと考えていたであろう行き場のない気持ちは

朝陽さんの命日が近くなればなるほど、彼の心を蝕んでいた。

どれほど悔やんでも、恨んでも、朝陽さんは戻らない。


彼女は高校を卒業することも

大学に入学することも

就職することも

結婚することも

出産してお母さんになることも

何もかもが出来なくなった。

夕陽は自分が卒業した時も、入学した時も、これから先のことを俺と一緒に考えた時も、きっと心のどこかで妹を想っていただろう。

けどその全てを、俺に感じさせないために隠していた。

自分の親にさえも・・・


その2年間を、お父さんもお母さんも気遣いながら心配していたんだ。

けど気遣えば気遣う程、夕陽は平気そうに笑っただろう。


精神疾患を患って、人格に翻弄される俺に、自分の弱さなんて打ち明けられやしない。


それでも季節が巡ると、否応なく夕陽の心はつぶされていく。

そんな彼に、いったいどう接して何を言えば、心が回復していくかなんて、俺には解り得ない。


しばらく嗚咽を漏らしながら泣いていた夕陽は、また落ち着きを取り戻した頃、二人に「ごめん」と頭を下げた。

どうしても落ち込んだ姿を見せたくなかったから、誕生日を二人に祝ってほしくなかった

けど俺がいる手前、幸せな家族との時間も作ってあげたかった

妹のために二人が蓄えていたお金を、自分が使うんだと思うと、正直死にたくなるほど嫌で、出来れば二人がこれから先、生きていくために使ってほしい

夕陽は出来るだけ簡潔にそう伝えた。


息をついて最低限のことを吐きだし終わった夕陽を、お母さんは力いっぱい抱きしめた。

たくさんの愛情ある言葉をかけながら、小さい子にそうするように、たくさん夕陽を褒めた。

何だか俺にそんな姿を見られることを、恥ずかしそうにする夕陽が、少し可愛くて思っていると、お母さんは俺のこともぎゅっと抱きしめてくれた。


「薫くん・・・ありがとう、夕陽の側にいてくれて・・・。」


滲みそうになる涙を堪えて、最後には4人でどうしようもなく落とすように笑い合って、夕陽と代わりばんこでお風呂に入った。

お風呂から上がって、挨拶し損ねてたことを思い出して、和室へと向かった。

お父さんとお母さんが、リビングで寛いでいる気配を感じながら、そっと廊下から引き戸を開くと、お仏壇の前に静かに正座していた夕陽が、パッと振り返った。


「薫・・・どした?」


「・・・夕陽こそ・・・」


「ふふ・・・ただいまって言い忘れてた。ご飯のお供えも、母さんに任せてたし・・・」


「うん・・・俺も・・・ご挨拶したいなって。」


畳の感触と井草の香りが何とも落ち着く和室で、そっと隣に正座した。

写真の中の朝陽さんは、可愛らしい笑顔で夕陽を見つめ返していた。


「・・・・7月・・・10日だよ・・・」


「・・・命日?」


「ん・・・・。夏休み前だった。朝陽は・・・9月生まれだから・・・まだ16歳だった。」


夕陽の手をそっと握って、ピッタリ寄り添って座る。


「残された俺は・・・ずっと・・・自分を慰めながら生きていかなきゃならねぇかなぁって・・・思ってた。・・・・けど・・・毎日死人みたいに生きてた俺の目に・・・或る日薫が映った・・・。」


苦しそうにするでもなく、何だかいつもよりももっと、大人びた笑みを落とす夕陽は、俺の手を握り返してそっとキスをした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ