第18話
美咲さんと晶さん、そして鈴蘭ちゃんのうちを訪れた俺たちは、何度も晶さんに『いつでも遊びに来てね』と繰り返し言われた。
また近いうちに伺う旨を伝えて帰る時、3人家族になった彼らは、揃って俺たちを家の前で見送ってくれた。
鈴蘭ちゃんの可愛さを思い出して話したり、幸せな空気を分けてもらった俺は、内心とても羨ましく思いながらいた。
そんな気持ちを察してか、夕陽は俺に「また近いうちに実家に行くから、泊まろう」と言ってくれた。
そして6月17日、待ちに待った夕陽の誕生日。
夕食をご馳走になる予定があった俺たちは、揃って夕陽の実家へと足を運んだ。
「二人ともおかえり。さぁさ、あがって!薫くんが好きだって聞いたから、今日はおうちで焼肉よ♪」
「お邪魔します。ありがとうございます。」
上機嫌なお母さんに手土産を渡すと、「息子なのにそんな気を遣わなくていいの!」と苦言を呈されてしまった。
楽しそうに笑う夕陽と一緒にリビングへ上がると、お父さんも準備をしながら待ってくれていた。
「ああ、二人とも・・・おかえり。」
夕陽と似た穏やかな笑顔でそう言われて、何だかくすぐったく思いながら「ただいま。」と二人で返事した。
夕陽は
去年付き合う前、その年の自分の誕生日の話をしてくれた。
亡くなった妹の朝陽さんのことを思い出したご両親が、夕陽の誕生日を祝うはずが、色んな思い出を振り返って泣いてしまったと。
夕陽がその時、どんな複雑な心境だったかなんて、俺は到底推し量れやしない。
その時のことを、涙ながらに話してくれた時が、夕陽が初めて自分のことを吐露してくれた時かもしれない。
その誕生日での一件があって、夕陽はご両親に「来年以降は誕生日をわざわざ祝わなくていい。」と伝えていたらしい。
俺は二人きりであっても祝いたかったので、あれこれプレゼントやら食事を考えていたのだけど
うちに来て一緒に祝わせてくれないかと、お父さんとお母さんから連絡があった。
二人は気を遣ってしまう夕陽に、せっかく薫くんと一緒に祝えるんだから家族でと、言ってくれたのだけど
その連絡をもらった時も夕陽は、いつものように一緒にソファに座りながらポツリとこぼした。
「二人とも・・・去年のこと気にしてんのかなぁ・・・。」
俺はその言葉を聞いて、朝陽さんが亡くなる前の彼を知らないことが歯がゆかった。
優しいご両親の元で、穏やかに育った彼は、元からこんなに身内に気を遣う人なんだろうか。
家族に対して底抜けに優しい夕陽は、ご両親に対して我儘を言うことも、甘えて悪態をつくこともしない。
お母さんからチラっと聞いた話では、幼い頃から妹の面倒見もよく、手のかからない子で、反抗期もなく、人当たりもいいのでご近所さんからも好かれていたという。
絵に描いたような好青年に育った息子を、ご両親は時に、妹の朝陽さんより気にかけていたそうだ。
そんな夕陽が朝陽さんを亡くしてから、今はきっともっと、自分の親であるのに気を遣うような子供になってしまっている。
俺に見せない素顔を隠して、夕陽が実は傷ついてるんじゃないかと思いながらも、その日はお父さんもお母さんも、そして夕陽も楽しそうに夕食を共にしてくれた。
4人掛けのダイニングテーブルは、きっと本来なら朝陽さんが座っていたはず。
家族なんだからと快く迎えてくれる二人に、気まずい態度を取るのは悪いので、一緒に食べる焼肉を心から楽しんだ。
誕生日プレゼントは、うちに帰って二人きりの時に渡そうかなと思っていたので、その旨を伝えると、お父さんとお母さんは目配せをして「じゃあ・・・」と夕陽へのプレゼントを差し出した。
「・・・?なに?」
白い封筒を受け取った夕陽は、俺と同じく不思議そうに小首を傾げる。
するとお父さんは、照れくさそうに頬をかきながら言った。
「何にしようか散々悩んだんだけどな・・・俺も母さんもな、夕陽が薫くんを連れて来て、一緒になりたいって婚姻届け見せてくれて・・・心底嬉しかったんだ。だから二人ともあれだろ?生活費切り詰めて貯金してるって言ってたからな・・・二人きりで旅行とか行ってないだろうと思って・・・1泊2日の温泉旅行・・・プレゼントに。」
夕陽は説明を終えたお父さんに、わずかに微笑み返して次はやっぱり少し、申し訳なさそうに封筒を見つめた。
「・・・どうしたのさ、これ。まさか懸賞で当てたとか?」
「いや、恥ずかしながら貰い物だよ。会社からのな。」
「会社・・・?」
するとお母さんが側にやってきて、お父さんを小声で諫めながら腕を軽くはたく。
「それって・・・父さんが会社から貰ったってこと?」
「ほらもうあなた・・・説明がいるじゃない・・・。夕陽あれよ、勤続20年のお祝いでね?」
「え・・・それじゃあ・・・母さんと使うやつじゃないの?」
お母さんはバツが悪そうにするお父さんの代わりに、小さくため息をついた。
「いいの。お父さんが貰ったものだから、お父さんがどうしようが勝手でしょ?ちなみに私からは別にプレゼントあるわよ♪」
「ふ・・・そんなさぁ・・・せっかく・・・てか、そりゃ貯金は二人でしてるけど・・・そもそも生活費は俺ら仕送り貰ってやってんだよ?父さんが働いてきて貰ったお祝いはさ、夫婦で使うのが筋でしょ?」
目の前の二人は、やっぱりそう言うと思いました、と言わんばかりの残念そうな顔をして、俺に視線を向けた。
「ゆ、夕陽!せっかくご厚意でいただいたんだしさ・・・俺たちが就職して社会人になったら、二人にお返しできる機会はあると思うし・・・せっかくのプレゼントだから・・・有難く受け取っていいんじゃないかな。」
すると夕陽は俺を見て、今度はいつもの笑顔を見せて、俺に気遣いを見せる。
「・・・まぁ・・・薫がそう言うなら・・・そうするか・・・。ここで意固地になって言い合っても、なんか違うしな・・・。」
さらっと彼は大人の対応に切り替わって、改めて二人にお礼を言って、今度ばかりは嬉しそうな子供の笑顔を見せた。
そしてお母さんはホールケーキの代わりにと、手作りのアップルパイを用意してくれた。
何でも、小さい頃から夕陽の大好物だそうだ。
そして普段ゆっくりそこまで話す機会もないからと、夕陽と俺にまで手紙をくれた。
デザートのアップルパイをたくさん食べた俺と夕陽は、貰った封筒と手紙を夕陽の部屋に持って行って、満腹感に息をつく。
「ふぅ・・・食った食った~♪」
「ふふ、豪勢な夕食だったね。アップルパイもすごく美味しかったし。」
「だろ~?母さんお手製のアップルパイはマジ、店で売ってるレベルだから。」
「確かにそうだね。」
幸福感を抱えながら、貰った手紙を眺める。
夕陽はコツンと俺に頭をくっつけて囁いた。
「そんな嬉しい?」
「うん・・・。俺家族から手紙なんてもらったことないし・・・えへ・・・家に帰ってから読もうかな。」
夕陽の誕生日なのに、何だか俺ばっかり幸せになってる気もして、チラっと夕陽を窺うと、彼はやっぱり、自分の事のように幸せそうに微笑んだ。
「ふふ・・・あ~・・・薫がそんな幸せそうにしてると、尚の事二人に感謝しかねぇなぁ・・・。」
夕陽はそう言いながら、お父さんから貰った封筒を開けて、チケットを取り出した。
「・・・・ん?・・・なんかお金も入ってんじゃん・・・。」
旅行券の他に、何故か一緒に万札が数枚入っていて、夕陽も俺もしばし不思議に思っていた。
「ちょっと聞いてくる。父さんもしかして、母さんがへそくり用に使ってた封筒使ったのかも。」
夕陽は立ち上がって静かに部屋を出た。
彼の背中を見送って、しんと静まり返った部屋の中、俺もやっぱり気になってしまったので、同じく立ち上がってそっと階段を降りた。
リビングに入る前の廊下で足を止めると、お父さんと夕陽の会話が聞こえてきた。
「父さん、封筒にお金も一緒に入ってんだけど・・・これ母さんのじゃないの?」
「ん?・・・いや、旅行券は宿泊費と食事はタダになるけどな、ほら・・・交通費とか、お土産代もいるだろ?だからあれだよ、父さんから二人へお小遣いだよ。」
「ふ・・・いや、にしても金額入れ過ぎでしょ・・・。ひと月分の食費くらいあるって・・・。」
「いいんだよぉ・・・。父さん自分で買ったプレゼントじゃなくて、貰い物あげたんだぞ?だからお金は好きなもの買いなさいね、っていう自分からのプレゼントだよ。」
「んでもさぁ・・・」
「ほら、いいから・・・母さん風呂の準備してくれてるからな。明日は薫くんとデートか?」
「・・・父さん・・・んならせめてこの半額でいいよ・・・。ほら、返す。」
「んも~お前ホントに母さんに似たなぁ・・・。母さんもそう言っていっつもデート代後から割り勘しようって出してくんだよぉ?お父さんにカッコつけさせてよぉ。」
「ふふ・・・いやもう、お世話になってるし・・・仕送りもらってるし・・・十分カッコついてるから大丈夫。」
「・・・夕陽ぃ・・・あのな・・・母さんも父さんもな?子供にかけるお金は惜しみたくないんだよ。それにな・・・母さんには・・・余計な事言うなって言われたけど・・・」
「・・・なに?」
「・・・・朝陽の学費とかは・・・ずっと手を付けてなかったんだけどな・・・今はお前のために使いたいんだよ・・・・。それは・・・・親のエゴだけどな・・・」
お父さんが弱々しくそう言うと、夕陽の声はその後聞こえなくなった。