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二度目の春  作者: 理春
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第17話

可愛い可愛い美咲さんと晶さんの赤ちゃんを前に、俺たちはデレデレしながら眺めていた。

そのうち目を覚ました赤ちゃんは、ぐずってミルクを求め、美咲さんは手慣れた様子でミルクを作り、哺乳瓶をさっと赤ちゃんの口元へやった。


薫 「・・・鈴蘭ちゃん可愛いねぇ。」


一生懸命ミルクを飲むその子に、そっと指を持って行くと、把握反射ってやつでぎゅっと握ってくれた。


「可愛い・・・♡」


「ふふ、薫メロメロだなぁ。」


「だって・・・。産まれたばっかりの赤ちゃんって・・・こんなに天使なんですね。」


飲み終わった哺乳瓶をそっと離す美咲さんの顔を見ると、咲夜とそっくりなのに、遥かに大人びた微笑みを返されて、その瞳は何か、思い耽るように伏せられた。


「そうだな・・・。」


夕陽 「美咲さんは、一緒に子育てしてて、父親になったんだなぁって実感湧きます?」


「・・・ん~・・正直なところ、父親の自覚というのが、どういう感覚なのかはまだよくわからない。一説によると、赤子は生まれて10日ほどで母親を認識するが、父親を認識するのは数か月かかるらしい。無事に生まれてくれて、何も病もなく・・・元気に生きていてくれるだけで、俺にとってはありがたいことなんだ・・・。二人に上手く伝えられないけど・・・。」


俺と夕陽は目を見合わせて、また赤ちゃんに穏やかなまなざしを向ける美咲さんを見た。


「ふ・・・何だか質問の答えになっていないな。俺自身まだ、親になれてる気はしないんだ。きっとこれからこの子と一緒に、父親として成長していくんだと思う。」


その言葉に、俺も夕陽も立派だなぁと思うばかりで、また赤ちゃんを眺めて微笑んだ。

美咲さんとは一つしか歳が違わないのに、人としての中身の差を感じずにはいられなかった。


その後どうしても夕飯を一緒に食べてほしいと駄々をこねる晶さんに気圧されて、あまり長居するつもりはなかったけど、ご厚意に甘えることにした。

キッチンで夕陽と共に、晶さんと夕飯の準備を手伝っていると、赤ちゃんを寝室に寝かせてきた美咲さんが、テーブルを拭く俺の肩をそっと叩いた。


「薫くん、ちょっといいか。」


「・・?はい・・・」


キッチンに立つ晶さんと夕陽をチラっと見て、二人が会話しながら夕食作りに専念していたので、俺はさっきと同じように美咲さんとソファに腰かけた。


「・・・別に身構える必要ないから。ただの雑談だし。」


「はい」


以前よりも少し、フレンドリーに接してくれるようになった美咲さんの口調に、肩の力を抜いた。


「・・・あまり二人の事情に首を突っ込むのも、どうかと思ってて聞いてこなかったんだけど・・・。」


「・・・はぁ・・・」


美咲さんは思いのほか言葉を慎重に選ぶように間を空けて言った。


「朝野くんに、何かあったのか?」


「・・・え・・・?」


俺が何を聞こうとしているのか思案していると、表情から察したのか美咲さんは続けた。


「何かあった、というわけじゃないなら・・・過去に何かあったんだな。」


「・・・それは・・・えっと・・・」


美咲さんはきっと、夕陽に少し元気がないように思えて、心配して尋ねたんだろう。


「・・・咲夜が時々な、何でもないフリをしながら、昔あった何かを思い出して憔悴していることがあるんだ。咲夜の場合は双子だしわかることも多いから、気持ちが落ち着くような言葉をかけられたり、折り合いがつくように配慮も出来る。・・・けど俺は、二人についてそこまで深く知らない・・・。あえて話さないでいることもあるだろうと思う。・・・言いたくないことも、当然あるとは思ってる・・・。けど・・何だろうな・・・当主だった頃の悪癖なんだろうけど、解ってしまうんだ、自然と・・・。その抱えていることが、毒のように精神を削るものなら、余計なお世話だとわかっていても、力になりたくなる。」


美咲さんはきっと、夕陽が抱えているそれが、持続的に傷み続けるものだと、察したのかもしれなかった。


「・・・」


俺はキッチンの方で、まだ二人が談笑しながら料理を進めている音を耳にしたまま、簡単に伝えるように努めた。


「・・・俺の口から勝手に教えていいのかわからないですけど・・・晶さんにはチラっとお話したんですが・・・。彼は・・・一昨年の夏に、妹さんを交通事故で亡くしまして・・・」


美咲さんは表情を変えないまま、視線を落として軽く息をついた。


「そうか・・・」


その綺麗に整った長い指を、自身の膝の上で絡めて、少しの間考え込んでいた。


「薫くん、朝野くんにも日下先生の診察を受けるよう、勧めてみるのはどうだろうか。」


それは思いつきそうで、今まで思い付きやしなかったことだ。


「周りの人がフォローしたり気遣いを回しても、彼は恐らく気を遣われているなぁと察して、あまり心休まらないのかもしれない。薫くんのことを常に最優先に考える性分なら、薫くん自身に本音を話すことも大事だけど、何より専門家で、医者である日下先生は適任であると思う。それに今まで先生に薫くんのことを相談していたなら、朝野くんのこともどういう人間か、それなりに理解しているはずだし。・・・俺や晶も、身内を亡くす苦しみは解っているけど、話を聞いて答えることに関しては、今まで俺たちのメンタルと向き合ってきてくれた、先生が頼りになる存在だと思う。」


「・・・・確かにそうですね・・・。」


美咲さんは安心させるように頷いた。

そうだ・・・先生も言っていた。

精神科や心療内科に通院歴があると、体裁的によくないという風潮があるけど、誰もが一度は訪れたことがあるくらいの場所になってほしいと。

俺とは違うトラウマを抱えている夕陽にも、診察を受ける理由がある。

思いつきそうなことではあるのに、自分が彼に甘え切っていたから、あえてそういう考えに今まで至らなかった気がした。

というか・・・夕陽の心の傷に、触れないでおこうとか、見ないふりをしていたのじゃないかとさえ思う。


俺が俯いて考え込んでいると、美咲さんはそっと俺の背中に手を回して撫でた。


「互いを支え合うということは、時に困難なことだと俺は思う。どちらかがバランスを崩せば、知らず知らずのうちに、負担が心に溜まっていたりもするしな。お互いを想い合って通じ合っていたとしても、一番好きな相手だからこそ言えないことがある。だから第三者に頼ることは、自分たちが思っている以上に重要なことだと思うんだ。」


美咲さんの言葉を受けて、島咲さんに言われたことも同時に思い出した。


「そうですよね、不安なまま二の足を踏んでても仕方ないですし・・・。今度一緒に日下先生の診察を受ける時に、夕陽も受けてもらえるよう話してみます。」


「うん・・・。もちろん診察が必要というより、相談をしたいとか話を聞いてほしいだけなら、俺でも晶でも気軽に尋ねてくれて構わないから。」


「はい、ありがとうございます。」


すると美咲さんは意外にも、咲夜とよく似た少し意地悪そうな笑みを見せた。


「じゃあ・・・以前晶も言ってたけど、もう雇用主とバイトの関係ではないから、ため口で話すところから始めようか。」


「へ・・・あ・・・そ・・・はい・・・じゃない・・・」


「ふふ・・・急にたどたどしくなったな。」


以前より少し距離感が縮まった気がしながら、仲良くなるためにも、俺は咲夜と話すときと同じように尋ねた。


「あの・・・・美咲さんは、畏まった話し方が板についてるみたいだけど・・・直さないの?それが本来の喋り方なの?」


俺の問いかけに若干不思議そうな表情をした彼は、視線を泳がせながら続けた。


「普通に話すとあまりにも淡々としてて・・・ちょっと怖がられる気がしたんだ。」


「・・・・全然怖くないもん!美咲さん優しいじゃん!」


急に子供っぽい人格に変わる俺に、彼は目を丸くしたかと思うと、年相応の屈託ない笑みを見せてくれた。

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